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ひでのブログ | 国内外の事について、日本人としての立ち位置で、そして庶民目線で語ります。 (satouhide.com)
今後の新規投稿はこちらにて行うつもりです。
当面は過去記事の転載作業をのんびりしていますので、よろしくお願いします。
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陸上配備型イージスシステム、イージスアショアの配備が事実上中止となり、代替え案としてイージス艦2隻の追加、敵基地攻撃能力保有などの動きがあるようだ。
まずイージスアショアの配備中止、ブースター落下の危険性が主な原因と聞くが、ミサイルによる被害、しかもそれが核兵器であったなら到底比べることなど出来ない被害となるのは誰でも分かる。にもかかわらず、これがあっさり中止になることが理解に苦しむ。
秋田を例にとれば、そもそも新屋の場所自体海が近く、弾道ミサイル撃墜となれば多くのケースでは迎撃ミサイルは、最初は垂直に打ち上げられるだろうが早々に方向を変え、基本的に海方向に向かって発射される。もちろん市街地や住宅地にブースターが落下する危険性が無いとは言えないが、可能性は相当に低いのではないか。
現在のミサイルは軌道が以前と違って低空を飛行するなどで迎撃しにくく、イージスアショアにあまり効果が期待できないのではないか?という意見もあるが、半島などから放たれる弾道ミサイルの一部は確かにそういったものもあるだろう。しかしある程度の距離を飛ばすものは従来の軌道を通るものが多いと見る。よって中距離、長距離の弾道ミサイルにならば有効と私は考える。それにイージスシステムは航空機、この場合は戦闘機や爆撃機の補足にも役立ち、それらを撃ち落とすことも可能だ。
それらを考慮すれば、決して無駄ではないと思う。敢えて言うなら、イージスアショアを守るシステムも充分考えられているかが問題ではある。
そして、日本は領土が決して広いとは言えず、かつ、大規模に密集している地域が多い。ひとたび敵からのミサイルが着弾すれば、相当の被害が出ることは明らかで、撃ち落とす能力は必須だろう。
この能力をイージス艦2隻の追加によって一部カバーするとのことだが、イージス艦の乗組員は約300人、2隻なら約600人、人材確保が難しい海上自衛隊にあって弾道ミサイル迎撃の為のイージス艦の追加は相当な負担となる。退役する艦船からの移動もあるだろうから単純に考えるべきではないが、イージス艦の任務は本来艦隊防衛や敵艦、敵機の攻撃だ。それに弾道ミサイル防衛を課すことがそもそも負担。
だからこそ補足と撃墜に専念する任務とその人数に絞ったイージスアショアが有効で、二基でも数十人で24時間体制での防衛が可能だろう、その分イージス艦の負担が軽減される。
敵基地攻撃能力の保有とは別に配備を検討すべきだ。
そして敵基地攻撃能力について。
どのような検討がなされているのかは承知していないが、攻撃能力といえども主たる目的は防衛、つまり敵が反撃を恐れて攻撃を断念するという図式だ。
ならば、当然数量がまず問題、私は北朝鮮でも数十発、中国ならば数百発を短時間に発射することができると見ている。同等以上の反撃能力を保有してはじめて敵は攻撃を断念する、ゆえに数百発の保有が必須だろう。
しかし敵の攻撃に核兵器が含まれる場合、これでも足りないかもしれない。
敵基地を攻撃するだけならそんなに必要ないのでは?と思う方もいるかもしれない。名称は敵基地攻撃能力だが、必ずしもピンポイントで敵基地だけを狙うものではない。なぜなら、敵がこちらの基地だけを狙って攻撃するとは限らないからだ。
ハーグ条約によって民間人を狙った攻撃は禁止されている、しかし、先の大戦で米国はどうだったか?民間船を撃沈し、都市を空襲し、核兵器を都市に対して使用したのは紛れもない事実、しかし勝てば官軍、何ら罰せられてはいない。
終戦間際から終戦後にかけて侵攻してきたソ連も同じこと、民間人を殺し、民間船を撃沈しているが、同様に何ら罰せられてはいない。
故に、敗ければ賊軍、こちらが無抵抗でもそれは敗けを意味する、憲法9条などその時には何の役にも立たない。
敗けない為には、敵国が攻撃を断念するほどの〝火力〟が必要なのだ。
そして次の課題は発射方式、戦闘機での攻撃を想定しているのかもしれないが、戦闘機が一度に積める量、その戦闘機が短時間に発進できる数、先制攻撃を受けた場合滑走路や管制塔に被害が出て発進出来ない可能性なども考慮すれば、それこそイージス艦などの洋上艦、隠密に行動する潜水艦などからも発射できるようにすべきだ。潜水艦からの発射について、通常の魚雷の延長として扱うのではなく、中距離・長距離ミサイルを発射できる、いわゆるミサイル発射型潜水艦を新たに建造すべきだ。それは片手間ではなく、報復に特化することが大事、あれもこれもの発想では任務は複雑化し中途半端なものになりかねないからだ。
更にミサイルの航続距離も大事で、わが国の領域内から仮想敵国全土を狙えるものでなければならない。最低でも3000キロ程度は必要だろう。敵基地攻撃能力保有でおそらく有力候補とされているであろうトマホークはわが国の事情に適しているのか、しっかり検討すべき。政治的事情も考えなければならない。果たして米国は日本にトマホーク売却することを承認するのか。平成25年のオバマ民主党政権時には承認されなかったとも聞く。
今はトランプ共和党政権、どうなるかは分からないが、今回もし承認されたとしてももしまた民主党政権になったときは、承認されないかもしれない。
なにしろリベラル系である米国民主党は日本が攻撃力を持たない、弱い状態でいることを望んでいる。
となれば、国内で開発することが必須なのではないか。
ところで日本が攻撃力保有をしようとすると国内において、専守防衛からの逸脱だの、戦争を始めるつもりかだの、幼稚な発言をする者がいる。
敵国からの攻撃を断念させるのが主眼なのだから、専守防衛から何も逸脱していないし、そもそも専守防衛という概念そのものが机上の空論に近く、実際にそれが出来た国は歴史上いまだ存在しないだろう。
そして攻撃ミサイルを保有しただけで戦争は出来ない。敵国を完全に壊滅状態に追い込むほどの火力ならともかく、ミサイル攻撃だけでは通常勝敗は決しない。日本もかつての大戦で何か所も都市空爆をうけたが、その時点ではまだ敗戦には至っていない。つまり陸上兵力による一定の占領が通常不可欠なのだ。現在陸上自衛隊は約15万人、国内を守るだけでもまだ足りない人員だ、これでどうやって他国を一部といえど占領することができるのか。敢えて少し深掘りするが、通常守備兵員に対して攻撃側は3倍の兵員が必要だ。相手が5万で守ったら、こちらは総力が必要となる計算、そもそも無理なのがお分かりいただけるだろう。日本の強さを勘案しても、15万人とは守るだけで精一杯の人員、他国占領にまわす余裕など、ハナから無いのだ。
よって、ちょっと考えたら分かるレベルの幼稚なレッテル貼りはやめて欲しいものだ。
以上、私の考えを述べたが、国家国民を守る為に何をすべきか、そこが一番大切なこと。
それを踏まえて、納得する答えを早急に出し、即実行すべき。攻撃しようとする者はこちらの事情など考慮してくれないのだから。
核兵器、それは私も残虐な兵器だと思います。
なにしろいわゆる原子爆弾、核分裂型の核兵器でも都市部で炸裂すれば数万から数十万人が一瞬から数日のうちに命を奪われます。
現代ではいわゆる水素爆弾、核融合型の核兵器も多数存在しており、その破壊力は核分裂型に比べ10倍以上、極論すれば20倍でも30倍でも理論上は可能だと聞きます。それが炸裂したならば少なく見積もって数十万、多ければ数百万人が命を落とす、とんでもない兵器です。
しかしここで言いたいのは、残虐な兵器だが、保有するかどうかは別次元だ、ということです。
確かに残虐な兵器、世の中に存在しないにこしたことはありませんが、現実には世界に万を超える数量が存在しており、現状無くなる見込みはありません。
そしてその核兵器が絶対に使用されないという保証もありません。
現状では日米安保条約があり、日本が米国の核報復という傘に入っているとされているため、そう簡単に核兵器が日本に向けられることは無いでしょう。
しかしその日米安保は永遠のものでしょうか?日米安保とは基本的に米国の国益の為に発生したものであって、日本がそれに乗っかっているにすぎません。
要するに、米国が国益にならないと判断すれば、破棄される可能性もあるということです。
逆のパターン、つまり日本が破棄することは安全保障の上で無理、今の世の中核兵器を保有する仮想敵国に囲まれていて、日本一国で自国を防衛することなど不可能です。
F-35やイージスシステムなど、主力兵器を米国から購入していることもさることながら、根本的に安全保障を米国に委ねてしまっていて、本当によいのでしょうか?
仮に米国との安全保障条約が消滅したなら、例えば中国と同様の条約を結ぶのか。そもそも中国はそんなに信用してよい国ですか?同じく近隣軍事大国のロシアは信用できる国ですか?
共産圏と同盟となれば、日本は確実に統制を受けます。独裁体制の国に安全保障を依存するとなれば、それは当然のことです。社会主義国家で暮らしたいですか?表現の自由、言論の自由が制限されますが、それでよいのですか?行動を監視され、その中で生活したいですか?公正で開かれた裁判を受けることなく処罰される可能性もありますが、よいのですか?何かあってもそうなった暁には反対することなど出来ません、従わなければ弾圧されるのみです、本当によいのですか?
そういった体制に組み込まれることの恐ろしさは、普通に日本で自由、豊かさ、平和を享受している人なら社会主義、共産主義のことを少し知るだけでも充分理解できるはず。
ならばどう考えるのか。
最悪の場合、つまり日米安保消滅を想定すれば、通常戦力の強化と核兵器保有以外に日本が一国で独立を保つ方法は無いものと考えます。
通常戦力について、兵員、艦船、航空機、弾薬、燃料、個人的には現在全て不足だと思っており、それを解消すればある程度守ることは可能になるとは思いますが、そうなれば敵は核兵器による恫喝、場合によっては使用も考えることでしょう。
そこで核兵器保有の問題が浮上します。
例えば自分や親兄弟、妻や子供、友人などが核攻撃を受けて命を落としても構わないと思っているのなら、ここで一つの結論は出ます。そこまで本当に思っているなら、防衛力そのものが不要ですし、なんなら共産主義、社会主義による統制を受けても構わないことでしょう。
しかし私は嫌です。そして先人が築いてきた日本を後世にもしっかり残したい、そう思っています。
その考えに立てば、わが国に二度と核兵器を使用させない、このことに尽きる気がします。
ただ、それを外交のみで行うのは当然無理があります。外交は大事ですが、それだけで国が守れるものではありません。突如侵攻を受けて命を、領土を、国家そのものを奪われる例は、過去にいくつもあるのですから。
となれば、現状で最強にして最後の砦となる国防の手段は、核兵器ということになります。
繰り返し言いますが、核兵器は残虐な兵器、もちろん使うべきではありません。
しかし、もし日本に向けて使用されたら、同等以上の報復を行う、その姿勢を見せて初めて国防が成り立つのです。
こんなことはいちいち説明するほどのことでもない、当たり前のことではありますが、なんとなく理解はしていてもその現実から目を逸らす人が少なくないという悲しい現実を考えれば、当然のことを当然に言うのも大事でしょう。
周囲に利害が敵対する核兵器保有国が無いならば、こんなことを考える必要はありません。しかし現実はそうではないでしょう。
過度な保有の必要はなく、利害が敵対する国全土を射程に入れるミサイル、その都市や主要施設を全て壊滅に追い込む数量、先制攻撃を受けても有効な反撃方法、そして任務ですから修理や整備、休養の為の交代が必要、それらを加味すればどういった発射方法で何発保有すべきかはある程度絞れるところです。
私なりの結論、わが国は核兵器保有すべきと考えます。
自分や愛する者が殺されても構わないから核兵器は持ちたくないという崇高な考えの方は賛同しないでしょうが、私は日本に二度と核兵器が使用されないよう、独立を保ち、平和で豊かで自由な国であり続けるよう願い、保有論を語るのです。