信濃町と南元町5・6番地の間を南へくだる 急な坂 新助坂。昔このあたりに
新助という人が住んでいたことに因む坂名。
この辺りは四谷と言われるだけあって
谷や窪地で出来上がった地形で坂が多く、それも急坂ばかりです。また、
信濃町は創価学会の街なので坂の西側は創価文化センター(旧ソニー
ミュージック信濃町スタジオの跡地)となっています。
上から下へ向かっての写真。正面南に中央総武線の高架、右が創価文化センターです。
坂標と坂下へ。
下から上への写真。左側の立派なビルが創価文化センターです。
坂標です。坂標には「『新撰東京名所図会』には、『新助坂は四谷東信濃町上る坂なり、
一名をスベリ坂ともいふ、坂の下には甲武鉄道線の踏切隧道門あり』と記されている。
明治三十年代中頃には、新助坂の名で呼ばれていた。」とあります。
*甲武鉄道線とは、東京と甲府間を結ぶ鉄道敷設のため設立された私鉄で、明治22年
(1889)新宿~立川 間で開業し、 明治37年(1904)までに 八王子~御茶ノ水間が開通、
明治39年(1906)鉄道国有法により中央線となりました。
2021.11.22




