そんなことは自分が楽しもうとしていないから、人と関わろうとしていないからだと自分に責任を負わせ苦しんでいた。
最近「抑圧」という言葉を知った。生きていく上で感情は時々邪魔になる場合もある。そんな時、人は無意識に感情を抑えているらしい。そう考えてみれば私も知らないうちに、また当然のように抑圧を行ってきたように感じる。母と祖母の喧嘩を毎日聞かされ続けていたとき、学校で容姿や性格について罵られたとき、対人関係がうまく出来ないとき、やりたいことが出来なかったときなど自分の中に沸き起こった感情を「それは違う」「我慢するのが賢いんだ」「感情的になったら相手の思うツボ」などの理由をごく自然に付加して押さえ込んでいた。
うちの親は何を言っても否定する人だった。ちょっと反抗したぐらいでヒステリックになっていた。今考えると訳がわからない。過保護な親だった。嫌いだった。そんな親だったので、もう何を言っても、何を要求しても、無意味である、自分の意思を持ったところで何の意味もないと思うようになった。
そして今年20歳になる。自己評価の低さから友人を作ることが出来ないし、ましてや恋人など出来たことはない。毎日のように不安や恐怖や鬱々とした気分が心に立ち込めている。人としゃべることもままならない。声も上手く出せない。
子供の頃は気づかなかった感情の抑圧が、今、じわじわと私を侵食している気がするのだ。そしていつかそれが滝のように流れて自分が壊れてしまう日が来そうでとても怖いのだ。今この記事を書いている時も昔を思い出して泣き崩れそうである。
カウンセリング、また受けた方が良さそうだ。
