ありきたりな話から始まる物語 5 | 何もない明日

何もない明日

朗読人の独り言



少年  虫は弱くて小さい生き物だから…
     一匹の力なんて高が知れている。
少女  そりゃそうね。
少年  だから狙ってるんだよ。僕らの隙を。
     小さい石ころの陰で、台所の隅っこで、地面の下で。
     小さい目を光らせながら、いつも見てる。
     いつか、いつか僕らをあっと言わせる、
     僕らに復讐してやろうってね。
少女  ふーん…。今日は良く喋るのね。
     いつもは全然喋んないのに。


  少年、無言。


少女  でも、その虫って、あんたのことみたいじゃない。
     弱くて泣き虫で、自分一人じゃ何も出来やしない。
     …私は違うわ。私は人間。強くて頭のいい。
     あんたなんか、私が捕まえて標本にしてやる!
     (遊び半分なんだけど、すごく意地悪な感じに)


  少女、少年から虫捕り網を取り上げると、それで少年を
  叩き始める。逃げる少年、追いかける少女。


少年  痛いよ…止めてよ。


  少女、楽しそうに笑いながら追いかけ続ける。
  しばらくの間、二人の追いかけっこが続く。


少女  あっ…。


  帽子、沼へと落ちる。


  少女、沼へ向かって網を伸ばし、落ちそうな程身を乗り出す。
  少年、後ろからその姿をじっと見ている。


紳士  あなたはその時、何を考えていましたか?
少年  危ない、よ。(呟くように)
少女  平気よ!
会社員  何も…。
紳士  考えていたでしょう、たった一言。
少女  うーん…取れないわぁ。
会社員  彼女が危ないので、止めなくては、と…。
紳士  違うでしょう。
少年  …危ない。
紳士  言って御覧なさい。あなたの本当の心を。
    …さあ!  
少女  取れない。
少年  危ない。
会社員  止めなくては。
少女  取れない。
少年  危な……
少年・紳士  殺してやる!!


  少年、少女の背中を思いっきり押す。


会社員  違う!!…あれは夢だ…夢だ!!
紳士  その後、あなたがふと我に返って辺りを見渡すと、
     丁度少女が座っていた辺りに彼女の手提げ袋が落ちていた。
     あなたはそれを手に取り、沼に向かって投げようと…
     その時。


  ちゃりーん、という音とともに地面に落ちる懐中時計。
  少年、訝しげな顔をしてそれを手に取る。
  絶望的な表情の後、ゆっくりと沼の方へ顔を向ける。


紳士  彼女は、それを捨ててはいなかった。
     捨てたような振りをして、ずっと…持っていたんですね。


  会社員、力なくしゃがみこむ。




6へつづく