私は比較的体力はあるのですが、精神的に繊細ですごく些細なことを気にする性格です。それが行きすぎたのか、社会人1年目の時に精神的な病にかかりました。今は通院こそしなくても良い状態になりましたが、時々意味もわからず焦ってしまったり、気分が沈むことがあるので、完治したとはいえない状況ですし、これから完治することはないでしょう。
当時病んでしまった原因は、自分や社会に対する期待が高すぎたことかなと思っています。私は諸事情で通常の新卒採用とは違うルートで就職をしました。というよりせざるを得ない状況でした。それでも結果的に花形部署のような配属になり、自信にもやる気にも満ち溢れていました。
ただ、これまでの環境にいた人とは少しタイプの違う方がいたり、コミュニケーションが取りづらく齟齬が生じたり、自分が活かせると思っていた知識やスキルが意味のないものだったり、思い描いてた理想の社会人生活とはかけ離れていました。今思うと人によって様々なコミュニケーションの取り方があったり、学生時代に身につけたことが実務では直接活かせないことなんて山ほどあります。そんな当たり前のことばかりですが、当時の私はこの現実を受け入れられず、理想の人生から離れていく、学生時代の友人たちからも差をつけられて落ちこぼれていく、そんな絶望感でいっぱいでした。職場での自分には存在価値がなく、上司や先輩からは迷惑な新人と思われているに違いない。誰にも何も言われていないのに、そんな被害妄想でいっぱいの日々でした。
家族の勧めもあり、医療機関を受診しました。診断は鬱です。結局入社して2ヶ月足らずで休職します。職場に悪い人はいなかったし、私の体調を気遣ってくれてさえいました。無理するなと優しくしてくださった方もいます。それでも職場、仕事への恐怖心が抜けず、なによりなにもできない自分へのプライドを捨て切れない私はそのまま退職することになりました。本当に迷惑しかかけていないですね。
あれからしばらく経ちますが、今はなんとかサラリーマンできています。あの時からは考えられないほど今の自分はよくやっていると思います。
家族にも恵まれ、かわいい子どもたちも生まれました。
今は仕事に対しての期待値を上げないようにしています。もちろん真面目に仕事はしますが、過度な没頭は自ら控えています。本来はクソ真面目で負けず嫌いで見栄っ張りのプライドの塊なので、自分でストップをかけないといけないんです。家族のおかげで、自分以外に自分の時間や思考を使う対象ができたのがとても大きいです。
今でもたまに、職場での何気ない一言や不機嫌な人たちの態度から心がざわつくときがあります。本当に頻繁にあります。ですが他の人を変えることはできません。
自分も少し歳をとって、自分の限界をわかってきました。自分の能力や経験では限界なこともたくさんあるし、人間なんてそんなものではないでしょうか。そんな風に思うと、少し気が楽になりました。
それでも自分がやったことに対してケチをつける人はいます。悪気はないかもしれないけど、良い気分はしません。でもその人のことは変えられません。
せめて休みの日だけでも、他のことに没頭することが自分の切り替え方です。私にとってはそれが家族です。
世の中いろんなことがあるし、いろんな人がいますよね。図太くなりたい、メンタルモンスターになりたいと思っていろんな本を読んだりもしました。けど、私みたいな繊細さんが、自己啓発本や動画を見たところで鋼メンタルになるのは無理でした。それでも、そんな自分でも良いじゃないかと肯定できるようになりました。無理に図太くなる必要なんてない。
最近少し嫌なことがあったので、改めて自分の状態を書いてみました。まだ人生長いので、せめて子どもたちが巣立つまでは、細く長く、心身健康にいたいですね。
おやじ。