こんばんわ。子供の時に食べた鴨鍋の味が忘れられない八木です。
今回は悟りってどういうものなのかざっくり解説します。
悟りとは、涅槃(迷いや煩悩が消えた平安静寂の境地)を得て、ものを正しく見る目とその智慧が伴った状態のことです。最初にその境地に到達したのが釈迦、仏陀、ゴータマ・シッダールタ等と呼ばれる人物で、その教義をざっくりまとめて伝わったものが般若心経です。色々な国や人々に伝わるうちに異なる解釈、余分な概念を組み合わせてしまったのが宗教・宗派ということになります。日本の仏教から宗教成分を全部抜くと、だいたい本来の教義・悟りという概念が見えてきます。人々が混沌とする世の中で宗教に頼るのはごく自然なことで、その宗教概念が文化や歴史を作ってきたのですから、その文化や歴史の上に立つ我々は宗教フィルターを通して物事を認識してしまっているということになります。ドリンクバーで色々混ぜすぎて本来の味を見失うのに似てますね。
悟りは仏教の一教義ではなく、哲学的な概念です。スピリチュアル度はゼロです。全くのゼロかというと・・・カロリーゼロ食品のカロリーくらいはあるかも知れませんね。よって全ての人が悟りを啓きうるのですが、難解で向き、不向きはあります。今現在幸せに満たされている人はわざわざ悟りを啓かなくても良いんじゃないかな。般若心経の意訳を見れば、フーン(鼻ほじ)くらいは分かってくれると思いますが、これを体感、実感、心の底から理解するのが難しいところです。重要なのは目に見えるものだけを取り扱っていて、目に見えないものは何も明言していないことです。目に見えないものは肯定も否定もせず、議論のテーブルに乗せていないのです。つまりあなたのイメージしている神とか霊とか死後の世界とかは、あえて無視して考えていくと理解しやすいと思います。
また次回も読んでくれると嬉しいです。