開花は60年に一回だけ

竹の文化誌

（花と木の図書館シリーズ）
スザンヌ・ルーカス著、山田美明訳
原書房　本体2300円＋税

　表紙カバーの袖部分に、以下の宣伝コピーが載っている。

　衣、食、住、文字の記録、楽器、工芸品……
　古来人間は竹と暮らし、精神的な意味をも見出してきた。
　現在、成長が速く環境負荷が小さい優良資源としても注目される。
　竹と人間が織りなす歴史と可能性を描く文化誌。カラー図版100点。

　原書房の「花と木の図書館」シリーズには、『バラの文化誌』『チューリップの文化誌』の他、ひまわり、松、柳、サボテンなどの文化誌が刊行されている。わたしは、そんなシリーズ中から、『菊の文化誌』を読んでみたが、これは面白みに欠けていた。

　だが、本書『竹の文化誌』は違った。竹には謎や不明な点が多く、利用方法・活用範囲が広い。文化誌的にみても豊かな世界が展望でき、奥行きが深いのだ。

　竹と言えば、日本では孟宗竹、真竹、破竹などが思い浮かぶ。だが、これらは、木本（ﾓｸﾎﾝ）タケ類と呼ばれる大型化するタケ類で、ほかにも小型の草本（ｿｳﾎﾝ）タケ類（20属約110種）もある。シダのような竹、つる性の竹、棘を持つ竹、雑草と見まがうような竹などもあって、一筋縄ではくくれない。

水戸偕楽園の竹林（写真は、山田案山子さん提供）

　興味深いのは、草本タケ類の多くは、他のイネ科の植物と同様、毎年花が咲き、晩夏には実を結ぶ。しかし、大本タケ類のいくつかは、「群居性の一回結実性」という特徴を持つ。生涯で一回だけ花が咲き、実を結ぶとその群居した竹すべてが枯死してしまうのだ。

　竹は60年に一回、笹は30年に一回花が咲くと言われる。このほかにも、120年周期、12年、14年、48年などという周期で開花する竹もある。

　群居した竹がいっせいに開花し、大量の実を結べば、その実を求めて虫・鳥・ネズミその他の生物が蝟集する。そして枯死すれば、その竹群に依存して生きていた生物は大打撃をこうむる。ネズミの大発生と逃散、凶荒、人の集落の崩壊例さえあるという。

　著者に指摘され、初めて気づいたことがある。植物の分類は、ご存じのように「花の有り様」が決定的に重要である。被子植物か、裸子植物か。花冠の有無、子房の形態、合弁花か離弁花か穂状か、花柱は？　雄しべと雌しべは？　などなど。リンネの分類方法が、そもそも花に全面的に依拠しているのだ。

　ところが、ある種の竹は、60年に一回しか花が咲かない。観察機会はまれである。おかげで竹の種別の特定は困難を極める。ましてや、ヨーロッパに竹は自生していない（化石の研究から、大昔には生えていた時期もあったと推定されているが）。そのため、欧州の植物学者が、竹についての研究発表をしはじめてから、まだ200年余しか経っていないのだという。研究成果がきわめて未熟な植物なのである。

　北米大陸に、欧州から移民団が上陸し始めて約400年。入植当初、北米大陸には多くの竹自生地があったそうなのだが、牛馬羊らの牧草地を確保するため、小麦やトウモロコシ、綿花などの畑づくりのため、移民たちは竹林を伐採、焼き畑、開墾しまくってしまう。「竹は貧者の木材」で、自分たちには無用な邪魔者だからだ。

　移民には、私権と利益の確保に敏感な、働き者のプロテスタントが多い。おかげで、ネイティブ・アメリカン、バッファロー、旅行バト等々と同様に、竹もまた悲惨な末路を迎えることとなる。いまや、竹の自生地は、北米ではわずかな区画にしか残っていないそうである。

　おかげで、竹についての研究は、バラやブドウなど、著名な他の植物に比して、大幅に遅れた。最近になって、ようやく竹の効用が声高に語られ始めたばかりである。

　たとえば、

　①竹は樹木より、大量に二酸化炭素を吸収し、酸素をつくりだす。

　②成長がいちじるしく速く、樹木に比し建築資材としての利便性が高い。

　③プラスチックなどの化学製品と違って、環境汚染を生じさせづらい。

　④加工しやすく、できた製品はリサイクルが効くし、燃料になる。

　⑤筍は食料になり、医薬に転用される例もある。

　⑥紙の原料にもなる（針葉樹と違って成長速度が段違い）、などなど。

　要するに、地球温暖化問題の解決、持続可能な社会の建設などへの、有力な助っ人になりそうなのである。

　アマゾン流域や、東アジアの森林乱伐地域だけでなく、世界各地で植林ならぬ、「植竹」を推進したらいいと思う。孟宗竹は春に芽を出し、秋までには成長しきってしまう。60年に一度開花して枯死しても、６年も経てば竹林は再生してしまうし。「椅子やテープル、箪笥やベッドを竹製に」なんてキャンペーン、受け入れられそうな気がするのだが。竹細工の趣味なんて、実用的で小粋じゃない？

　著者は、「世界竹機構」のエグゼクティブ・ディレクター。米国人であるせいか、本書の文化誌的な部分は物足りない。東洋や日本の文化に関するページが少ないのだ（けっこう好意的に紹介はしている。でも、四六判224頁だから、どうしたって物足りない）。

　そこで、わが友人（山田案山子）のホームぺージを紹介しておこう。竹に関する、東洋のウンチクが楽しめること請け合えます。

本を読む＿竹の文化誌