20日に手術を受けるため再入院をし、手術に備え多少の検査を受け
看護師さんとあーだのこーだの手術に関する話しを聞きながら2日間が
過ぎていき、いよいよ水曜日がやってきました。
当日は朝食抜きで、部屋で手術をするまえに手術用のストッキング
を履いて手術室に向かい手術台に乗りました。
さとべーさーん、麻酔科の○○です。聞こえますか?宜しくおね....zzz
のあたりで爆睡・・・
目が覚めて気が付いたらHCU(看護師さん達がいる部屋の隅にある術後の人や
重病で目が離せない人たちが集う場所)にいました。
手術は成功ですよ^^と付き添いの看護師さんから言われ気持ち的にはやったー!
という嬉しさでいっぱいのですが、両鼻に綿栓を奥深く入れられており
全く鼻呼吸が出来ないのと、翌朝まで水分補給が許されなかったので
この時が一番しんどく辛かったですね。
口の中は血でベトベトですし、口呼吸しか出来ないから口が渇いて渇いてどうしようもなく
本当に翌日の朝まで寝ることが出来ず、看護師さんに頼んで頂いた紙コップの水を
棒の先に付いたスポンジに湿らせ渇く度に口の周りを潤し、その行為を朝まで
繰り返していましたね。
夜になり段々と気持ちが落ち着いてくると、なんとなく急所の方が変な感じ・・・
恐る恐る自分の象さんを見ていると・・・・
わぉ!変な管が刺さってました。ひえ~~、これがカテーテルってやつですか!!
やられて初めて知りました。このカテーテル、変な違和感で動くと体勢によっては
痛いんですよね。これはこの後1週間入れられ続けるのですが結構泣かされることに
なりました。
そんなこんなで時間は過ぎ翌朝になり、とりあえず車いすに乗って洗面所に向かいまず歯磨き。
いや~、うがいの度に真っ赤なすすぎ水が出るわ出るわでびっくりでした。
それから荷物を整理して大部屋に移ることになりました。
今回自分が受けた脳下垂体の手術というのは鼻の通路を利用して行う手術なので
見た目は全く変化がないのですが、両鼻の中はとんでもないことになっているのです。
また自分は手術前の検査で鼻の骨が曲がっていたらしく、耳鼻科の先生が脳手術の後に
鼻の曲がりの手術もしてくれるという脳外科と耳鼻科の合同という大きな手術だったのです。
大部屋に移って、生きて帰ってこれた-!と喜びました。
その5に続いてしまうのであった~
なつかしい思い出です。
もう御世話になりたくない食事達のオンパレードですな(爆)
僕にとってこのカレーライスは御馳走に近かったですな。

必ずカップで暖かいウーロン茶?が付いてくるのは有り難いでしたね。

ん~、ふりかけをおかずにご飯を詰め込む~

これは最初で最後のパンでした
何か学校時代の給食を思い出しながら食べてました

味のうすーーーい魚君たちがメインになることが多々ありました

またさかーなー

ふりかけがつくのは朝食のみだったなぁ~

たまーに牛乳も付くときがあった。
個人的には好きだったなぁ.....

作っている人達には申し訳ないんですが、全く食欲を掻き立てられない
食事達でした(笑)
でもこういった食事以外は基本間食や買い食いをしない生活をしていました。
あまり食べたいという衝動にも駆られなかったのですが・・・
今思えば恐るべし点滴のチカラです。
では、まだまだつづく?.......かも
1月下旬に退院してからほぼ毎日ロキソニンを飲みながら過ごし、月に1回外来で
診て貰う・・・そんな日々を過ごしていました。
少々の痛みは我慢をし、ちょっとヤバイ痛みになってきた時はロキソニンを飲んで対処する
....みたいな感じでした。
今思えば朝昼晩分で1ヶ月分のロキソニンが出ていたのも凄いような気がしますが、
結局大半を飲み尽くしていましたね(笑)
そして更新をしなくなった最大の理由ですが、退院してから常に頭痛がつきまとって
いるせいか、パソコンやスマホで字を見ていると頭痛がより酷くなるようになって
しまったので、パソコンは請求書を作るときだけ、スマホは電話をする時だけに
使うツールと化してしまい、それ以外の時はテレビを遠くから見たりするくらいで
文字を読んだりすることは殆どしないようにしながら月日が流れていきました。
2月、3月、と定期的に外来で診てもらっていたのですが、結局症状は横ばい状態・・・
新たな薬を増やしてもらったりするくらいで頭痛が消えることはありませんでした。
月が変わって4月、いつものように外来に行き、最初にMRIを撮ってから診察室前に
行き呼ばれるのを待っていました。
名前を呼ばれて扉を開けるとそこにはいつもとは違う見知らぬちょっと若い先生がいました。
聞けば僕の新しい担当になったK先生らしく前の先生から引き継がれたとのことでした。
そして開口一番に僕の事は1月の入院からずっとカルテで確認をしたとのこと・・・
そして今撮ってきたMRIの画像を見ながら、「もう薬では無理だと思いますので
手術に踏み切りませんか?」と言われました。
自分としては退院以降も止まることの無い頭の痛みに疲れ果てていたのもありますが、
一番はK先生が「貴方の頭痛を取り除いてあげたいのだが、その為には手術して
切るしかないのです」と仰って下さった言葉でした。
その言葉で再度入院をして手術を受ける事を承諾しました。
そしてK先生は手術の事を色々と説明して下さり、今回の手術は鼻からやるとのことでした。
そしてその手術をする為の手術器具(K先生は道具って言い方でしたが)がいつ揃うかに
よって入院日時を決めると言われ、その日は病院を後にしました。
後日K先生から連絡があり入院日時は4月20日の月曜日で手術日は4月22日の水曜日
に決まりました。(決まったのは入院予定日の一週間前れーす)
それから一週間、もくもくと仕事をしながらある程度の仕事は前倒しで受けたりして
4月19日に殆どの仕事を終わしそれから入院準備に取りかかりました。
そう、今回の入院は保証人1人とクロちゃんの面倒をみてくれる人だけに訳を説明し、
それ以外は一切誰にも話しませんでした。
前回の入院で多大な御見舞いなどを頂いたのが申し訳なかったので、今回は内緒で
入院してさっさと退院できればと目論んでいたのです。
4月19日夜から再度入院の為の準備をし、20日の朝自分の車で再度病院に向かいました。
2度目だけにナースステーションの前で見覚えのあるナースさんたちみんなから
「おかえりなさーい」の言葉.....変な感じでしたね~。
部屋が決まったらさっさと着替えて居座り開始(笑)
生まれて初めての手術だけにその日から手術日までドキドキでしたが、K先生を信じて
必ず治ると自分に言い聞かせる毎日でした。
診て貰う・・・そんな日々を過ごしていました。
少々の痛みは我慢をし、ちょっとヤバイ痛みになってきた時はロキソニンを飲んで対処する
....みたいな感じでした。
今思えば朝昼晩分で1ヶ月分のロキソニンが出ていたのも凄いような気がしますが、
結局大半を飲み尽くしていましたね(笑)
そして更新をしなくなった最大の理由ですが、退院してから常に頭痛がつきまとって
いるせいか、パソコンやスマホで字を見ていると頭痛がより酷くなるようになって
しまったので、パソコンは請求書を作るときだけ、スマホは電話をする時だけに
使うツールと化してしまい、それ以外の時はテレビを遠くから見たりするくらいで
文字を読んだりすることは殆どしないようにしながら月日が流れていきました。
2月、3月、と定期的に外来で診てもらっていたのですが、結局症状は横ばい状態・・・
新たな薬を増やしてもらったりするくらいで頭痛が消えることはありませんでした。
月が変わって4月、いつものように外来に行き、最初にMRIを撮ってから診察室前に
行き呼ばれるのを待っていました。
名前を呼ばれて扉を開けるとそこにはいつもとは違う見知らぬちょっと若い先生がいました。
聞けば僕の新しい担当になったK先生らしく前の先生から引き継がれたとのことでした。
そして開口一番に僕の事は1月の入院からずっとカルテで確認をしたとのこと・・・
そして今撮ってきたMRIの画像を見ながら、「もう薬では無理だと思いますので
手術に踏み切りませんか?」と言われました。
自分としては退院以降も止まることの無い頭の痛みに疲れ果てていたのもありますが、
一番はK先生が「貴方の頭痛を取り除いてあげたいのだが、その為には手術して
切るしかないのです」と仰って下さった言葉でした。
その言葉で再度入院をして手術を受ける事を承諾しました。
そしてK先生は手術の事を色々と説明して下さり、今回の手術は鼻からやるとのことでした。
そしてその手術をする為の手術器具(K先生は道具って言い方でしたが)がいつ揃うかに
よって入院日時を決めると言われ、その日は病院を後にしました。
後日K先生から連絡があり入院日時は4月20日の月曜日で手術日は4月22日の水曜日
に決まりました。(決まったのは入院予定日の一週間前れーす)
それから一週間、もくもくと仕事をしながらある程度の仕事は前倒しで受けたりして
4月19日に殆どの仕事を終わしそれから入院準備に取りかかりました。
そう、今回の入院は保証人1人とクロちゃんの面倒をみてくれる人だけに訳を説明し、
それ以外は一切誰にも話しませんでした。
前回の入院で多大な御見舞いなどを頂いたのが申し訳なかったので、今回は内緒で
入院してさっさと退院できればと目論んでいたのです。
4月19日夜から再度入院の為の準備をし、20日の朝自分の車で再度病院に向かいました。
2度目だけにナースステーションの前で見覚えのあるナースさんたちみんなから
「おかえりなさーい」の言葉.....変な感じでしたね~。
部屋が決まったらさっさと着替えて居座り開始(笑)
生まれて初めての手術だけにその日から手術日までドキドキでしたが、K先生を信じて
必ず治ると自分に言い聞かせる毎日でした。
1月21日に緊急入院となりましたが最初はヘタれながらも悪足掻きをしておりまして、
センセー、実はニャーがいるから今日は帰りますとか無茶苦茶なことをセンセに
言っていましたが、「医者として君を帰らすわけにはいか~ん!!」と
センセに活を入れられ渋々入院を決断したのです。
そして入院を決断した途端に点滴台が用意され右手に点滴をするための針が入れられ、
セット完了したら今度は車いすが用意されそれに乗って看護師さんに押されて病室に
向かった時は凄く悲しい気持ちになりましたねぇ~・・・
自分歩けますって言っても転倒の恐れがあるからダメです!って看護師さんにキツく
言われた時は有り難いやら情けないやらで・・・何とも言えない気持ちでしたね・・・
しかしその時は突然の入院になってしまったので、部屋に入り気持ちが落ち着いた時点で
慌てて身内にだけは連絡をして何とか入院に関する手続きなどのお願いし、そのあと
親しいネコ好きの知人にクロちゃんの面倒をお願いし、翌日以降の仕事全てを
キャンセルし自分なりに入院に向け気持ちを固めていったのだと思います。
当日は大部屋が空いておらず個室を使わせてもらったのでそれだけはラッキーでしたね。
それから約一週間入院をすることになったのですが、最初の診察からずっと担当して
下さった主治医は薬でこの出血したところを散らしていくような感じの処置でした。
ですから色々な点滴を注入されつつ基本大人しくしている日々が続きました。
ただ、外来で来た時みたいな激しい頭痛に襲われることはあまりなくなりましたが、
やはり痛みを感じ始めた最初の頃みたいに何か頭の奥の方で痛みを感じる様な
ちょっと気分が優れない日々が続きました。
その日の状態によってはあの時みたいに激しい痛みを感じる時もたまにあり、
そんな時はロキソニンを貰って飲んだりして痛みをしのぐ日々でした。
今思えばロキソニンの効きが良くない時に看護師さんに効かないんだと深夜に
泣きついた時に座薬を頂き試してみたのですが、これメチャクチャ効きますね-!
羞恥心さえ捨てればこんな速効で効く痛み止めはないと思いましたよ(爆)
食事も入院してから出されるものだけを食べようと決め、間食や買い食いは一切
しないようにと自分で決め朝昼晩と出される三食をきちんと食べるようにしました。
とは言ってもやはり状態によっては凄く頭が痛い時があり、全部で5~6回は
痛みのため食事を食べられなかった時もありましたね。
しかし正直美味しく思う事は殆どありませんでしたが・・・(苦笑)
自分としてはカレーライスが一番美味しかったと記憶してます(爆)
またこの病気になったせいでしょうけど、おしっこをした時の時間とその時の量を
その都度量り記載する様に言われ、毎日毎回排尿の度に検尿カップで量っては
用紙に記載していました。
この時は何故なのか理由も分からずただ漠然と量り書いていましたが・・・
そんなこんなで毎日色々な点滴を打たれながら病院食を食べながら日々過ごしてきた
のですが、頭の痛みが治まることはなく、常に軽微な痛みを感じているか酷い痛みで
痛み止めをもらってその場をしのぐか・・・そんな感じの入院生活を送っておりました。
入院した最初の頃に旧い知人(ブロ友KZ睡蓮おじさん)から連絡があったので、
大したことはないよと入院していることを話したら、それからその話しが周りに
あっという間に広がり色々な人が御見舞いに来てくれました。
凄く有り難いのと同時に御足労をかけて申し訳ない気持ちでいっぱいでした。。。
ただ不思議と仲間や友人が見舞いに来てくれている時は酷い痛みが出ることが
なかったので、それだけはホント良かったと今でも思ってます。
そして入院してから6日後となる27日、朝食を食べ終わった後くらいに担当医から
さとべ~さん明日退院でいいですよー!と言われました。
正直えっ? というのが本音でした。自分としては全然治ったという意識はなかったので。
しかし仕事も溜まっているしクロちゃんも心配だし何より入院生活に若干のストレスを
感じ始めていたせいもあり、何も言わずその言葉を受け入れました。
翌日28日、朝食を頂き食べ終わってから荷物の整理を始め御世話になった
看護師さん達に御礼を言いながら9時半頃に病院を出ました。
その日は朝から痛みが酷く、病院を出て真っ直ぐ自宅に向かい10時頃には自宅に
戻ったのですが、着いた時にはあまりの痛さでロキソニンを飲んでソファーに寝ていた
くらいですから・・・
その時はソファーでうつぶせで寝ながら、こんな状態で退院でいいのか?と思いながら
痛みが治まるのをずっと待っていたのを覚えてます。
その後ロキソニンが効いてきたのか痛みが治まってきたところに、僕が入院していると
聞きつけたブロ友のオレンジさんがやってきました。
御見舞いに行ってくれたのに、すれ違いで退院してしまったと看護師さんに聞いて
自宅に来てくれたのです。
いや~、嬉しい限りです。薬で痛みが僅かながら治まってきたのでオレンジさんと一緒に
お昼を食べにいきましたが、退院後初めての外食だというのに
まだ完全じゃない体調に振り回され全然食欲はなく女性が食べるような量しか
食べられなかったことを覚えてます。
あの時二人前をペロリと食べたオレンジさんをスゲ~~っと思って見ていた
くらいでしたから、その時は相当心身共に疲れ切っていたのだと思います。
こうしていったんはシャバに出ることになり、外来で対応という形になりました。
しかし耐えられないわけではありませんが、常に頭痛を感じる様になってしまい、
酷くなった時はロキソニンを飲んで誤魔化すという日々を送るようになっていきました。
P/S
実はこの様な状態だったので、入院中もスマホなど弄る気持ちになれず、また活字を
見続けていると頭痛が酷くなるので、結果スマホを弄ることはしなくなって
いったのです。更新しなくなったのはこの様な理由故ですので、お許し頂ければ幸いです。
その3に続いちゃうけど、ちょいと時間下さいね(苦笑)
センセー、実はニャーがいるから今日は帰りますとか無茶苦茶なことをセンセに
言っていましたが、「医者として君を帰らすわけにはいか~ん!!」と
センセに活を入れられ渋々入院を決断したのです。
そして入院を決断した途端に点滴台が用意され右手に点滴をするための針が入れられ、
セット完了したら今度は車いすが用意されそれに乗って看護師さんに押されて病室に
向かった時は凄く悲しい気持ちになりましたねぇ~・・・
自分歩けますって言っても転倒の恐れがあるからダメです!って看護師さんにキツく
言われた時は有り難いやら情けないやらで・・・何とも言えない気持ちでしたね・・・
しかしその時は突然の入院になってしまったので、部屋に入り気持ちが落ち着いた時点で
慌てて身内にだけは連絡をして何とか入院に関する手続きなどのお願いし、そのあと
親しいネコ好きの知人にクロちゃんの面倒をお願いし、翌日以降の仕事全てを
キャンセルし自分なりに入院に向け気持ちを固めていったのだと思います。
当日は大部屋が空いておらず個室を使わせてもらったのでそれだけはラッキーでしたね。
それから約一週間入院をすることになったのですが、最初の診察からずっと担当して
下さった主治医は薬でこの出血したところを散らしていくような感じの処置でした。
ですから色々な点滴を注入されつつ基本大人しくしている日々が続きました。
ただ、外来で来た時みたいな激しい頭痛に襲われることはあまりなくなりましたが、
やはり痛みを感じ始めた最初の頃みたいに何か頭の奥の方で痛みを感じる様な
ちょっと気分が優れない日々が続きました。
その日の状態によってはあの時みたいに激しい痛みを感じる時もたまにあり、
そんな時はロキソニンを貰って飲んだりして痛みをしのぐ日々でした。
今思えばロキソニンの効きが良くない時に看護師さんに効かないんだと深夜に
泣きついた時に座薬を頂き試してみたのですが、これメチャクチャ効きますね-!
羞恥心さえ捨てればこんな速効で効く痛み止めはないと思いましたよ(爆)
食事も入院してから出されるものだけを食べようと決め、間食や買い食いは一切
しないようにと自分で決め朝昼晩と出される三食をきちんと食べるようにしました。
とは言ってもやはり状態によっては凄く頭が痛い時があり、全部で5~6回は
痛みのため食事を食べられなかった時もありましたね。
しかし正直美味しく思う事は殆どありませんでしたが・・・(苦笑)
自分としてはカレーライスが一番美味しかったと記憶してます(爆)
またこの病気になったせいでしょうけど、おしっこをした時の時間とその時の量を
その都度量り記載する様に言われ、毎日毎回排尿の度に検尿カップで量っては
用紙に記載していました。
この時は何故なのか理由も分からずただ漠然と量り書いていましたが・・・
そんなこんなで毎日色々な点滴を打たれながら病院食を食べながら日々過ごしてきた
のですが、頭の痛みが治まることはなく、常に軽微な痛みを感じているか酷い痛みで
痛み止めをもらってその場をしのぐか・・・そんな感じの入院生活を送っておりました。
入院した最初の頃に旧い知人(ブロ友KZ睡蓮おじさん)から連絡があったので、
大したことはないよと入院していることを話したら、それからその話しが周りに
あっという間に広がり色々な人が御見舞いに来てくれました。
凄く有り難いのと同時に御足労をかけて申し訳ない気持ちでいっぱいでした。。。
ただ不思議と仲間や友人が見舞いに来てくれている時は酷い痛みが出ることが
なかったので、それだけはホント良かったと今でも思ってます。
そして入院してから6日後となる27日、朝食を食べ終わった後くらいに担当医から
さとべ~さん明日退院でいいですよー!と言われました。
正直えっ? というのが本音でした。自分としては全然治ったという意識はなかったので。
しかし仕事も溜まっているしクロちゃんも心配だし何より入院生活に若干のストレスを
感じ始めていたせいもあり、何も言わずその言葉を受け入れました。
翌日28日、朝食を頂き食べ終わってから荷物の整理を始め御世話になった
看護師さん達に御礼を言いながら9時半頃に病院を出ました。
その日は朝から痛みが酷く、病院を出て真っ直ぐ自宅に向かい10時頃には自宅に
戻ったのですが、着いた時にはあまりの痛さでロキソニンを飲んでソファーに寝ていた
くらいですから・・・
その時はソファーでうつぶせで寝ながら、こんな状態で退院でいいのか?と思いながら
痛みが治まるのをずっと待っていたのを覚えてます。
その後ロキソニンが効いてきたのか痛みが治まってきたところに、僕が入院していると
聞きつけたブロ友のオレンジさんがやってきました。
御見舞いに行ってくれたのに、すれ違いで退院してしまったと看護師さんに聞いて
自宅に来てくれたのです。
いや~、嬉しい限りです。薬で痛みが僅かながら治まってきたのでオレンジさんと一緒に
お昼を食べにいきましたが、退院後初めての外食だというのに
まだ完全じゃない体調に振り回され全然食欲はなく女性が食べるような量しか
食べられなかったことを覚えてます。
あの時二人前をペロリと食べたオレンジさんをスゲ~~っと思って見ていた
くらいでしたから、その時は相当心身共に疲れ切っていたのだと思います。
こうしていったんはシャバに出ることになり、外来で対応という形になりました。
しかし耐えられないわけではありませんが、常に頭痛を感じる様になってしまい、
酷くなった時はロキソニンを飲んで誤魔化すという日々を送るようになっていきました。
P/S
実はこの様な状態だったので、入院中もスマホなど弄る気持ちになれず、また活字を
見続けていると頭痛が酷くなるので、結果スマホを弄ることはしなくなって
いったのです。更新しなくなったのはこの様な理由故ですので、お許し頂ければ幸いです。
その3に続いちゃうけど、ちょいと時間下さいね(苦笑)
大変長いことブログを放置してきて申し訳ございませんでした。
最終1月18日より更新をせず音信不通になっておりましたことを、この場を借りて
深くお詫び申し上げます。
実は1月21日より緊急入院をしてしまい、暫く長時間パソコンと向き合う事が出来ない状態でした。
自分としてはご心配をして頂いた全ての方に御礼を申し上げたいと同時に
今回の件を思い出し記録しておきたいと思い、今回事の経緯をここに書いていきます。
また見えないところで色々と自分のことを心配し案じて頂きました改体屋ゆずさんには心から御礼申し上げる次第です。本当に優しいお心遣いをありがとうございました。
そう、事の発端は今年1月15日の朝に始まりました。前日14日にブロ友オレンジさんと変な男旅をしてきたことは
3部に分けブログに記載した通りです。
15日朝目覚めると頭の奥からズキッとくる変な痛みを感じました。
んっ? なんだ? 昨夜そんなバカみたいに飲んだわけじゃないのに・・・
これがその時の正直な気持ちでした。
まっ、二日酔いではないだろうけどそのうち治るだろうと(この時点で超楽観的~)
痛みは我慢できないほどではありませんが、
下を向いたり物を拾おうとする動作をするとちょっと痛みが激しくなるので、なるべく
その様な動作をしないようにしつつ夜まで過ごしその日は早めに布団に入りました。
翌日目が覚めるもやはり痛みは変わらず、自分としては???という感じでした。
しかし仕事が詰まっていたのと同時に耐えられない痛みではなかったので、
自分としては楽観的にまぁそのうち治るべ~~と安易に考えておりました。
17日土曜日は飲み会に出掛けるため、市販のロキソニンを購入して飲み痛みを誤魔化して
飲みに行っていました。今思えばアホですな~・・・
でも今思えばその痛みという現実と不安から逃げ出したかったのかもしれませんねぇ~
18日になっても痛みは変わらず、痛みも常に感じるようになりその度合いも酷くなってきた
ことで、流石に頭の悪い僕でも「これはちょっと変だぞ!」と思う様になりました。
それまでは自分自身認めたくなかった不調を段々認めざるを得ないようになって
いったというか・・・
週が明けて19日月曜日、この日は母親を内科の病院へ乗せていく日だったので、ついでに自分も保険証を持参し診てもらいました。
母親の処置が終わった後に自分を色々と問診してくれた先生が、さとべーさん紹介状書くから
大きい病院で看て貰った方がいいですよ!
って真顔で言われました。
この時だけはちょっと背筋に悪寒が走りましたね。
自分はそんなに悪いんだ!ってこの時初めて自覚をしたのと同時に大きな不安に襲われるようになりました。
20日火曜日、とうとう放っておいたツケがまわってきたのか、この日は明け方から鈍い
痛みが酷くなり自分としては朝一番で紹介された病院に行きたかったのですが、
どうしてもこの日にやらなければならない仕事(書類関係)があり午前中痛みをこらえ
その仕事を終わし、丁度昼過ぎくらいに紹介された病院に行ったのですが、
既に初診の対応は終わり診察は出来ないと受付で言われ絶望の淵に・・・(ガーン)
そのまま地獄のような頭痛をこらえながら車で自宅に帰り、その後は翌日の朝まで
ひたすら痛みと闘いのたうち回っていましたね・・・
ずっと痛みが続き日が変わり明け方までずっと痛みを我慢しながら起きていました。
そして明け方になってきたので病院へ行く準備を始め早いとは思いつつも
早々に病院目指して出掛けてしまいました。病院は8時30分から始まるのに、7時30分には病院に行ってましたから。
その時は相当痛くて仕方がなかったんだと思います。
わらにもすがるってこういうことなんだな!って思いましたね。
最初は内科に回されたのですが、意味不明な問診をされて半分ぶち切れそうになったのですが、実際ぶち切れる気力もなくずっと待合所で痛みと闘っていました。
その時の内科医が念のためと撮ったCTに変な影が見えた事から自分は内科から脳外科に回され、脳外科の診察の結果、脳下垂体からの出血と診断され即入院となったのです。
その2に続きますけど、ちょっと時間下さいね(笑)
最終1月18日より更新をせず音信不通になっておりましたことを、この場を借りて
深くお詫び申し上げます。
実は1月21日より緊急入院をしてしまい、暫く長時間パソコンと向き合う事が出来ない状態でした。
自分としてはご心配をして頂いた全ての方に御礼を申し上げたいと同時に
今回の件を思い出し記録しておきたいと思い、今回事の経緯をここに書いていきます。
また見えないところで色々と自分のことを心配し案じて頂きました改体屋ゆずさんには心から御礼申し上げる次第です。本当に優しいお心遣いをありがとうございました。
そう、事の発端は今年1月15日の朝に始まりました。前日14日にブロ友オレンジさんと変な男旅をしてきたことは
3部に分けブログに記載した通りです。
15日朝目覚めると頭の奥からズキッとくる変な痛みを感じました。
んっ? なんだ? 昨夜そんなバカみたいに飲んだわけじゃないのに・・・
これがその時の正直な気持ちでした。
まっ、二日酔いではないだろうけどそのうち治るだろうと(この時点で超楽観的~)
痛みは我慢できないほどではありませんが、
下を向いたり物を拾おうとする動作をするとちょっと痛みが激しくなるので、なるべく
その様な動作をしないようにしつつ夜まで過ごしその日は早めに布団に入りました。
翌日目が覚めるもやはり痛みは変わらず、自分としては???という感じでした。
しかし仕事が詰まっていたのと同時に耐えられない痛みではなかったので、
自分としては楽観的にまぁそのうち治るべ~~と安易に考えておりました。
17日土曜日は飲み会に出掛けるため、市販のロキソニンを購入して飲み痛みを誤魔化して
飲みに行っていました。今思えばアホですな~・・・
でも今思えばその痛みという現実と不安から逃げ出したかったのかもしれませんねぇ~
18日になっても痛みは変わらず、痛みも常に感じるようになりその度合いも酷くなってきた
ことで、流石に頭の悪い僕でも「これはちょっと変だぞ!」と思う様になりました。
それまでは自分自身認めたくなかった不調を段々認めざるを得ないようになって
いったというか・・・
週が明けて19日月曜日、この日は母親を内科の病院へ乗せていく日だったので、ついでに自分も保険証を持参し診てもらいました。
母親の処置が終わった後に自分を色々と問診してくれた先生が、さとべーさん紹介状書くから
大きい病院で看て貰った方がいいですよ!
って真顔で言われました。
この時だけはちょっと背筋に悪寒が走りましたね。
自分はそんなに悪いんだ!ってこの時初めて自覚をしたのと同時に大きな不安に襲われるようになりました。
20日火曜日、とうとう放っておいたツケがまわってきたのか、この日は明け方から鈍い
痛みが酷くなり自分としては朝一番で紹介された病院に行きたかったのですが、
どうしてもこの日にやらなければならない仕事(書類関係)があり午前中痛みをこらえ
その仕事を終わし、丁度昼過ぎくらいに紹介された病院に行ったのですが、
既に初診の対応は終わり診察は出来ないと受付で言われ絶望の淵に・・・(ガーン)
そのまま地獄のような頭痛をこらえながら車で自宅に帰り、その後は翌日の朝まで
ひたすら痛みと闘いのたうち回っていましたね・・・
ずっと痛みが続き日が変わり明け方までずっと痛みを我慢しながら起きていました。
そして明け方になってきたので病院へ行く準備を始め早いとは思いつつも
早々に病院目指して出掛けてしまいました。病院は8時30分から始まるのに、7時30分には病院に行ってましたから。
その時は相当痛くて仕方がなかったんだと思います。
わらにもすがるってこういうことなんだな!って思いましたね。
最初は内科に回されたのですが、意味不明な問診をされて半分ぶち切れそうになったのですが、実際ぶち切れる気力もなくずっと待合所で痛みと闘っていました。
その時の内科医が念のためと撮ったCTに変な影が見えた事から自分は内科から脳外科に回され、脳外科の診察の結果、脳下垂体からの出血と診断され即入院となったのです。
その2に続きますけど、ちょっと時間下さいね(笑)
楽しいドライブも宇都宮に到着したのでおしまい。
とりあえずクロちゃんにエサをあげたいので自宅に寄ってもらい、
部屋に入ったらクロちゃん大騒ぎ
エサ、たらなかったみたい・・・

一心不乱に食べてます

ひたすら食ってます

そしてオレンジさんのリクエストで、お友達のお母様が経営されている
お好み焼き屋さんに。
自分がガキんちょの頃から営業してます。

ホント30年近く営業しているんじゃないかな?

店内はテーブルと座敷、全部で10席くらいかな。
こじんまりした良い感じです

そう、この後のもくろみのため
オレンジさんも自分も水分は水!


名物とんぺ焼き?だっけ??
薄い生地の上にチーズとベーコンとしらすだっけかな?
乗せて焼くらしい。

こちらのお店は綺麗なおねーさんが焼いてくれるので
不器用な自分などはひじょーに助かります

でけた

断面図

明石焼きも発注

ダシに浸けて食べるんですけど、これがうまーーーーい!!

お肉焼き焼き

野菜と麺を乗せその上にたら~りと・・・

別で溶き卵をバターで焼いて・・・

その上に合体

焼けたらハケで

ぬりぬり

青のりを降って

できあがり
匂いだけで涎が・・・
しかしビール飲めないのは辛かった

お腹がぱんぷくりんになった2人が向かったのは
いつもの亜土露さーん

ここ、一応看板はコーヒー&パブなんだよな。
コーヒー頼んでいる人を見たことが一度も無いが・・・(爆)

あー至福のひととき
ビールでかんぱ~い

本日のチャーム

何故かチャーハン大魔王のオレンジさんは
亜土露ママ特製チャーハンが食べたいと注文

ドアップ!
これが亜土露ママ特製ガーリックチャーハン
結局2人で食べ尽くしちゃった。
あーあ~・・・また食べ過ぎちゃった。

そんなこんなで深夜まで飲んだくれ、
代行車で帰宅しました。
何か久々に遠くに行って遊んで海みて癒やされてと充実した1日でした。
働きずくめの皆さまも偶には遠くに出掛けて気分転換も悪くないですよ。
オレンジさん、1日大変御世話になりありがとうございました
それじゃ!!
吊り橋を後にして、オレンジさんお気に入りのコンビニでお茶タイム

このコンビニって地元にはないんだよなーー

それから車を走らせ五浦の船着き場で船を見て

塩の香りがすごい。癒やされるわー

それから五浦岬公園にやってきて

ここを2人でてくてく歩いていって

うみだーーー!

うんちくを見て

ひとつ上の段にこんな建物があったので

登ったら絶景
あのホテルに泊まってまったりしてみたいわー

反対側には灯台
何か癒やされるなぁ・・・


さて、祈るか

帰るころには日が暮れて
何となく情緒ある雰囲気に

帰る途中の田舎道でイルミネーション発見

もちろんオレンジさんと寄り道 (爆)

続けてご覧下さい






イルミネーションの中に何かにゃんこの置物があった。
里美の妖怪らしい(笑)

寒かったせいかイルミネーションが凄く綺麗でした。
さあて、宇都宮目指してもう一息です。
では、また
先日ブロ友のオレンジさんから
(お昼一緒に食べない?)ってお誘いがきたんでOKって言ったら
オレンジさんが迎えに来てくれました。
最初は近所のラーメン屋さんの予定だったんだんけど・・・
話しが盛り上がり何故か隣の県に遠征(爆)

奥久慈に軍鶏を食べにきてしまったのです(爆)

お店の反対側を見たらとても雄大な景色。
つい三○郎さんという御方を思い出してしまいました

入り口入って

店の中

狙いは軍鶏
僕は軍鶏ステーキ
オレンジさんは軍鶏のタタキ

これも機会があったら食べてみたいですね。
KZさんに是非お勧めか?

キタ!軍鶏のステーキ定食

ざく切りの大根おろしがアクセントみたい。

これ味付け凄く良かった。
食感もシャキシャキしていて美味しかったなー

二人で一緒につまもうと軍鶏の唐揚げ

オレンジさんの軍鶏のタタキ定食

完食して、そのまま茨城観光をしようと車を走らせ

龍神大吊り橋に到着

ダムを見て


下から吊り橋を眺め

やっぱ吊り橋を見ようと間近にまでやってきて

デカかった

馬?


バンジーやっているみたいだけどメチャ寒いからパス

と男2人で変な小旅行をしてきました。
では、また
朝日の眩しいなか・・・クロちゃんにせっせとエサを与え・・・
あたしゃ出掛ける準備中

脇目もふらずひたすら食べまくる

最近メチャ食欲旺盛なんだよな~
与えるだけぜーんぶ食い尽くしちゃう・・・

そして積載車を三太郎さんやゆずさんが住む県にまで走らせ
到着したらもうお昼過ぎ
ということで食堂へ直行
とんこつラーメンの誘惑を振り払い

お行儀の良い私はちゃんと並んで

チキンカツカレーを頼みました。
午後の勝負に勝つ為にもカツを食わねば!

ドアップ

千キャベツにタコの唐揚げという不思議な組み合わせ

ちゃんと手を合わせてごちそうさまをしました

そんでもって勝負が終わって外に出たら、今日は初競り記念で
フライドポテトや団子やおしるこを無料で振る舞ってた
自分はここで食べたら絶対肥えてしまうのでぐっとこらえてこの場を立ち去りましたが、
きっとはなこさんがここにいたら何も言わずテントの左から順番に
全部食い尽くしていくんだろうな・・・

結果的にこの車を買いました。
結局選べなかったのでお客さんに聞いてくれい!と業者さんに頼んだら
お客さんがこの車を指定してきてくれました。
理由は単純明快に走行距離が少ないというだけ。。。

スタットレスバリ山
このままがらくたやさんのお店まで行けますな

とりあえず積みました

さて・・・帰りますか

う~ん、夕日がきれいだなと思いながら脇見運転

良い子は真似しちゃいけまちぇん

途中飲み物が欲しくて何気なく寄った
自販機で買った見たこと無い飲み物

またまたはなこさんを思い出してしまいました
何か今日はあぶね~日だにゃ~~

ふとメーターを見たら・・・・まーーーー大変
軽油君がなくなって貧乏ランプが点灯中じゃないですか

ガソスタ到着

こんなに入っちゃった
お財布すってんてんだよ

いや~、それでも以前より30円近く安くなったので助かってます。
物価は上がってるけど燃料が下がっているのは良いことですな。
結局スズ菌ではなく走行距離が少ないという理由だけで
ダメハツ君になりました。
みなさま、お付き合いありがとーーごぜーます
じゃ!!!
いつも仕事を頂いている修理工場の業者さんから
明日のオークションでハコバンの仕入れを
頼まれているんだけど・・・
さとべ~が業者さんに提案したのが下の2台
ダメハツ ハイゼットカーゴと・・・


スズ菌エブリィ


条件は4WDでオートマ!
ちゅうことでどちらも条件はクリアしているんだが、
「さとべーちゃんの好きな方でいいよ・・・」
と業者さんからかる~く言われてしまった。
う~ん、どっちがいいんだろ
暫く悩みます・・・
じゃ!!