下の息子は『あばれる君』に憧れている。
ある日突然
「あばれる君になりたいから坊主にして!」と息子からお願いされた。
私は心の中で
え?坊主?やめて〜‼︎恥ずかしい。
と思った。
しかし、彼の熱意に負けてその日のうちに息子の頭を坊主にした。
息子は大喜び!
「あばれる君みたいでかっこいい‼︎」とキラキラしていた。
翌日、登園すると
かっこいい‼︎
ハゲだー‼︎
あばれる君みたい‼︎
とさまざまな反応が見られた。
息子はとても嬉しそうな顔していた。
自宅に帰ってからも
「僕はずーっとこの髪型にする」
とキラキラした目で話ていた。
私は、
坊主=恥ずかしい
と思っていた自分が恥ずかしくなった。
色々な人の反応を見ていると
坊主=恥ずかしい、ダサい
と感じるのは私だけでないようで、、、、
ママ友の中には
「この時代に坊主なんているんだ」
「かわいいけど、自分の子が坊主は嫌だな」
という人もいた。
一方で、、、、
「かわいい。子供が坊主にしたいって言ったら私も坊主にしよう!」
「こんな小さいのに自分がしたい髪型があるなんてすごいね!素敵!」
という人もいた。
私は『坊主』を通して学んだ。
髪型ひとつで人はさまざまな反応をとる。
バカにする人
その選択を素敵と言う人
どんな髪型も素敵だよ
あなたがなりたいあなたになって
ありのままのあなたでいいんだよ
と言ってあげられる母でありたいと思った。
※「この時代に坊主なんているんだ」
と言っていたママ友の子は
いつまで経っても
息子に「あばれる君だ!」と言っている。
何を思って言っているかはわからない
ポジティブなものか、
ネガティブなものか、、、、
『子供は親を見て育つ』
人それぞれものの見方感じ方はさまざま
『普通』ってなんだろう
私は自分が考える普通を大事にして
みんなと同じじゃなきゃと
個性を出すことに臆病になっていた。
その人らしさを持つこともわるくない。
誰に何を言われても
ぶれることなく
自分の髪型を気に入って
キラキラしている息子は素敵だ。