2017年9月22日。

肝動注化学療法を行うための手術が終わりました。

足の付け根である鼠径部と言われるところから、

カテーテルを肝臓内まで挿入する手術でした。

そのカテーテル経由で肝臓に直接抗がん剤を投与する。

肝臓内にしか抗がん剤は行き渡らないため、

副作用は少なく、強い抗がん剤を使える。

この治療が理にかなった方法なのは間違いありません。

でもそれはあくまで肝臓に対する治療。

肺にも転移していた腫瘍は、

自分の存在を忘れるなと言わんばかりに、

急速に増悪し始めていました。

肝臓が良くても肺でやられる。

どちらの死に方が辛いのか。

そんな事まで考えてしまいました。

とにかく手術は終わった。

手術時間は大幅に延びて、

大量の出血はしたけど妻はまだ生きている。

これからが一番大事。

治療に集中したい。

妻の側にいて寄り添ってあげたい。

そんな矢先に。

娘の通う幼稚園の、秋の梨狩り遠足がありました。

幼稚園の遠足は親が同伴する必要があります。

本来であれば母親として妻が行くのが一番良い形だと思います。

それが難しい事は百も承知でしたが、

最後の最後まで可能性を捨てていませんでした。

妻が同伴した場合、

体調が悪くなるかもしれないから、

私たち家族は遠足が用意したバスではなく、

自家用車で現地に行って、どうしても体調が悪ければ早退する。

そういったプランを幼稚園に提案しようと考えた時もありました。

最後まで母親である事を全うしたいと思う気持ちは汲みたかったですが。

手術日も決まり、

また、せん妄も出現している状態ではさすがに幼稚園側に迷惑がかかる。

妻が一緒に参加するのは、さすがに無理があり、断念しました。

妻は病室でお留守番。

私と娘で秋の遠足に参加しました。

バスで現地に向かう道中、

私は妻の病状を気にしてばかりで、正直なところ上の空でした。

でも、娘や保護者の方々の前では険しい表情をする訳にもいきません。

無理やりでも笑顔を作り、楽しそうにしなければならない。

本来は楽しいはずの梨狩り遠足は、とても息重苦しいものでした。

でも、娘にとってはいい思い出になったと思います。

正直なところは置いておいて、

こんな時でも親というのは子供のために笑顔を作り出せるものです。

梨狩り園に向かう途中のバス内で写真を撮りました。

病室で一人過ごしている妻に、私達の写真を送る事で元気付けようと思って、必死の笑顔を作りました。

笑顔が必死過ぎて、正直あまり好きな写真ではありません。

遠足では大きな梨をいっぱい採りました。

後日、この梨をカットして妻の病室に持っていき、一緒に食べました。

普通のスーパーでは売ってないような大きな梨でしたが、本当に美味しかったです。

遠足が終わり、夕方には家に着きました。

さすがに疲れてしまい、この日は妻の病室に面会をする事は叶いませんでした。

子供も大事。妻も大事。

大事な物が多いほどのしかかる重圧。

妻はこの日一日、

独りぼっちでとても寂しい思いをしたと正直に言っていました。

遠足が終わり、一息ついて。

子供達を寝かしつけて。

ようやく妻の事だけを考える事が出来る時間。

一番気になっていたのは、

肝動注化学療法の開始がちゃんと出来ているのか。

妻の状態は一刻を争う状態でしたから、早く治療を開始して腫瘍を叩きたい。

昨日の老医師の話では、少量ずつ明日から開始する、と言っていた。

その話が真実であれば、もう肝動注を開始している頃だろう。

私は一息ついたあと、妻に電話をしました。

遠足が無事に終わったことや、

とてもいい思い出になったこと。

美味しい梨を後で持っていくことを伝えました。

そして気になる肝動注の治療は、

なぜか開始されていませんでした。

なぜ？

なぜ開始していない？

あれだけ大変な手術を乗り越えて。

一日を争う状態なのは知っているはずなのに。

苛々して妻に開始していない理由を電話越しに聞きました。

でも、はっきりとした理由を言ってくれませんでした。

せん妄が進んでいるから、というよりも。

生きていく気力がない。

だから病院側としっかりと会話する気力もない。

そんな気配を妻から感じました。

そんな事ではいけない！

A病院の治療方針にはまだ疑問の余地がある。

素直に受け入れていたら何も進まないかもしれない。

私は声を荒げました。

そして、看護師長をこの電話口に出すよう妻に言いました。

A病院の看護師長は、いわばこの病気の砦のような人でした。

医師が病棟に顔を出さない分、医師の代わりに患者の矢面に立つ役割も担っている。

なので、治療方針に関する会話をするなら看護師長しかいませんでした。

なぜ治療を開始していないのかを聞いた。

すると。

肝動注化学療法を開始出来ない理由は、

肝機能の状態にあるとのこと。

ビリルビンの値が非常に悪くなっており、肝臓そのものが肝動注による抗がん剤投与に耐えられない状態になっている。

5FUの点滴により、ビリルビンの値が回復してから治療を開始する方針である。

院長がそのように申している。

これ以上の落胆はありません。

何のための治療なのか？

何のための手術だったのか？

肝臓を救うために行ってきた事が、肝臓の状態のせいで出来ない。

ビリルビンの値だって今日になって分かった事ではない。

初めから治療出来ない事が分かっていたのか？

妻の体に大きな傷を付けておしまい？

私が無理に治療をお願いした結果だとでも言いたいのか？

ふざけるな！

私は激怒しました。

でもいくら怒っても無意味。

電話口ではもう何も出来ない。

そして私は、

肝動注化学療法を諦める事を考え始めました。

治療が出来ないのでは、A病院にいる意味がない。

妻は何の罪もない。

これ以上理不尽な環境に妻を置いておけば、ますますせん妄の症状が悪化する。

でもすぐは立ち去れない。

手術痕はまだ生々しく、大きな移動は難しい。

つまり、抜糸が出来る状態になるまでは身動きが出来ないという状況にある。

そして何より、治療を諦める事に対する妻の同意が必要だった。

もう治療は諦めよう。

残された時間を穏やかに過ごしていこう。

そんな提案を、果たして妻は納得するか。

でもちゃんと説明すれば、

きっと妻も理解してくれるはず。

そう思っていましたが、

妻の感情を納得させる必要は全くありませんでした。

なぜなら、

妻の感情は私の感情よりも、

激しく怒り、高ぶっていたからです。

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秋の遠足は上の空。治療延期に思わず激怒。