(*これからイミュる予定の方にはちょっぴりネタバレがあります。🙇‍♀️)

 

ミセスのゼンジン、想像を超えてきた圧巻のステージで、今もイミュロスでうなだれています。

 

注釈付きのお席を急遽当選させていただいたので、かなりステージの真横かなと思ったのですが、ご本人の下半身(笑)は目視できるほどの距離感でむしろ物理的にはかなり近い席でした!!

 

もちろんステージのサイドにある大きなモニターで、(ライトなどの邪魔はあるものの)ステージ上のメンバーの様子はよく見ることができて嬉しかったです。

 

心に刺さるメロディーや歌詞を一つずつ紡ぐには気の遠くなる時間を費やしてきたことは想像できますが、それを25曲ぶっつづけでパワフルに歌唱される大森さんの人間楽器みたいな凄さは、壮絶でした。😱

 

中でも、17歳の頃に大森さんが作った「CONFLICT」という名曲をアンコールで歌った時には涙なしには聞けませんでした。

 

その歌には、こんな歌詞があります。

 

 

未だに成せて無い事を
実らせて見せたいな

...

未だ明かされて無い事を
この身を以て皆に見せたいな

...

この世には、まだ出番の無い光が
実はたくさん散らばっている

いつかは もしかしたら
想いが実を結び
僕らの抱いたこの夢は
誰のものでも無く
「私」のものだ

貴方の愛しい胸に
その葛藤がある限り
この世も諦めることはなく
微笑みかけるでしょう

--

 

もう、誰も成されてないことがたくさん実ってるよ、十分、見せてもらったよ。確かに。😭

いくつもの「史上初」を叶えてきたよ。すごいよ。

 

17歳の大森少年がこの国立の景色を見たら、どんなふうに思うかな。

そんな時を超えた感動に打ちのめされました。

 

音楽を始めて、バンドを組んでからこれまで、ご苦労も多かっただろうけど、人の心に届く、そして救う、音楽という魔法をこれだけ次々と生み出してきた大森さんに、畏敬の念さえ感じた夜でした。

 

翌日の朝は、そんな魔法の余韻に浸りながら、パン屋さんに自転車を走らせている時、心地よい風が吹いていました。

 

風だけが知っている、あらゆる人の人生の困難や無力感。叶わぬ想い。涙。

 

そのすべてに寄り添ってくれる大森さんの音楽があり、それを楽しめる時代に生きることができて、本当に感謝です。

 

 

 

 

 

なんと、今日は諦めていたミセスのライブ、「Zenjin Mito no Im/Mutable」に参加しに国立競技場に行ってきます!👼🧡🧑‍🚀✨

 

今回のライブは、ファンクラブの先行から全て落選ばかりで、もういじけまくっていたところでした。😢

 

それが、つい一昨日、先着の注釈付きのシートに当選したのです!!それも長女の協力で!!🥹

 

当然、人気絶頂のミセスのライブなので、先着の申し込みサイトにはなかなかアクセスできず、長女がパソコンで、私が携帯で、と手分けして、2時間くらい挑戦して、やっとアクセスができた時には、手が震えました。

 

そして間違わないように気をつけなくちゃ・・・と恐る恐る申し込み情報を入力した後、ついに決済が完了。

 

無事にチケットを手にすることができたのでした〜!🥳

 

もう信じられなくて、めまいがして気分が悪くなるくらいでした。🫠

 

その瞬間、ライブには行かない長女も同じくらい大喜びをしてくれました。

 

YouTubeでミセスの「僕のこと」の「あ〜、なんて素敵な日だ!🎵」のところを再生してくれ、その音楽に合わせて、一緒に部屋をぐるぐる回ったりしてくれて、一緒に祝ってくれたのです。

 

「え、こんなに私に共感してくれるんだ?!」

 

と、普段は私の推し活を冷笑している長女の共感ぶりに、一瞬びっくりしたくらいでした。

 

前回のバベルに続き、チケットは神様からのご褒美ですが、それに加えて大きなサプライズの喜びをいただきました。

 

「手伝おうか?」と声をかけてくれて、一緒にリロードを頑張ってくれた長女が、こんなに私に「共感」して一緒に喜んでくれたこと。

 

そんなエモーショナルな瞬間を一緒に味わったのは、彼女が大きくなってから初めてな気がします。

 

チケット争奪戦参加に長女の成長を垣間見ることができた、素敵な瞬間でした。

 

では、今日のライブ参戦、思い切り堪能してきます!👼🧡🧑‍🚀✨

 

 

 

中学生になって5日目の今日、長女は中学校で初めての欠席をしました。

 

「やっぱりね」とも感じるし、「よくここまで頑張ったよ」という気持ちもあります。

 

私といえば、ずっと落ちそうな飛行機を眺めるような気持ちで見守っていた長女の登校だったので、本人が取り返しがつかなくなる前に着地することができて、少しほっとしているのが本音です。

 

ここまで毎日、不登校じゃなかった4日間。初めて出会ったお友達や先生と話したり、一緒に学活の活動をしたりして、本当によく頑張った。ありえないくらいに、頑張った。

 

今日からは教科授業が始まったのです。むしろ休んで正解です!!😭

 

長女の中には、「不登校児」というアイデンティティーが断固として揺るがないものとしてあり、その真髄は、数日の登校ではリセットできるようなものではないのです。

 

進学をきっかけに何かが変わるんじゃないか、という淡い希望を抱きながら、それでも、とやかく言わないように気をつけながら見守って来たつもりなのですが、良かれと思って準備を手伝ったり、褒めたり、そういう些細なことが、本人には「行って当たり前だと思っている」と重荷に感じたようで。

 

応援することさえ、許してくれない。

 

担任の先生が、他の子と平等にクラスの係を任命してくれたことや、優しい言葉でメイクしなくても美人さんなんだから、と言ってくれたこと、全てが、「ちょっと行ったぐらいで、私が何年も不登校だったってこと、忘れないでよね💢」みたいな噛みつきの暴走に加担してしまう。

 

キレることしか今の彼女にはできない。

 

それでも、私は進学という機運に乗っかって手を差し伸べたことは後悔はしていませんし、色々手を尽くしてくださっている先生に対しても本当にありがたいと思っています。

 

私たち大人は、大人ができることをするしかないし。

 

長女は、それに対して反応することしかできないし。

 

それがずっと平行線になろうと、いつか彼女の行きたい方向に、私たち大人ができる何かが少しでもあるのであれば。

 

あるいは、自分がこの世を去る日まで、ずっと何もできないままなのかもしれない。

 

それでも今日を、1日1日を生きていくだけです。

 

解決なんて、しようと思っちゃいけないのです。よね。

 

明日何もなかったのように登校するかもしれないし、しないかもしれない。

 

長い、長〜い旅が、まだまだ続きそうです。

 

 

 

 

 

 

 

時間がゆっくり動く週末には、朝の散歩も平日よりものんびりできて、木々の花の移り変わりや、風の香りの変化を楽しむことができます。

 

桜フィーバーも落ち着き、出番が来るのを待っていたツバキやの蕾が、ようやく少しずつ芽吹き始めています。通りには赤や白のハナミズキが咲き誇っています。

 

そんな四季の移ろいを目にすると、こんな我が家でさえも、大きな自然の力で、ゆっくりとだけど確実に、人生の次のページに連れて行ってもらっている気になれます。無条件に前へ前へと進ませてもらっている気がします。

 

金曜は、長女の担任の先生(英語の教科担任でもある)が夕方に電話をくださいました。

 

20分くらいでじっくりと、どのように長女が自分らしく、無理ない範囲で中学校生活に参加できるかの作戦会議をしました。

 

とても優しくて理解があり共感力が高い、素晴らしい先生恵まれて本当にラッキーで、そして先生の寄り添いが、ありがたい限りです。

 

アメリカに留学経験があったり、ミセスが好きだったり、私との共通点もあり、まるで以前から既知の仲のような心地よさでお話しさせていただけたこと、本当にありがたかったです。

 

中学生になるにあたっての指針として、私は初めから、「学校生活」と「勉強」は、きっぱり切り離す、ということを考えていました。

 

学活や、美術などの好きな授業のみ、部活、そして行事など、参加したいものだけ参加すればいい。

 

「勉強」は中学生活では参加せず、学外の家庭学習(私が教えるホームスクーリング?😱)や家庭教師等のサポートなどで対応するのが現実的だと考えていました。

 

それも、本人が学ぶ気になれば、という、起こるかどうかもわからない条件のもとに、です。

 

彼女の三年間のゴールは、「社会参加」だと考えています。

 

他の皆さんのように「志望校に受験に受かるための準備」なんてことはあり得ません。正直、今の彼女のままでは、どんなタイプ・制度の高校にも行けないと思っています。

 

実質、保育園レベルの「学力」の長女が中学校の教科学習についていけるはずはありません。ついていける、はおろか、授業に参加しても辛いだけです。

 

長女は漢字はもちろん、ひらがなさえも忘れていることがあります。不登校生活では文字を書く場面もないし、練習しようとこちらが声をかけても、「やだ。むり。」の一点張りなのですから。

 

なので、とりあえず本人のやる気が起きるまではまず勉強のことは忘れる。学校生活の勉強に関することは、とにかく「避ける」。そんなふうに考えていました。

 

その指針を担任の先生と話したところ、先生は私の意見をまずは受け入れてくださってから、それでも、初めから私たちで決めてしまわないほうがいい、と言ってくださいました。

 

もしかしたら得意なことが見つかるかもしれないし、特に英語は、私と一年間オンラインでレッスンをしてきたので、自信が持てることの一つとして感じられるかもしれない。

 

小学校は過去のことで、ここからリセットして、新しい自分を探せるかもしれない。

 

そんなふうに、私の疲労困憊で疲れでうなだれている頭からは想像もできないような前向きなアドバイスをくださったのです。

 

確かに、私は何年もの"失望マインドセット"を経て、実績に基づいて安全牌しか算出できない頭になっています。結果も見越して、それが一番妥当だというところで何もかも対応してきました。

 

だけど長女にとっては、まっさらなあたらしい世界。どんなことや、どんな友達、先生が、長女をどう揺り動かすかなんて、私の想定外な結果ばかりですよね。

 

なので、とりあえずは先生のアドバイスを受け入れ、私が指針を決めすぎないことを意識的に気をつけようと決意しました。

 

本当にどうなるか想像もつかない。

 

それでも、これ以上落ちることができないような残念なことや、苦しいことはもうたくさん経験してきた。

 

その耐性があるからこそ、新しいことにもチャレンジできるかもしれない。

 

そして、うまくいかなかったら、またチャレンジできるレジリエンスも、そこそこ長女は持ち合わせているのかもしれない。

 

1年半の引きこもりから脱出できたという実績もあるのだから。

 

ひとまず長女を信じて、見守って行く勇気を、どうか持てますように。

 

 

 

トンネルの先に光が見えてきた、と言うよりは、暗闇の中にたまに光が瞬いては消えていく。

 

そして忘れた頃に別の光か現れて、そしてまた消えていく。

 

そんな感じで不登校娘たちの成長は、継続的に上へ上へと積み上げ式に起こるわけではなく、ささやかな喜びが意外なタイミングで突然やって来ては、その直後にガツンと崖から蹴飛ばされて落ちたようなショックと虚しさに見舞われる。

 

それの繰り返しのような気がします。

 

昨日は自閉症・不登校娘の長女が中学校に入学してから3日目。

 

身体測定があったので、自分の体重を測られたくないと言う理由で、行きたくないと言った長女。

 

それでも、5時間目以降の学活と放課後の部活見学には行きたいと言う気持ちがありました。

 

そこで、私の仕事のスケジュールに、なんとか長女の登校の付き添い送りをねじり込み、中学校では初めての「遅刻」を体験しました。

 

小学生の時は何も気にせず好きな時間に教室に入っていけばいいだけだったのですが、中学ともなると遅刻の学生は、まず職員室に入り、先生に声がけし、遅刻の理由のカードに記入し、それからやっと教室に向かえるのでした。

 

副担任の先生がそのプロセスを教えてくれている間も、長女は「れいわ8ねん」と、ひらがなで書くのも至難の業。「理由」も大人のように適当には思いつかず、「たいちょうふりょう」と書くのも、かなりのストレスでした。

 

こんな子がそもそも中学校に通っていいのか。

 

そんな常に根底にあるけど押し込んでいる、やり場のない不安がまた掻き乱された瞬間でした。

 

それでも、家にいるだけでは絶対学べない、こんな手続きを教えてもらえるなんて、社会参加の勉強だよな、と思うようにしました。

 

長女が苦痛な表情でなんとか事務的な手続きを終えるのを見届けた後に、私は学校を後にしました。

 

その後、私の仕事が終わった頃に、長女が帰ってきました。

 

12:30に学校に行ったのですが、17:00過ぎに帰ってきたので、4時間以上もいたことになります。6年生の時でも、学校に行っても2、3時間で帰ってきていたのでこれには驚きでした。

 

学校でみんなと給食を体験できたこと。(匂いが苦手な感覚過敏と外食恐怖のある彼女には、これだけでも大きな達成感なのでした。)

 

その時、スープをパンを少し口にしただけだったけど、手をつけられなかったデザートをみんなが争奪戦で欲しがってくれたのが面白かったこと。

 

部活紹介のPRパフォーマンスが面白かったこと。

 

美術目は真面目すぎる印象だから自分には合わない気がしているので、パソコン部に行きたいけど、プログラミングより動画編集とかがやりたいから、ちょっと違うかも、と思っていること。

 

後の席の子が、自分も好きなバンドが好きなこと。

 

長女の口から出る言葉は、どれもこれも、家に引きこもっていたら決して感じることがない、鮮やかでリアルな、対面での人とのやり取りで生まれた、刺激的な感情の現れなのでした。

 

小学3年生で不登校になり、一歩も外に出ることができない期間が1年半あった長女。

 

まだまだハネムーンピリオドだし、これからへの不安ばかりですが、最初の3日間を続けて中学校の門をまたげただけでも、かなりすごい。

 

おまけに、自分なりに新しい学校での幕開けを楽しめたのは、もう本当に喜ばしいことです。

 

今はその現実を噛み締めて、これから来るであろう困難に立ち向かうための活力にしたいと思います。

 

 

ここ数週間、自閉症・不登校長女の小学校卒業やら、中学校入学やらで、私の心はソワソワ、動きはバタバタな日々が続いてきました。

 

そのせいで、温和で優しく、おとなしい次女のことを、十分に気をかけてあげてなかった気がしていました。

 

昨日、そんな次女と少しゆっくり話す機会がありました。

 

最近の自分の余裕のなさを、「ママは見た目はぷかぷか浮いているけど、水面下で必死に足をバタバタしてる鳥なんだよね」とこぼしていたら、次女が言いました。

 

「ママが水面に浮かぶ水鳥だったら、私は深海で泳ぐクラゲかな。しばらくはあんまり水面には出たくないかな。」

 

その一言に、今の次女の気持ちが表れているんだな、と感じました。

 

まだしばらくは学校の喧騒から離れて、なるべく心穏やかに過ごしたい。

 

そんな気持ちもわかります。

 

昨日は学校に頑張って行けたけど、もし今日は行けなかったとしても、それはそれでよし。

 

自分の気持ちをよく理解して、言葉にできて、その気持ちに沿って1日1日を元気に生きてくれれば、とりあえず、それでいいや。

 

そう思うことにします。

 

 

次女の作品です。

昨日、自閉症・不登校娘の長女が、無事に中学校の入学式に参加することができました!🥳

 

と言っても、やはり全体の「式」に参加するのは人混みと厳かな雰囲気に耐えられず、みんなと一緒に入場はせず、体育館後方の場所から見学できるように、先生が取り計らってくださったのですが。

 

それでも、静かな体育館で、中学一年生とその父兄と一緒に同じ空気の中で、入学式という大規模なイベントの進行を見守ることができただけ、二週間前の卒業式に比べても、大きな成長でした。✨

 

いつも通り、入学式も本当に当日朝まで行くかは、彼女の気分次第だったので、無意味な期待は持たないようにしていたのもあり、無事に中学校に登校でき、イベントまで参加して、その後の学活で「楽しかった」と言える体験ができたのは、想像もしていなかった展開で、素直に嬉しかったです。

 

下校後の夕方には担任の先生がご丁寧にお電話くださり、長女の学校の体験の詳細をお知らせくださいました。

 

長女が机に着いた時に遭遇したプリントの山に、長女が圧倒されて涙を流してしまった状況、それを、周りの既知の友達や新しい友達が助けてくれたこと。

 

そして、先生と相談して、式にはみんなと一緒に座らずとも後で眺めるという、アレンジした形で参加すると決めたこと。

 

どれもこれも、周りの皆さんの温かい支えのおかげで過ごせた、貴重な瞬間だったことを先生のおかげで知ることができました。😭

 

私がいつも最前線で守らなくても、自分で「これができないので、助けてください」という一言を発することさえできれば、周りの人たちが助けてくれる。

 

そんなアプローチは、特性を持った彼女にとって、やっと辿り着いた社会参加への鍵なのかもしれないのでした。

 

そして、そんなふうに周りの皆さんに助けられながら、中学校という場所を自分なりの形で楽しむことができることを知った自信に助けられて、二日目の今朝も、同じマンションの同学年のお友達と一緒に、中学校へ登校することができました。

 

今日は次女も新学年の初登校。(昨日の初日は堂々と休みましたが・・・😅)

 

朝、まるで不登校なんてなかったかのうように、「普通の子」たちのように登校した娘たちが後にした家はとても静かで、ずいぶんしばらくぶりに体験した穏やかな気持ちがしました。

 

長年の不登校生活の中の1日という文脈では、いつまた激しい嵐が私たちを襲うかもしれないという恐ろしい不安を払拭することは不可能なのですが、とりあえず一息ついて、静寂の中でコーヒーを淹れる楽しみを味わうことができたのでした。

昨日、明日に長女が入学式を迎える先生から電話がありました。

 

先々週にあった1日通学で、茶髪&フルメイクで行った長女。その二日前には、「うちの子は特性のため、そんな感じで学校に行ってしまいますが、本当にすみません」と、私は教頭先生にお電話して頭出しはしていたのでした。

 

そして、その通学日からほぼ二週間。なんの音沙汰もなかったのに、中学校からいきなり電話がありました。

 

とても申し訳なさそうに、優しい口調でお話ししてくださった先生の要点は「あの髪色だと、中学の入学式には参加が難しい、そして他の生徒と関わるすべての活動に参加するのは難しい」と言うことでした。先生の話し方だと、こんな新入生は初めてのように学校は対応を模索中な感じでした。

 

そんな電話を親にしなければならないのは本当に気の毒だなぁ、と思うくらいに、精一杯気を遣って言葉を選んでくれた先生でしたが、ストレートに言うとすれば、「学校生活に参加したければ髪を黒に染めろ」と言うことでした。

 

「そりゃそうだよね」と思う反面、その当たり前の忠告を、長女がどう受け取るのか。それを思うと憂鬱で仕方がなくなるのでした。

 

案の定、そのような優しい先生の電話があった、と私も長女がキレにように、気を使って言葉を選びながら伝えると、私の言い方が悪い、とか、「なんでママはそんなふうにしかいえないんだ」と、お門違いな猛攻撃。

 

「学校が始まるから髪を染めなきゃいけないって」というメッセージを、どれだけ優しく言えるのだろうか。

 

ああ、やっぱりダメか。

 

理解するどころか、聞く姿勢さえ持てない子なんだ。🫠

 

そんな気持ちで、情けなさと惨めさで、このままどこかに消えてしまいたくなりました。

 

長女をかばいつづけてきて、いつも長女の視点で考えてきた私のはずなのに、その私に攻撃の矛先を向けられる。

 

そんな時が、一番自分の存在価値が無に感じる時です。

 

それが、ですよ。

 

あれだけ散々切れまくって泣いたり大声を出したりしたあと、長女は言ったのです。

 

「髪を黒くする」と。だから染料をママが買ってきて、と。

 

なんだったんだよ、これまでの荒れようは。😭 

 

無駄にパンチングバッグになってズタボロにされたヘトヘトの私でしたが、明後日の入学式に間に合うには、今日か明日しか、染める時間がなかったので、すぐに買いに行かなきゃいけないことに気づきました。

 

また、今その気になってる時にやらせないと、いつ気が変わるかわからないというリスクもありました。

 

二週間前には長女の髪色のことがわかってたのに、なんで中学校の先生は、その時に言ってくれなかったのだろう。💢

 

そんなところにしかやり場のない怒りと馬鹿らしさでいっぱいのまま、やり残した仕事を置き去りにして、ドラッグストアへ。

 

黒髪に戻すカラー染料のボックスを買って、家に戻って。

 

もちろん長女1人でできやしないので(茶髪にした時はモチベーションがあったから1人でこっそりやっていたけど)、私が手伝うことになり。

 

そもそもやらなきゃいいことを、自分の判断でやった長女の尻拭いを、どうして私がしなければいけないんだろう、とまた惨めな気持ちになりながら、髪を染めたり、染料で汚れたお風呂場を磨いたりしていました。

 

普通にしててくれたらいいのに。

 

他の子達みたいに。

 

と、願っても全く意味のない願いを考えずにはいられませんでした。

 

髪を黒に染めてみる。入学式に行きたい、かもしれない。

 

そんな「前向きな」動きに、本当は喜ばなくちゃいけないのに、なんだかこれから起こるであろう、長女が思いつきでやったことに振り回されたり、馬鹿らしいことを火消ししなければいけないことの数々を考えると、素直に入学式を楽しみにするなんて到底できないのでした。

 

そもそも、1日入学で学力調査のテストを白紙で出して、みんなの前で号泣してしまったあと闇落ちのどん底だったのもあり、二週間、入学式には行かない、と言っていたので、私も何も準備をしていませんでした。

 

それが突然「行きそう」になり、私も突然準備をしなければいけなくなり。

 

こんなハンパな関わり方だったら、いっそのこと、学校なんて行かなければいいのに。

 

なんて、親としては決して思っちゃいけないことを、思ってしまいました。

 

 

 

「介護疲れ」といっても、私の関与の仕方のレベルでは、本当に同居をしながら介護されている方や、介護のプロの方に言ったら笑われてしまいそうですが。

 

母は10年以上前にがんで他界しているので、父1人で住んでいる実家に、月一回通って3時間ほど一緒に過ごしています。

 

普段は、小規模多機能のホームのケアマネさんがしっかりケアしてくださっており、週2回、ホームに半日だけ通い、その他の日も、同じホームのスタッフの方が朝夕訪問介護として、お薬を飲ませてくれたり簡単な家事のお手伝いをしてくださっています。

 

そのホームと連携する形で、訪問診療、訪問リハビリも来てくだっており、また、家事は週2回、パワフルで優しい家政婦の方が来てくださっており、世界最強の介護サポートチームに恵まれ、私はこうやって自由な時間を楽しませていただいているのです。

 

とはいえ、私も一応娘なので、車で1時間くらいかかる実家に、月に一回は顔を見せるようにしています。

 

だいぶ体が不自由で、ホームに入居するレベルの不自由さと言っても過言ではないのですが、本人の強い希望で、最強介護チームのサポートの恩恵を受けながら、なんとか家で過ごしています。

 

私が実家に行くと、キッチンの床にはカレーがこぼしてあったり、ダイニングテーブルの下には食べこぼしがひどかったり。かがんでものを拾えないので、床には書類が散乱していたり。

 

時にはトイレに間に合わなかったり転倒することも以前より増えてきて、ホームへの入居へのカウントダウンなのでは、と私としては感じているます。

 

それでも、親身になってくださっているケアマネさんは、「それだけ(転倒やトイレの件)の理由でホームに入ってしまうのはかわいそう。1日でも長く家で過ごせるように、こちらも色々考えてサポートしてみるから、どうか様子を見させてください」、と、本当に父の目線でQOL (人生のクオリティー)を考えてくださっていて、家族よりも父の尊厳、人間らしく最後まで時を過ごすことについて、真剣に考えてくださっていて、もう感謝しても仕切れないぐらいです。😭

 

昨日も実家で3時間ほど父と過ごしました。持って行ったお寿司を半分に切ってあげて、一緒にテーブルで食べたり、呂律が回らず何を言っているかわからない父の話を気の済むまで聞いてあげたり、庭の草取りをしたり、掃除をしたり、町内会のあれこれを手伝ったり・・・

 

一つ一つは決してたいしたことではないタスクのですが、なんだかぐったり疲れてしまって、帰り道の運転は、ちょっと危ないな、と感じるほどでした。

 

家に戻った後は、次女のベッドで1時間ぐらい爆睡してしまいました。

 

もっと体力をつけなければ!これからもっと大変になるぞ。と、決意したのでした。

 

自分の限られた時間の中で、特性のある子供の育児、家事、介護、少し仕事、そして自分の休息&趣味の時間のバランスをうまく割り振りするのは至難の業ですが、後悔しないように、父とも適度な距離で、きちんと向かい合っていけたらいいな、と思います。

 

 

 

 

1ヶ月前くらいに、長女が言った言葉があります。

 

「不登校はお腹いっぱいだな。」

 

和食ばかり食べないで、他のものも食べてみたい。

 

そんな言葉で今の気持ちを表現していました。

 

「できないこと」の山々が降りかかってきて闇堕ちすることもあるけど、少しだけ目が外の世界に向き始めているようです。

 

それは、誰かが問い伏せたからではなくて、彼女が自分でたどり着いた気持ち。

 

来週は中学入学式ですが、式に出れなくても、そして、教科学習のクラスに出れなくても、彼女ができることの範囲内で「学校」というシステムのいいとこどりをして、青春のカケラを味わってほしい。

 

いや、青春なんて陳腐な言葉でくくられるようなドラマじゃなくていい。1日1日を元気に過ごせたら、そりゃもう上等。

 

とはいえ、期待しすぎたり、私が解決法を勝手に探してしまわないように気をつけなきゃ、です。

 

中学生といえば、きっと自分の判断を1人でし始めていく時期なんですよね。

 

いよいよ本格的に、自分の特性に向き合って、何がベストかを自分で考えていく。

 

勉強とか、人混みの中に入り込んでいくとか、そういうこと以上に大事な、自分の人生の判断を、少しずつ1人でできるように、私も距離をとることを意識的に心がけながら見守っていこうと思います。