人生を楽しもう
ある先生お言葉です。
人は白黒をつけたがる生き物で、つい、そこにこだわる。
しかし、二者択一ではなくて、味わい深い世界をわからせて
もらえるような選択をしなさいと。
このことは、人生全般にいえるコトバで、健康が善で病気が
悪と人は決めつけるが、病気があるから健やかであることの
ありがたさがわかるのです。
太陽は、太陽だけあっても目に見えないのであり、影がある
から、光がわかるのです。
「9」という数字は、不思議な数字で、どう計算しても9をかけ
たりたしたりすると「9」になるのです。
たとえば9×1は9ですが、9×2=18も、1+8=9
となります。
9×3=27、2+7=9
9×4=36、3+6=9
どんな数字でも結果は同じです。
物事は一から始まって十で終わるとするならば、必ず九(苦)を
超えていかねばなりません。
十が充実であるなら、九は苦労であるということだそうです。
九を免れぬ人生ならば、解釈を変えることはどうでしょう。
九(苦)を楽しみ、充たされる感動を味あおう!
そのなかで、「ありがとう」の反対は何かという問い
がありました。
皆さん何だと思いますか?
私は「バカヤロウ」かなと思いましたが、正解は・・・
なんと、「当たり前」だそうです。
我々は貴重な命を頂いているという喜びの世界に住ん
でいながらそれが「当たり前」だとツイツイ思ってしまい
がちです。
毎日毎日を生きていること、そして食べ物を口にでき
ていること。
それらを、当たり前ではなく、ありがたいと受けとめる
ことが肝要なのだから。
あの空に
りそうを求めて
がむしゃらな日々
ときめく心に
うれしい夜明けが
皆さんありがとうございました。
無財の七施
「施し」
この言葉の本当の意味は「捨てる」だそうです。
例えば誰かに何かの施しをしたのなら、
それはもう捨てたわけですから、見返りを
期待するものではないのです。
そして互いに施しをしあうことが、人と人との
心のつながりになるのです。
仏教のなかに「無財の七施」という言葉が
あります。
~無財の七施~
一、捨身施(体できることを喜んでやる)
一、心慮施(他人のために心を配る)
一、和顔施(いつもなごやかな顔で、人に接する)
一、慈眼施(いつくしみのまなこですべてを見る)
一、愛語施(人の心を知って、なごやかな喜びを
感ずるような言葉で話す)
一、房舎施(風や雨をしのぐところを譲ってあげる)
一、床座施(電車などで人に席を譲ってあげる心)
隣の人に思いやりを持ち、やってあげられることは
進んでやってあげ、いつもなごやかな顔で、
いつくしみの瞳ですべてを見つめ、優しい言葉をかけ、
雨の当らぬ場所を譲り、電車等に乗れば席を譲る。
この施しを当たり前のようにすること、見返りを求めず
その行為を覚えていずに忘れてしまうような人がたくさん
増えれば世の中はもっと素晴らしくなるのです。
動けば変わる。
ありがとうございました。
両手
フジタ・エージェントの山崎浩史さんから
頂いた言葉を皆さんにご紹介します。
http://blog.livedoor.jp/engawagekijyou/
一本のタクトは
指揮者に振られて
白と黒の譜面から
金色の旋律を放たせる
道端に咲く一輪の花は
誰に教えられることもなく
自然の一員として
最前列に鎮座する
久さんの両手は誰かに
あたたかいスープを渡したかい
誰かの濁る心を察し
手を引いてあげたかい
誰かの肩にやさしくかざし
勇気を与えたかい
誰かの迷う背中を
そっと押したかい
久さんの両手は
久さんのことを待っているよ
久さんのすばらしい
未来をつかむためにも
皆さんにおすそわけしま~す!
山崎さんありがとうございます。