眼
ずっとキッチンに居るんだよね。
一日に何度も立つことになるこの場所で、
時にイラつくときも、折りに悲しいときも
ふと横を見れば、こいつがさ~
って、笑ってた。
笑えるんだ、笑わされるんだ、と云ってた。
ぬいぐるみが嫌いという私の理由もあるけど、
あなたを一番見ていたこいつを、
連れては来なかった。
今でも、ここでこの顔をしていたよ。
こいつに癒されてんだってこと、
誰も知らないのに、
この場所から動かされることが無いの。
塩の位置も、
カップの位置も、
洗剤の銘柄も変わっているというのに、
こいつのこと、
誰も知らないのに、
こいつが彼女にしてきた事、何も知らないのに、
自然にそこに、、
誰も、、
動かさないんだ。
眼があるものが嫌いな私の理由はね、
魂が宿るから。
あなたは、私に一つだけ意地悪をしている、、、
この
眼だね。
そう思っては、毎朝、笑っていた。
やっぱり、笑う。
・・・シャンベリー、あなたのキッチンにて。
髪
直ぐにでも、渡仏してくれませんか、という電話の
3日後には飛び立った。
そして、髪を切ってあげてください、と、
始めのそれは、これをバッグに押し込んだ。
国際派の友に、海外で暮らすなら黒髪のストレートに、
とアドバイスをされて、
海外で東洋人として生き抜く術なのよ、と、
縮れ毛のあなたは、来日するたびに、
その背に伸びた髪に激しい矯正をしていたの。
美しくまっすぐに長い黒髪は、夢の実現の証でもあったのよね。
その傷口をあらわに、
鋏を入れなければならない時、
あなたは、ゆっくりと立ち上がって
バスルームの鏡に向かった。
嫌がる彼女をそっと追いかけて、櫛を上げたそのとき、、
櫛が、一本欠けた。
あなたにそれがみつからないように、
強く、むきになって、
いつになく震えながら、髪を梳き
髪を切った。
嫌がる表情を見ないようにして、
私の手は、動揺をおくびにも出さず、
鋏を入れていく。
ここは、東洋ではないのだと。。。
半分刈り上げた長い黒髪のあなたを、
モヒカンのパンクね~と、みなで大笑いして、
ならば、大和魂は手拭いで、と鉢巻をして、笑った。
強く巻いた手拭いは、毎日取り替えて、
切り落とした髪の哀しみを隠して
そして、今日の根性の彩りを選んだ髪飾りだったんだよね。
落ちていく髪の毛を抓みながら数えていた、
貴方の顔に、ごめんね、と心で言って、
切り続けたの。
それが、忘れられなくて、
そして、
忘れないように、
私は、それから、髪を伸ばし続けたんだ。
ごめんねと言いながら、髪を梳く私は、
肩を過ぎて、背を過ぎて、
貴方の長さを越してしまったわね、と、自嘲気味に鏡に云いながら、
貴方の居なくなったことを、確認できるまで、と、
ごめんね、と、自分の髪を梳く。
そして、去年、渡仏した私は、
やっと貴方に、髪を切るからね、、と、
告げる事が出来た。
あの時と同じように、
髪を切るからね、
と。
百合
夏の初めになると、いつも白い百合を買っていた。
母の命日だから、と。
貴方はいつも、母の為に、だったのに、
貴方が好きな花だということになっているのよ。
本当は、
野に咲く可憐な小花が、好きだったのにね。
お誕生日 おめでとう
言葉しか送らない馴れ合いの私達だったけど、
わたしは毎年、貴方のかわりに、
私の苦手な、、
百合を飾っている。
私が、この花を苦手と知っている貴方の苦笑いを・・・
思い出したくて。
百合は風車。
輪廻転生を意すると知っていたのかな。
そんな想いがあると気付かなくて、良かった。
大都会の窓辺に、そんなメランコリックなこと、
きっと、
かまってあげられなかったものね。
繰り返すことがあるのなら、
きっと、どこかですれ違ってよね。
誕生日 おめでとう
今日が、貴方の、
誕生の日でありますように。
キヨシロー
出会ったきっかけは、居酒屋の二階の忘年会。
膝元に出したスケジュール帳がファンクラブのもの。
もう言葉はいらないね、といって、
次の週には、私との仕事が書き込まれていった。
全ての予定はライブが重要視され、
別件に、と抜け出すとき、
それはいつも野音だったり
武道館だったりしていた。
どれがいいかなんて語ることもなく、
理想の像など描くことなく、
ただ、ファンであるという姿だけが共通だった。
RCサクセション「シングルマン」
キヨシローのデビューアルバム。
この一枚だけを抱えていったのは、
あなたに、どんな初心が必要だったんだろう。
フォークソングのこれで、
どこの小部屋から始める気だったのかな。
東京での暮らしの日々、
あんなに汗まみれの派手な騒ぎにいたのに、
それを消してしまうつもりだったのか、、
でも、
埃が積まれたラックに一枚を見た時、
うん、必要はなかったんだね、と
穏やかになった。
創らせたこれが、プラチナであることに誰も気づかない。
そして、これが想いを寄せたやつによって、彫られたことも
気づかずに。
あなたとキヨシローのWネームは
サイズが合わないという滑稽さで、身に付けずに済んでいる。
指に入らないのは健康の証だよ、
まだ、
会えない。
あなたが居なくなって、聴かずにいたキヨシローは、
あいつの死によって、
また、耳に甦る。
一緒に観たステージをたどっても、
隣の席にあなたが居た記憶がないのは、
いつも、必死で、
いつもキヨシローばかりをみていたから。
どの曲が、一番好きだったのか、
何故、知らないのだろう。
いつも、それは、
新曲を信じていたから、私達は、キヨシローと共に
今を生きていたからだね、、
と、
一枚だけの、意味がわかった気がした。
ポシェット
不釣合いなアウトドアなポシェットが一つ。
モードで、シンプルが好みだったけど、
全ての黒を捨てて、トランク一つの嫁入り旅立ちに、
これが混ざっていたんだね。
リヨンの空港で、胸下にかかるこれで私を迎えた。
あなたの住む街が、それで判った様な気がした。
のどかな田舎町でも、斜めに背負うことや、
前に抱かなければならない仕草は、
板についた暮らしぶりだった。
おしゃれだった彼女は、可笑しくも実用的なこれが
貴重な所持となって、
街を、マルシェを、公園を、カフェを、図書館を、、バイトを、そして、
遠くへの旅に、そして、、日本にも一緒にやってきた。
7年間もの間、あなたの貴重な部分を経験して、
たくさんのシミと、手垢と、ほころびを加えて、
私の元へきた。
ううん、戻ってきた。
これは、
私が初めてねだった、、
誕生日の、あなたからのプレゼントだったんだ。
数回使って、
飽きたわ~と、あげるわ、と、渡して、
彼女は、ひどいわね~と、苦笑して、どのくらいが経ったのだろう、
次が、空港だった。
これを見るたび、きっと彼女はそれを思い出し、
そんなことも含めて、
変えてしまうと、
貴重の意味が違ってくると思う彼女のクセも
よく知っていた。
ここに入った物は、忘れることがなかった。
手袋は、いつも、片方になってしまっていたのにね。
ポンチョ
肩が冷えて眠れないときがあるのよ、と云う私に
いつか、これが必要なのかしら、、と、
通販の「寝用肩あてジャケット」なるものを、指差して
大笑いした、
そのずっと、ずっと、、ずっとの後に、、、送られてきたもの、
ニット毛糸のポンチョ。
これで寝るのは、難しいかもしれないけど、と、
言葉が添えてあった。
ああ、
あのずっと前のこと、言ってるんだ、と、
また笑って、かぶった。
毎冬に、揺れぬチェアで、すそが揺れていた。
そして、
遠方から、彼女の遺されたものがどんどん届く。
彼が、彼女を思い起こす物は、
全て、私に押し付けていく。
そして、あった、、色違いのポンチョ。
ああ、、
私と、お揃いだったんだね。
そのまま、箱詰めされたそこには、
ああ、、
生きている香りがする、と、
これを、思わず、抱きしめた。
彼女の薄い肩の感触がした。
生きている香り。
生きている香りと云うのが、あるのよ。
お揃いだったことは、まだ知らぬことにして、
どこかのあなたの友達の部屋で、過ごしてもらってるわ。
今は、あなたと同じに、
パジャマと一緒に、靴下が、
寝るためにね、
選ばれているのよ。
もう、あなたの歳を
越してしまうかもしれないから。
煙草
飛行機嫌いで、帰郷するときも地べたを行ったのに、
無理やりに乗せたのが、初フライト13時間のパリ。
シャルルドゴールに着いたその時に、
あなたの人生が変わりました。
カートを押したその顔の、一瞬でフランスに恋をしたんだ。
初めての異国での買い物は、財布と共の、ポーチ。
その後、それは煙草のケースとなり、
いつでもあなたの前に置かれていた。
私達の愚痴を聞いて、その度に開くジッパー、
笑い話に無駄口も、打ち合わせの重要も、聞いていたと思う。
渡仏後に一旦やめたのに、
日々には聞いて欲しい頃もやってくる。
そして、彼女が入院する間際に半分残した煙草を
引き出しから抜いて、私が減らしていった。
そのあと、
皆の手を巡って、私の手元に来たこの箱の二本を
東京の空で吸った。
そして、残りの一本。
引きかえられるなら、とも、思った。
これで
あなたに会えるなら、と。
けれど、
最後の一本に手をつけられない。
この一本を、あなたに吸わせたかった。
そしたら、
この箱の呪文が効いたのだ、と、
自分で、あきらめられただろうにね。
手鏡
何か、ほしい物は?
と、云われた時、これと、あれと、と、
人が見れば何でもないものをお願いした。
それは、普段、日常に使われていた物が良かったし、
そのくらい、
私は、彼女の日常に入り込んでいたんだ。
そして、一つは、この手鏡。
特に彼女に、使い勝手や愛着があったわけでもないこと、
それも知ってる。
けど、日本にいるときも、
一緒に旅行に行くときも、
渡仏するときにも、
入院したときも、
彼女の傍にあって、鏡を見ることは、乙女チックなことより、
ただ、
実用として、これは覗かれていた。
自分の頭の傷を見たのも、肉眼ではなく、
この鏡越しなんだ。
鏡に、何かが映るかな、、って他人は思うけど、
それなら、
きっと、あなたが映って欲しいと、
いつも私は、これを使って瞳にラインを引く。
薔薇の額
居なくなって、もう直ぐ3年が経つ。
最後に行った、あの家に、二年半ぶりに行ったんだ。
雑多に、乱雑に荒れた中に残る痕跡。
その中に、フィルムが。
思い切って、現像してみたの。
彼女が渡仏して直ぐの、初めての写真で、
そこには、まだ慣れていないツーショットや、
綺麗につくる笑顔があって、
まだまだ、新米の奥さんで、新米の海外移住者の表情。
姑とも、言葉の不自由さから、
気にしないですごせた、まだまだそんな時期。
そして、彼女は渡仏して直ぐに、
私にプレゼントを贈ってくれたの。
私のではなく、ママの薔薇だけど、、と、
仏国人のように付け加えて、
私の好きなゴールドの額を探して、
ちゃんとブリティッシュな部屋に合うようにと、
たくさんの計算がうかがいしれた物。
こんなエレガントな気分と余裕で過ごすことにしたんだね、
と、渡仏してしまった寂しさから、やっと、了解と、
納得をした、その思い出の一号だ。
そして、その現像した写真には、この時の薔薇が、、。
これまで、たくさんの写真を見てきたけど、
そして、たくさんの贈り物を受け取ってきたけれど、
初めての贈り物を考えてくれた時、
あなたはこんな風景に、こんな日差しに、こんな薫りに
包まれて始まっていったんだね、って、
知ることができたし、
少しだけ、胸の奥を突かれながら、幸せな気分にもなった。
今は、あなたの写真の上に、不釣合いに飾られているのよ。















