岸見一郎さん、古賀史健さんが書かれた「嫌われる勇気」を読んでこれからの自分に活かせそうだと思ったところを何個かピックアップしていきたいと思います!
ここに存在しているだけで、価値がある。
まずこれについて説明していきます。自分には価値がないと思っている人はだれかに何かをしてあげたり役に立つ「行為」にばかり価値を見出しがちですが、そもそもこの世界に「存在」しているだけで価値があると言っています。例を挙げるともし自分が交通事故に遭い意識不明の重態となったとき他者に対して何か「行為」をしてあげられる状態ではありませんよね?その状態でも少なくとも自分の家族は心配で病院に来られるでしょう。自分の家族は生きているだけで嬉しいと思うはずです。存在そのものに価値があるとはそういうことです。それに私たちは自分でも気づかないところで他者貢献という「行為」を行なっています。例えばコンビニで買い物をするという行為も他者貢献です。お店に貢献していますし、そのお金が巡り巡って誰かの役に立っています。
課題の分離について
これもまたタメになる話でした。悩みを持っている人は人の課題や自分の課題の分離ができていないということでした。例えば会社で嫌な上司がいるとします。明らかに理不尽な怒られ方をしたり、正当な評価を与えてもらえなかったりします。しかしこれは上司自身が行なっている「課題」なので私たちにはコントロールできません。どんなに頑張っても評価をしてくれない人もいますし、逆に評価をしてくれる人もいます。自分が人にどう見られたり評価されるかはその人次第の「課題」なので私たちにはコントロールできませんし、考えるだけ無駄です。間違ってもこういった上司や他人のためにもっと自分は頑張らなければいけないと思う必要はありません。このコントロールできない部分には一切触れず、自分がコントロールできることに着目するのです。例えば会社だったら自分の仕事(課題)にだけ集中して自分の中での全力を尽くしましょう。本当に会社が合わないのであれば転職してもいいです。自分がコントロールできる範囲の課題だけを見て頑張りましょう。
承認欲求を捨てろ
これは上の部分と繋がってくるのですが課題の分離=承認欲求を捨てろということです。これは先ほども言ったのですが自分を評価するのは他人であって自分の課題ではありません。承認欲求を持つということは他人の課題に首を突っ込むと言うことです。人は誰しも承認欲求を持っていると思いますが、承認欲求の延長線上は他者の人生を生きることに繋がります。承認欲求を求めていては本当の自由な人生を生きることはできないんだなと感じました。
人生は他者との競争ではない
人はみな無意識に他者と比較や競争をし、勝者と敗者を決めようとします。敗者であれば劣等感を感じ、勝者として勝ち続けたとしても敗者になりたくない、そして敗者にならない為には勝ち続けなければならないといった心の休まる場所がなくなり幸せを感じることができません。他者を縦に見るのではなく横で見ることによって対等に見ることができます。人それぞれに自分の人生があるので自分の中の理想像を追いかけたり、比較するなら過去の自分と比較してそれを超えていく努力をするのが正しいそうです。
仕事の本質は、他者への貢献
「私は誰かの役に立っている」と実感したとき人は安心し、「私はここにいていいんだ」と自らの存在価値を受け入れられます。それを1番感じやすいのが仕事だと思います。お金を稼ぐことが1番大事だと思う方もいるかもしれませんが、巨万の富を築いた資産家でさえ働いています。それはなぜかというと他者への貢献のためなのです。自分では気づいていないかもしれませんが、人間はみな「ここにいてもいいんだ」「私は誰かの役に立っている」という所属感を求めていることが分かりますね。