何でこの店を見付けたのだろう。

その時は夜道を歩いていて、

樹古里という名前に惹かれて入った事だけは覚えている。

 

今日で入るのは三回目だ。

それも覚えている。

閉まっている店や、閉店を余儀無くされた店が在る中で、

「営業中」の札を見てつい嬉しくなってしまった。

 

ドアを押すとカランコロンと音が鳴り、

「いらっしゃい」という小気味良い声が店内に響いた。

客はいない。やったぜ。

店主の高田渡さんみたいなおじさんがカーテンを開けた。

そう、この店はおじさん独りで切り盛りをしているのだ。

 

暫くするとおじさんがお盆に乗せて温かいお茶を持って来た。

そのタイミングに合わせてラーメン定食と餃子を注文するやいなや、 

おじさんは「ごめん、定食のご飯がまだ炊けてなくて」

「炒飯なら出来るよ」と教えてくれたので、

すかさずに炒飯&餃子という林家ぺー&パー位のゴールデンコンビの注文となった。

 

寸胴からは湯気が立ち昇る。

おじさんは厨房を行ったり来たりしながら、

テレビのチャンネルを変えにこちらへやって来たりと忙しい。

 

さて、そんな頃合いで次の御客さんが入って来て、

味噌ラーメンを二つ頼む。

 

そしてまた一人御客さんが入って来て味噌ラーメンを頼む。

どうやら味噌ラーメンが人気らしい。

 

20分位経って炒飯が来た。

俺は『美味しんぼ』を閉じて椅子に置いた。

おじさんが炒飯をテーブルに置く時に「気持ち大盛りにしておきました」

と呟いた。

嬉しいではないか。

 

今日の炒飯も付け合わせのスープも抜群に旨かったが、

初めて食べた時の醤油ラーメンの旨さが忘れられない。

本当に昔ながらの~ってやつだ。

 

この店ではドラマが起こる。

二回目に行った時はおじさんが厨房にいて新しい御客さんに気付かなかったり、

それをみかねた美大生みたいな青年が厨房まで教えに行ったり。

その青年は自分が食べたお皿を丁寧に揃えておじさんが片付け易いようにしたり、

おじさんが他の御客さんに料理を出し終えるのを待ってお会計をしたり、

「この子、出来るなぁ」と俺は心の中で唸っていたのを今も覚えている。

 

おじさんも「御客さんが入って来たのが判らなかったら終わりだね」

と青年に笑いかけたりして、そんな触れ合いがこの店にはまだ残っている。

だから確かなファンがいるのだろう。

 

せっかちな人はこの店には行かないで欲しい。

俺も電車を一本遅らせたが、

ゆっくりと味合いたかったからそんな事はどうでも良いのだ。

餃子の皿も欠けていた。

そんな事はどうでも良いのだ。

寧ろ欠けた皿で味合いは更に増す。

 

店を後にして何もかも忘れた頃に、餃子のゲップがStill Echo。

その度に樹古里を思い出す。

そうかそれがおじさんの遣り口かと嘯けど、

そんな事はどうでも良いのだ。