諸々のじじょうにより、アメブロやめなきゃいけなくなりました。

本当に皆にはげまされてバカ話してたのしかった。

皆様、ありがとうございました。

また、機械があったら仲良くしてくださいね。

最後に毎日欠かさずにぺタくれたスーフリさん、ありがとう(^-^)

ナイン君、ななこ姉ってよんでくれてうれしかったよ。

たけぽこさん、色々焼酎について教えてくれてあらがとう。

くんくんさん、社会復帰おめでとう。頑張りすぎちゃダメだよ。

皆様、楽しい時間をありがとうございましまた。
今日は久しぶりに空を飛びました。気持ち良かった~。

体からす~って意識を分離させてやりたいほうだい出来る時は空を飛ぶに限るね!

注意:変な薬はやってません。極めて正常でもありませんが…。

そんな訳で久しぶりにスッキリしたので記事でも書いてみようって気になりました。

最近は毎日【死にたい病】が続いててヤバイ日々の連続な感じでした。

絶望してる訳でもなく、辛いわけでもなく、不幸でもなく、ただただ毎日が悲しい。
深い悲しみに取りつかれてる感じかな?

数年前にも同じように、悲しみに取りつかれて死にたくなる日々を送ってたころを思い出したので少し書いてみます。

その頃の私といえば、いつ死んでもおかしくない状態で、多量服薬にリスカが日常化してたんだけど、痛みを感じて、赤い血が流れるのを見ることが生き甲斐だったような気がする(笑)

うっとり血が流れるのを見てるだけではじめは満足してたのに、だんだん血が止まる事が嫌になって、バスタブが真っ赤になるのをうっとり眺めてたりしたっけ。

どんどんエスカレートしていって、目覚める事が嫌になって首を吊ったのがキッカケで精神病院の隔離に3ヶ月入って、ただただ毎日壁を眺めて過ごしてた。

何故首を吊ったのに蘇生したのかなぁ。

死ぬって難しいなぁ…。

なんて考えてたかどうか覚えてないけど、隔離病棟は居心地が良かった。

水を飲みたいときに飲めないのは嫌だったけど。

監視カメラが付いた部屋で用を足すのも気にならなくなって、外界から完全に離された生活は楽だったなぁ。

鍵が掛かった窓も開かない、トイレの隣に布団を敷いてる狭い部屋で過ごす私を、憐れに思う人も不気味に思う人もいたけど、関係なかったなぁ。

私の安全な居場所だったもの。

前にも記事に書いたかな?ちょうどその頃に、年下の従兄弟が亡くなって、私は叔父さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

奇病で亡くなった従兄弟を思うと手首の縫い傷が醜く見えて…。

何故かそれまで、傷がいとおしかったのが馬鹿みたいにクダラナイ事だと気が付いた。

まともになりたいって意識して涙が止まらなかったなぁ。

その頃の記憶は社会復帰してからあやふやになってたのに、今日は鮮明に思い出してしまった…。

死にたい病はまだ消えてなかったみたい。

理由のない悲しみは影みたいについてまわる。

昔話、今も続く(-_-)

遅れていたツキノモノが来てしまったあぁぁ。

仕込んだ時期もバッチリだったし、最近は遅れるなんてなかったから少し期待してたのになぁ…。

あぁ、腹いてぇ(-_-)