父が亡くなり4か月、まだ4か月だからか不意に涙がこみあげてくる。

不思議だ、老いて病魔に侵された父を汚いもののように見ていたのに、仮に生き返っても初日こそあーだこーだと話すけどその後は今まで通り年に2回しか会いに行かないだろう。

それでも悲しみと寂しさがね。

若い頃はみんなそうかもしれないけど自分は死なない、と少し思っていた、死んでも特別に何万年か後に再生されたり、そんな物語の主人公のようなものを描いていた、でも若いころに比べて体が衰えていったりで自分は人類の中で特別なわけではないと染みついてくる。

父があの年齢で亡くなったことや家系からすると私はあと何年生きられるか、では何をやっておきたいか、などと考える、みんなそうだよね。

そんな死との向き合い、人間は儚いな、なんてことを父と晩年話した、生きる理由もだけど、理由なんてあってもなくても不確かで広い宇宙の中では何もない。

そんな人間だけど人類が誕生したころから「埋葬」の習慣はある、今の私が感じている感覚はずっと共通で確実に引き継がれていくのだろう。