デジタル化が進み、人と人の接触が減っているといわれる昨今。しかし、インターネットがあることで、遠く離れた人とも簡単にコミュニケーションが取れるようになった。今回
かつての盲学校の後輩・S君は、小学6年生のときに北海道へ転校。それ以来、連絡を取ることはあまり無かった。 ある日、恩師を囲んで先生がつくった模型を触る集まりで久しぶりに北海道と東京とつないでわいわいしゃべった。そのとき、北海道の冬について話が及び、ふと「雪道ってどうやって歩いているの?」と尋ねると、S君から「来るかい?」という言葉が返ってきた。 後日聴くと軽い気持ちで言ったのだそうだが、私は本気だった。まるで大人が子どもの前で「今度遊園地に行こうか」と口にしたことで、子どもが本気にしてカレンダーに印をつけ、カウントダウンを始めるようなものだ。こうして、北海道の冬道を体験する旅が決まった。
果たして、冬の北海道はどんな感じなのか。どれぐらい寒いのか。雪道の歩き方は? そして、鉄道旅の様子は? これから、その旅の様子を詳しくお届けしよう。
私が撮影した車窓動画 *上の動画をAIで解説してみました。
途中接続列車の送れや、線路内への鹿出没による徐行運転で7分遅れ到着ホームが直前に変更された。「1人で行くなんて思わなかった」という親戚がいて「それなら証明してやる」とばかり道中動画を撮り送信したのだが、あてがはずれて東北新幹線にコンセントがなくスマホのバッテリーが僅かになったので、「どうせ駅で変更の案内をしているだろう」と勝手に解釈して連絡せずに降車した。ほどなくしてS君と同行者の方が出迎えてくれた。
札幌でS君たちと合流し、地下鉄で2駅の距離にあるすすきのへ向かうことになった。ただ、移動には札幌駅前通地下歩行空間を利用することに。2011年に開業したこの地下通路は、以前青函トンネルをくぐった際にはまだ存在しなかった。新しいだけあって点字ブロックが整備され、関東と違って地上出口にはドアが設置されており、冷たい空気が入り込まない工夫がなされている。とても快適な空間だった。 歩行者が快調なペースで行き交っているのを不思議に思っていると、「あの人たちはウォーキングをしているんだよ」とS君たちが教えてくれた。雪に閉ざされる冬でも健康的に過ごせるよう、工夫されているのだと感心した。
すすきのに着いた。地上に上がると少し雪が積もっていた。帰りの荷物を少なくしたいので東京からは晴れ用のぺらぺらの靴をはいてきたのですべらないか不安だった。ゆっくり、おっかなびっくり歩いて1分ほどで靴屋に到着。S君も以前利用したことがある店だという。店員にサイズを伝え、さらに「東京でも使えるデザインのものがいい」と希望を伝えると、すぐに候補を持ってきてくれた。 私は足の幅が広く厚みもあるため、合う靴を見つけるのに苦労することが多いのだが、今回の靴はぴったりだった。防水性がありながらも、くるぶし程度の深さで歩きやすく、点字ブロックの感触も伝わる絶妙なソールの厚みだった。
翌日、本格的に歩いてみて気づいたのは、靴のつま先がやや上向きに角度がつけられており、前傾姿勢になった際につま先でしっかり踏み込める設計になっていることだった。「なるほど、これは関東ではなかなか見かけないタイプの靴だ」と納得した。
それよりも意外だったのは車が関東みたいにスピードを出して走っていることだった。道路を渡ってみると車道にも雪が積もっている。私が知っている雪道の光景は、スキー場などの観光地で、雪に慣れないドライバーが多いせいかタイヤチェーンをつけてゆっくりと走っている音だ。しかしここでは冬タイヤなので特別な音を出すことなく関東みたいにびゅんびゅん走っているようなのだ。同行の方に、「スリップ事故起こらないんですか」と聞くと「ときどきありますよ。怖いから私は他の人よりゆっくり運転しますけど」とのことだった。道路横断中に事故に巻き込まれでもしたら恐ろしい話である。
交差点を曲がる際には、通常なら建物の外壁を白杖で探るのだが、雪の山が障害となり、その方法は使えなかった。代わりに、人々が歩いて踏み固めた道を頼りに進むしかない。それも2人分の幅がないから、山道みたいにすいませーんと言って道を譲るのだ。 道路横断の際には車道との境目の傾斜が手がかりにはなるものの、国土交通省に要望して決めてもらった歩道と車道の2センチの段差など消えている。山道でなんとなく傾斜しているような感じなのだ。車の音がするから車道に出そうなことがわかるものの、もっと交通量の少ない道だったらいつのまにか車道に出てしまうこともありそうだ。S君は傾斜は冬でも消えないから地図を頭に入れておけば大丈夫だというが、同じ場所を夏冬、歩行訓練士の人と歩かなければ私などとてもじゃないが身に着けられない歩行技術だと思った。
最近はナビアプリやビデオ通話の遠隔サポートで知らないところに行く機会も増えたが、冬の雪道では私にはできないと思った。ただし、慣れたところで方向がわからなくなったときには強い味方になると思った。
私たちは横断歩道をまっすぐ渡るのは難しいので、対岸に着くと雪山に突き当たり、左右に移動して歩道に上がる必要があるという苦労話をS君は聞かせてくれた。その間に車も来るだろうから恐ろしい話だ。
S君のおかあさんに御あいさつしたり、近くのお勧めの寿司屋で回転寿司とは思えないクオリティの寿司を味わい、市電と地下鉄を楽しんで、S君の自宅に招かれた。最近引っ越したところで近くにスーパーや飲食店、病院などがある便利な場所だという。しかし日曜日で店がやっていないのかドアが閉まっていて音が聴こえないのか、耳で感じるかぎり説明してくれたほどのお店があるようには感じなかった。夏にまた来なければわからないだろう。
彼のお宅に1時間ほど滞在し、5時ごろ外に出た。気温が急激に下がり、S君のアドバイスを参考に新しく買ったヒートテックの手袋をしていても冷気がしんしんとしみ込んで来る。つい1時間ほど前に綿みたいだった雪が氷始めてシャーベットみたいになっている。雪の山も空気がぬけたようで低くなった感じだ。お勧めの靴でもすべる。白杖は突然の段差を検知できるよう、しっかり地面につけるようにと口を酸っぱくして言われていたが、手引きの人がいるために、つい関東の感覚で手に持つだけにして歩いてしまった。過酷な環境をあるく心構えが不足していると実感した。
このように道路状況は時間や気温などによって絶えず変化するそうだ。そのため冬はいつもの2~3倍時間がかかるという。「これじゃ、初めての場所は難しいね」と言うと、「だから、雪のない時期に歩行訓練を受けたり、自分で歩いたりして、地図を頭に入れておくんだよ。冬道の訓練も受けるんだよ」とのことだった。 地図を覚える重要性は理解できるが、仕事の都合などで突然冬に北海道へ行かなければならない場合はどうするのだろう、と考えさせられた。 当日S君は自信満々に地図がわかれば大丈夫と言っていたように私には聞こえたが、後で電話で話すと雪道で方向がわからなくなることがあるとのことだった。さしずめ弘法も筆の誤りということなのだろうが、それだけ過酷な道路状況なのだろう。 すすきのなど一部の場所にはロードヒーティングがあって建物の入口の点字ブロックがわかるようになっていたり、階段が埋もれたりしないように配慮されている。しかしちょっとはずれると段差があって凍結していたり積雪していたりしている。この話はこちらでも聞いたことがあって覚悟して歩いた。と同時に、そんな一部だけ対策してもし方ないだろうとも考えていた。しかし、S君がこのように対策されているすすきのにしばしば出かけていることからすれば、やはりあった方がよいということになるのかもしれない。もし自分が、雪道に不安があっても冬の札幌のホテルで行われる会議に出席しなければならなくなったとしたら、大いに助かるだろう。
仕事柄どうしてもまちの発展とか集客による経済効果ということを考えてしまうのだが、ホームページを見ても冬の札幌のイベントは少ないように感じるので、会議やビジネスなどによる集客は重要なのかもしれない。
マスコミは「厳しい環境の中でたくましく生きる」と表現するかもしれないが、実際に暮らしていくには、それなりの準備と装備が必要であり、除雪や通路の確保といった周囲の環境整備も不可欠であることを実感した。
私が雪道を歩いてみたいと思ったのは、単に歩行技術を学ぶためではなく、北海道のような厳しい外出環境で視覚障害者がどのように生活しているのか興味があったからだ。しかし、結論から言うと、その一端に触れただけで、深く理解するには至らなかった。例えるならば、数日間の海外研修旅行程度の理解度だ。それでも、しばしば「雪国の視覚障害者はどうしているの?」と聞かれることがあるため、今回の経験や聞いた話をシェアしたいと思ってこの文章を書いた。
S君の同行者に「私たちのように東北新幹線で一人で来る視覚障害者に出会ったことはありますか?」と尋ねると、「ありません」との答えだった。ガイドヘルパーをされている方なので、他の視覚障害者の状況を知っているかもしれないと思い、聞いてみたのだ。
関東でも一人で歩く視覚障害者は減っているようだが、北海道では本州以上に少ないようで、S君もその点を寂しがっていた。旅行中、駅員に乗り継ぎを尋ねた際、駅員室で待たせてもらいながらコーヒーをいただいたことや、列車を送り出す業務の音を聞いて楽しかったこと、北海道の特急から車内販売がなくなり、観光案内の車内放送も減って旅の楽しみが少なくなってしまったこと、新函館北斗で無事弁当が買えたのかどうかなど、鉄道談義で盛り上がった。しかし、札幌ではこうした話ができる仲間がいないようだった。 それどころか、障害者差別解消法がある今日、表立って介助者つれて来てください、という人は少なくなったが、それでも心の中では「見えないのに一人で来るなんて」と思っている人は少なくないように思う。「視覚障害者はヘルパーさんと来るんでしょ」などと考えている職場の人も多い。事実、「ヘルパーさんと来てください」とスーパーや飲食店で言われた経験が私もS君もある。 それでも、たとえ厳しい雪道であったとしても1人で出かけるのはなぜか。その気持ちをどうやって伝えたらよいか私は日々考えている。今回の旅ではお互い鉄道好きということで「一人歩きができないことは常に指定席の列車に乗っているようなものだ」と言ったらどうらろうかという話になった。いつもガイドさんつきということは、なにをするにも「予約」。キャンセルしたらキャンセル料がとられるという生活になる。、「朝起きて、今日は天気いいから出かけてみようか」ということはできないし「会議が盛り上がって急に飲みに行く話が出たがガイドさん予約しているから帰らなければ」となるのだ。そのような状態は自由で充実した人生といえるのだろうか。
いくら歩けると言っても雪道の中知らないところに行くのは大変なのでS君は近所にお店や病院のある今の家を選んだという。札幌でも裏道に入ると、人が踏み固めた通路がない場所があるという。さらに、人が少なく、公共交通機関の減便や廃止が進む中小都市や町村部の視覚障害者がどのように生活しているのかは、全くわからなかった。
札幌でさえ、電車やバスの利便性が十分ではないようで、北関東のように、コンビニや食堂には駐車場が併設されている。また、。車社会が進むもう1つの原因として、障害の有無に関わらず、雪道を避けて車を利用する人が多いのではないかということも考えられるのではないだろうか。しかし、私たちは車を運転できない。せめて札幌や函館といった都市では、これ以上公共交通機関が縮小されないことを願うばかりである。
「北国の人は明るい」と言われることがあるが、それは寒さをしのぐ環境がしっかり整備されているから、寒さを恐れることなく楽しく暮らせるということを意味するのかもしれない。防寒設備が整い、燃料が安定して供給されるからこそ、快適な生活が成り立つのだ。
日中、不在にしている家では、マンションのように気密性の高い部屋でも、帰宅すると室温が1度近くまで下がっているという。私たちが立ち寄ったS君の家でもそうだったが、適切に排気が外に出せるよう設置された強力な石油暖房によって、またたく間に関東の室内と同じ温度まで暖まった。
しかし、世界には戦争や紛争の影響で、燃料や温かい住宅が十分に供給されない寒冷地もある。そうした地域では、人々が互いに励まし合いながら生きているとは思うが、明るく楽しい生活とは程遠い現実があるだろう。
住み慣れた地域で自分らしく生きていくためには、平和と、人々を大切にする政治が不可欠なのだと、今回の旅を通じて改めて実感した。
地元の視覚障害者に案内してもらったので、札幌の地理が少し頭に入った。おいしいお菓子をつくっているところや食事処も紹介してもらった。もっと理解を深め、大橋さんが読み上げているようにグルメや自然を楽しむためにまた訪れてみたいと思う。
かつての盲学校の後輩・S君は、小学6年生のときに北海道へ転校。それ以来、連絡を取ることはあまり無かった。 ある日、恩師を囲んで先生がつくった模型を触る集まりで久しぶりに北海道と東京とつないでわいわいしゃべった。そのとき、北海道の冬について話が及び、ふと「雪道ってどうやって歩いているの?」と尋ねると、S君から「来るかい?」という言葉が返ってきた。 後日聴くと軽い気持ちで言ったのだそうだが、私は本気だった。まるで大人が子どもの前で「今度遊園地に行こうか」と口にしたことで、子どもが本気にしてカレンダーに印をつけ、カウントダウンを始めるようなものだ。こうして、北海道の冬道を体験する旅が決まった。
果たして、冬の北海道はどんな感じなのか。どれぐらい寒いのか。雪道の歩き方は? そして、鉄道旅の様子は? これから、その旅の様子を詳しくお届けしよう。
◇柔らかい放送につつまれて到着
青函トンネル通過音 約40分
新青森駅では新幹線の車体に雪が吹き付けばちばちと音がしていたが、地下鉄のような感じで20分余りかけて青函トンネルを通過すると暖かい太陽の光が顔にあたり、「皆様北海道にようこそおこしくださいました」という柔らかな大橋俊夫さんの自動放送に包まれる。私は、新幹線開業前青函トンネルに来たことがあったがやはり感動したのか、地上に出た瞬間おもわず「でたー」とつぶやいてしまい記念の録音にしっかり入ってしまった。 東京駅で依頼しておいたので終点新函館北斗駅では若干北海道なまりのある駅員さんに誘導してもらいスムーズに札幌行特急に乗車することができた。 乗り換えた後も引き続き太陽の温かさが顔にあたる。しかしスマホで写真撮影してAIに画像認識させると地面に雪が積もっているとのことだった。北海道に来たんだなあという感じがする。つい2年前ごろまではこのように車窓を知ることはできなかった。だれかに説明してもらったとしても「ふうん」とただ聞くだけでこちらから感想などを話すことはできなかった。しかし今は違う。このように主体的に風景を知ることができると、旅に彩りが添えられる。いやそんなそんじょそこらの旅行雑誌に書かれるようなものとは感動の室が違う。晴れてはいるが地面に雪が積もり遠くに山が見える、関東の風景とまったく違うことが、スマほのスピーカーから、まるで見える人の実況を聞いているように伝わって来るのだ。やっと見える人の仲間入りが少しできるようになったと感じた。私が撮影した車窓動画 *上の動画をAIで解説してみました。
途中接続列車の送れや、線路内への鹿出没による徐行運転で7分遅れ到着ホームが直前に変更された。「1人で行くなんて思わなかった」という親戚がいて「それなら証明してやる」とばかり道中動画を撮り送信したのだが、あてがはずれて東北新幹線にコンセントがなくスマホのバッテリーが僅かになったので、「どうせ駅で変更の案内をしているだろう」と勝手に解釈して連絡せずに降車した。ほどなくしてS君と同行者の方が出迎えてくれた。
◇事前準備が大切
札幌行きのチケットを予約し、S君に連絡すると、「靴はあるかい?」と聞かれた。「昔ハイキングに行ったときの登山靴ならあるけど」と答えると、「そんなのじゃなくて、もっといいのがあるから、こっちで買いなよ」と勧められた。 この提案には異存はなかった。以前、母が雪国に旅行した際に「こちらには雪国対応の靴がないから、現地で買う」と言っていたのを思い出したからだ。さて、どんな靴を紹介してくれるのだろう。札幌でS君たちと合流し、地下鉄で2駅の距離にあるすすきのへ向かうことになった。ただ、移動には札幌駅前通地下歩行空間を利用することに。2011年に開業したこの地下通路は、以前青函トンネルをくぐった際にはまだ存在しなかった。新しいだけあって点字ブロックが整備され、関東と違って地上出口にはドアが設置されており、冷たい空気が入り込まない工夫がなされている。とても快適な空間だった。 歩行者が快調なペースで行き交っているのを不思議に思っていると、「あの人たちはウォーキングをしているんだよ」とS君たちが教えてくれた。雪に閉ざされる冬でも健康的に過ごせるよう、工夫されているのだと感心した。
すすきのに着いた。地上に上がると少し雪が積もっていた。帰りの荷物を少なくしたいので東京からは晴れ用のぺらぺらの靴をはいてきたのですべらないか不安だった。ゆっくり、おっかなびっくり歩いて1分ほどで靴屋に到着。S君も以前利用したことがある店だという。店員にサイズを伝え、さらに「東京でも使えるデザインのものがいい」と希望を伝えると、すぐに候補を持ってきてくれた。 私は足の幅が広く厚みもあるため、合う靴を見つけるのに苦労することが多いのだが、今回の靴はぴったりだった。防水性がありながらも、くるぶし程度の深さで歩きやすく、点字ブロックの感触も伝わる絶妙なソールの厚みだった。
翌日、本格的に歩いてみて気づいたのは、靴のつま先がやや上向きに角度がつけられており、前傾姿勢になった際につま先でしっかり踏み込める設計になっていることだった。「なるほど、これは関東ではなかなか見かけないタイプの靴だ」と納得した。
◇冬の歩行体験
翌日、札幌市電に20分ほど乗り、S君の実家を訪ねた。すすきののような中心街では建物の前がロードヒーティングされ、点字ブロックも踏むことができた。しかし、郊外ではほとんど雪に埋もれていた。舗装された普通の歩道のはずなのだが、全部雪だから、ごつごつの土の道を歩いているようだ。しかもところどころ凍ってつるつるになっているので油断できない。教わったようにつま先からすり足して前傾姿勢でゆっくり進。車道との間には雪が積み重ねられていて、触ってみると綿菓子のようだった。これなら、関東で久しぶりに雪が降ったときのように歩道を歩いているつもりで車道に出てしまうことはなさそうだ。それよりも意外だったのは車が関東みたいにスピードを出して走っていることだった。道路を渡ってみると車道にも雪が積もっている。私が知っている雪道の光景は、スキー場などの観光地で、雪に慣れないドライバーが多いせいかタイヤチェーンをつけてゆっくりと走っている音だ。しかしここでは冬タイヤなので特別な音を出すことなく関東みたいにびゅんびゅん走っているようなのだ。同行の方に、「スリップ事故起こらないんですか」と聞くと「ときどきありますよ。怖いから私は他の人よりゆっくり運転しますけど」とのことだった。道路横断中に事故に巻き込まれでもしたら恐ろしい話である。
交差点を曲がる際には、通常なら建物の外壁を白杖で探るのだが、雪の山が障害となり、その方法は使えなかった。代わりに、人々が歩いて踏み固めた道を頼りに進むしかない。それも2人分の幅がないから、山道みたいにすいませーんと言って道を譲るのだ。 道路横断の際には車道との境目の傾斜が手がかりにはなるものの、国土交通省に要望して決めてもらった歩道と車道の2センチの段差など消えている。山道でなんとなく傾斜しているような感じなのだ。車の音がするから車道に出そうなことがわかるものの、もっと交通量の少ない道だったらいつのまにか車道に出てしまうこともありそうだ。S君は傾斜は冬でも消えないから地図を頭に入れておけば大丈夫だというが、同じ場所を夏冬、歩行訓練士の人と歩かなければ私などとてもじゃないが身に着けられない歩行技術だと思った。
最近はナビアプリやビデオ通話の遠隔サポートで知らないところに行く機会も増えたが、冬の雪道では私にはできないと思った。ただし、慣れたところで方向がわからなくなったときには強い味方になると思った。
私たちは横断歩道をまっすぐ渡るのは難しいので、対岸に着くと雪山に突き当たり、左右に移動して歩道に上がる必要があるという苦労話をS君は聞かせてくれた。その間に車も来るだろうから恐ろしい話だ。
S君のおかあさんに御あいさつしたり、近くのお勧めの寿司屋で回転寿司とは思えないクオリティの寿司を味わい、市電と地下鉄を楽しんで、S君の自宅に招かれた。最近引っ越したところで近くにスーパーや飲食店、病院などがある便利な場所だという。しかし日曜日で店がやっていないのかドアが閉まっていて音が聴こえないのか、耳で感じるかぎり説明してくれたほどのお店があるようには感じなかった。夏にまた来なければわからないだろう。
彼のお宅に1時間ほど滞在し、5時ごろ外に出た。気温が急激に下がり、S君のアドバイスを参考に新しく買ったヒートテックの手袋をしていても冷気がしんしんとしみ込んで来る。つい1時間ほど前に綿みたいだった雪が氷始めてシャーベットみたいになっている。雪の山も空気がぬけたようで低くなった感じだ。お勧めの靴でもすべる。白杖は突然の段差を検知できるよう、しっかり地面につけるようにと口を酸っぱくして言われていたが、手引きの人がいるために、つい関東の感覚で手に持つだけにして歩いてしまった。過酷な環境をあるく心構えが不足していると実感した。
このように道路状況は時間や気温などによって絶えず変化するそうだ。そのため冬はいつもの2~3倍時間がかかるという。「これじゃ、初めての場所は難しいね」と言うと、「だから、雪のない時期に歩行訓練を受けたり、自分で歩いたりして、地図を頭に入れておくんだよ。冬道の訓練も受けるんだよ」とのことだった。 地図を覚える重要性は理解できるが、仕事の都合などで突然冬に北海道へ行かなければならない場合はどうするのだろう、と考えさせられた。 当日S君は自信満々に地図がわかれば大丈夫と言っていたように私には聞こえたが、後で電話で話すと雪道で方向がわからなくなることがあるとのことだった。さしずめ弘法も筆の誤りということなのだろうが、それだけ過酷な道路状況なのだろう。 すすきのなど一部の場所にはロードヒーティングがあって建物の入口の点字ブロックがわかるようになっていたり、階段が埋もれたりしないように配慮されている。しかしちょっとはずれると段差があって凍結していたり積雪していたりしている。この話はこちらでも聞いたことがあって覚悟して歩いた。と同時に、そんな一部だけ対策してもし方ないだろうとも考えていた。しかし、S君がこのように対策されているすすきのにしばしば出かけていることからすれば、やはりあった方がよいということになるのかもしれない。もし自分が、雪道に不安があっても冬の札幌のホテルで行われる会議に出席しなければならなくなったとしたら、大いに助かるだろう。
仕事柄どうしてもまちの発展とか集客による経済効果ということを考えてしまうのだが、ホームページを見ても冬の札幌のイベントは少ないように感じるので、会議やビジネスなどによる集客は重要なのかもしれない。
マスコミは「厳しい環境の中でたくましく生きる」と表現するかもしれないが、実際に暮らしていくには、それなりの準備と装備が必要であり、除雪や通路の確保といった周囲の環境整備も不可欠であることを実感した。
◇北海道の暮らしを考える
自分の状況を考えると、北海道に移住することはないだろう。したがって、外野の視点から考えたことを書かせていただくことをお許しいただきたい。私が雪道を歩いてみたいと思ったのは、単に歩行技術を学ぶためではなく、北海道のような厳しい外出環境で視覚障害者がどのように生活しているのか興味があったからだ。しかし、結論から言うと、その一端に触れただけで、深く理解するには至らなかった。例えるならば、数日間の海外研修旅行程度の理解度だ。それでも、しばしば「雪国の視覚障害者はどうしているの?」と聞かれることがあるため、今回の経験や聞いた話をシェアしたいと思ってこの文章を書いた。
S君の同行者に「私たちのように東北新幹線で一人で来る視覚障害者に出会ったことはありますか?」と尋ねると、「ありません」との答えだった。ガイドヘルパーをされている方なので、他の視覚障害者の状況を知っているかもしれないと思い、聞いてみたのだ。
関東でも一人で歩く視覚障害者は減っているようだが、北海道では本州以上に少ないようで、S君もその点を寂しがっていた。旅行中、駅員に乗り継ぎを尋ねた際、駅員室で待たせてもらいながらコーヒーをいただいたことや、列車を送り出す業務の音を聞いて楽しかったこと、北海道の特急から車内販売がなくなり、観光案内の車内放送も減って旅の楽しみが少なくなってしまったこと、新函館北斗で無事弁当が買えたのかどうかなど、鉄道談義で盛り上がった。しかし、札幌ではこうした話ができる仲間がいないようだった。 それどころか、障害者差別解消法がある今日、表立って介助者つれて来てください、という人は少なくなったが、それでも心の中では「見えないのに一人で来るなんて」と思っている人は少なくないように思う。「視覚障害者はヘルパーさんと来るんでしょ」などと考えている職場の人も多い。事実、「ヘルパーさんと来てください」とスーパーや飲食店で言われた経験が私もS君もある。 それでも、たとえ厳しい雪道であったとしても1人で出かけるのはなぜか。その気持ちをどうやって伝えたらよいか私は日々考えている。今回の旅ではお互い鉄道好きということで「一人歩きができないことは常に指定席の列車に乗っているようなものだ」と言ったらどうらろうかという話になった。いつもガイドさんつきということは、なにをするにも「予約」。キャンセルしたらキャンセル料がとられるという生活になる。、「朝起きて、今日は天気いいから出かけてみようか」ということはできないし「会議が盛り上がって急に飲みに行く話が出たがガイドさん予約しているから帰らなければ」となるのだ。そのような状態は自由で充実した人生といえるのだろうか。
いくら歩けると言っても雪道の中知らないところに行くのは大変なのでS君は近所にお店や病院のある今の家を選んだという。札幌でも裏道に入ると、人が踏み固めた通路がない場所があるという。さらに、人が少なく、公共交通機関の減便や廃止が進む中小都市や町村部の視覚障害者がどのように生活しているのかは、全くわからなかった。
札幌でさえ、電車やバスの利便性が十分ではないようで、北関東のように、コンビニや食堂には駐車場が併設されている。また、。車社会が進むもう1つの原因として、障害の有無に関わらず、雪道を避けて車を利用する人が多いのではないかということも考えられるのではないだろうか。しかし、私たちは車を運転できない。せめて札幌や函館といった都市では、これ以上公共交通機関が縮小されないことを願うばかりである。
◇最後に旅を通じて平和を考える
S君の同行者が「横浜は雪がないだけでなく暖かいでしょう」とうらやましがっていた。たしかにデータ上では関東の方が温かい。しかし、実際に北海道へ行ってみると、それほど寒さを感じなかった。気温は上がってもマイナス1度程度だったが、建物のほとんどが二重窓で寒風が吹き込むことはなく、暖房も適切に効いていた。そのおかげで、私もコミュニティーバーというほっこりする雰囲気のバーでサワーやビールといった冷たい飲み物を平気で楽しむことができた。「北国の人は明るい」と言われることがあるが、それは寒さをしのぐ環境がしっかり整備されているから、寒さを恐れることなく楽しく暮らせるということを意味するのかもしれない。防寒設備が整い、燃料が安定して供給されるからこそ、快適な生活が成り立つのだ。
日中、不在にしている家では、マンションのように気密性の高い部屋でも、帰宅すると室温が1度近くまで下がっているという。私たちが立ち寄ったS君の家でもそうだったが、適切に排気が外に出せるよう設置された強力な石油暖房によって、またたく間に関東の室内と同じ温度まで暖まった。
しかし、世界には戦争や紛争の影響で、燃料や温かい住宅が十分に供給されない寒冷地もある。そうした地域では、人々が互いに励まし合いながら生きているとは思うが、明るく楽しい生活とは程遠い現実があるだろう。
住み慣れた地域で自分らしく生きていくためには、平和と、人々を大切にする政治が不可欠なのだと、今回の旅を通じて改めて実感した。
地元の視覚障害者に案内してもらったので、札幌の地理が少し頭に入った。おいしいお菓子をつくっているところや食事処も紹介してもらった。もっと理解を深め、大橋さんが読み上げているようにグルメや自然を楽しむためにまた訪れてみたいと思う。