小学校を創るのだ
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放課後の子供達

さて、質問です。

小学生は放課後、どこにいるのでしょうか?


実はこれ、僕がおもちゃ会社で働いていた頃からの疑問。

なんせ、東京では塾とおもちゃ屋以外に子供の姿をほとんど見かけない。


しかし、昨日その答えがわかりました!


児童館


実は、地域が子供とどう関わっているのかに興味が出てきたので、

近所の児童館に行って様子を見てきたのです。


すると、いるいる子供達!小学生の低学年から高学年まで40人くらいはいた。

読書をしている子供もいれば、ただごろごろしている子、庭で遊んでいる子供もいる。


施設を歩き回って詳しく見てみると、20畳くらいの読書室、

バスケコート半分くらいの広さの運動質、庭等がある。

建物や本、おもちゃなどハード面は私の子供時代とほとんど変わっていないようだ。


違うのはソフト(サービス)面。


1. 地域の大人が積極的に関わっている。例えば、

お話読み聞かせや折り紙教室などの活動がほぼ毎週ある。


2. 学童クラブという、小学生の託児所サービス。


地域の子供と密接な結びつきをしているようだったので、

今後の教育に何か活用できるのではないかと感じた訪問でした。


※児童館の皆さん、突然の訪問にも関わらず暖かい対応ありがとうございました。




一歩ずつすすむのだ

小学校を創るまでの流れを整理したらスッキリしたので、

ブログで記録しておくことにした。


Step1: 無料の放課後塾(アフタースクール) ~2007/8

Step2: 有料の放課後塾 2007/9~2009/3

Step3: 有料の全日制小学校(フルスクール) 2010/4~


教育業界新入りの私は、色々と経験を積んで、人脈を広げて、

スポンサーを見つけてながら理想の小学校の具体的な形を見つけていく必要がある。

そう考えると、Step1の無料の放課後塾から始めるのが色々な意味でリスクが少ない(メリットが大きい)。


メリット

無料 => 非営利活動なので、公民館・児童館などの地域センターが使用できる

もし、有料でやるとなると、地域センターは借りれないので、

賃貸で教室用の物件を借りることになり、10坪程度で月8万円+保証金50万円位かかっちゃうのです。


②(広告面 ①に付随して)

地域センターを使用して活動すると、区報などで告知してもらえる。

しかも、無料。おとくおとく。


③(集客)

「無料だから試してみるかぁ」となり、参加のハードルが低くなるので

生徒が集まりやすくなる(ハズ)。

生徒がいないことには、実験は出来ないのだから、これは大事なポイント。


④(自由度)

中長期で実験できる。

有料であれば、短期間で成績が目に見えて上がらないとすぐやめられてしまうが、

無料であれば、すぐに効果がなくても続けてくれるため、

中長期的な実験が出来る。


デメリット

⑤お金が入ってこない

まあ、その間は他で稼ぐしかあるまい。

まあ、貯蓄を崩さない程度に稼ぐのであればそれほど問題ないでしょう。


てな感じです。

こどもの力をしんじる国

さて、「小学校を創るのだ!」と高らかに宣言したものの、

私は学生時代の塾講師以外の教育経験がない。


だから、


"こんな人を育てたい"


というイメージははっきりとあるのだけれど、


"どういう教育をしたら育てられるのか"


がわからない状態。

つまり、教育経験不足ってこと。

不足してるなら、これから一杯経験してやる~、ということで、

子供がらみのアルバイトをいくつかすることにしました。


その一つがテーマパーク。


今年の10月に子供が職業体験をして楽しむテーマパークが出来ちゃうのだ。

その名はKidzania .


30分働くと、園内で使える通貨がもらえて、それで食事したりアトラクションを楽しめるらしい。


たいていは、


教育 => 学校


っていう風に連想してしまうけど、テーマパークっていうのもあるんだぁとビックリ。

「そんなの上手くいかないよ」なんて教育関係者の声が聞こえてきそうだけど、

見てみなきゃわからないからね。


詳しくはまた、ブログで報告します。


ではでは

小学校を創るのだ

”教育を変えなくては”


学生の頃からずっと思っていた。

教育学者の話を聞いてとかではなく、自分の周りの人を見てそう思っていた。


こんなことがあった。

大学院時代のこと。

松下電器の元副社長 水野博之さんが講義に来ていた。

戦後間もない、日本復興期の松下電器での新製品開発の話を臨場感たっぷりに話してくれた。

私は最前列に座りワクワクしながら話を聞き、質問していたが、

他の学生たちは黙って後ろの方に座っていた。

何かを得ようとする貪欲なオーラが彼らからは感じられなかった。


こんなこともあった。

米国ベンチャー勤務時代のこと。

最近元気がない同僚が心配になり、仕事が終わった後一緒に夕食に出かけた。

心配する私に対し、彼が言ったのは

「エンジニアの仕事は、考えて新しいものを生み出すことだっていうのはわかっている。

でも、、、


考えるのが本当に苦痛なんだ!

そんな苦しい思いをするくらいなら、何も考えずに

誰かの指示通りに動く歯車人生の方がいいと思うときがよくあるんだ。

僕だけじゃない、○○(別の同僚)もそう言っていた。」


その言葉はショックだった。

それ以来、私は教育について更によく考えるようになった。


”自分の頭で考え、新しいものを生み出していくことが必要な世の中なのに、

そういった人材は少ない。


だからといって、その状況を嘆いていても、何も変わらないだろう。


J. F. ケネディの

「国が自分の為に何をしてくれるかではなく、自分が国の為に何が出来るかをかんがえよう」

という言葉が浮かんだ。


自分で小学校を創り、求められる人材を育てよう。

上手くいくかはわからない。でも、やってみる価値はある。"


そう決心した私は会社を辞めた。