ジョゼのいつだってWCCF

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0102から蹴っている、ジョゼと申します。なんだかんだ言ったってWCCFから離れられません♪どうぞよろしくお願い致します。

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リベロ(伊: Libero、自由)とはスイーパーの別称。


特定のマークを持たず、基本的に「自由」な守備をし、チャンスのときには積極的に攻撃参加するディフェンダーがこのように呼ばれる。


まず、ベッケンバウアーが確立した「リベロ」のポジションを語る前に当時のサッカー戦術の常識を知ないと、彼が行った革新的な戦術を理解できません。


サッカー戦術は各自がボールを追いかけまわす創成期から、守備と攻撃の役割分担が行われ、次第にポジションの役割が確立されていくことになります。


ポジションの役割分担はある意味で今より厳密に定められ、FWは攻撃する人であり、DFはひたすら守備する人と考えられていました。


左右や中央の位置取りや前後に運動する範囲も決められ、これをチームプレーとして厳守することが常識であると考えられていました。


そのため味方が攻撃を受けてもFWは守備に必ずしも参加することなく前線に残る戦術も常識的でしたし、攻撃中にDFが参加するのも例外的とも考えられていました。


そこでリベロの話に戻ります。


そもそもリベロとは自由人を意味するイタリア語で当然このポジションはイタリアでまず発明されました。


ただしイタリアで出来た頃のリベロは現在ベッケンバウアーが確立したリベロとはやや趣旨が違います。


イタリア代表の伝統戦術は「カテナチオ(鍵)」と呼ばれるもので、5-3-2システムです


5人のDFの配置がフラットに5人ではなく、4人のフラットDFの後ろにさらにもう一人DFが最後尾に位置するものです。


現在ではリベロというよりスイーパーと呼んだ方がピッタリ来るシステムです。


リベロと名づけられたのはフラットなDFの後ろを左右のポジションの拘束から離れて自由に動き回るからだと考えています。


それと違い、ベッケンバウアーのリベロは本家イタリアの左右だけではなく前後も自由にした所に革新的な意味があります。


つまりDFの攻撃参加を積極的に行ったのが驚異的だったのです。


当時のDFとは「相手の攻撃を確実に防ぐ」のみに存在しており、とくにフルバックの選手の攻撃参加などは非常識と考えられ、結局攻撃とはFWがするもので、守備的な選手はMFぐらいまでが攻撃に参加する選手であるのがサッカーの戦術である固く信じられていたのでした。


今でこそDFの選手のオーバーラップは当たり前ですが、当時のポジションの考え方からすると驚天動地のものであったのでしょう


ベッケンバウアーがさらに驚異的であったのは、現在の単なるオーバーラップ的な攻撃だけではなく、最後尾のスイーパーとしてボール奪取に成功すれば、キーパーを除く9人の選手を操る司令塔としてスイッチ出来たことも革命的だったと思われます。


ただし、ベッケンバウアーが確立したリベロに求められる運動量と技術は膨大なものです。


もともと本来の業務であるDF仕事は当然の事として確実に果たし、中盤の要としてのMFの業務を華麗なテクニックとともに遂行し、FWとして鋭い得点感覚を爆発させなければなりません。


つまりFWとしてシュートを放ってもカウンターを受ければすぐさま最後尾のスイーパーまで素早く戻りDFとしての仕事をこなし、また攻撃に転じれば敵ゴールまで怒涛のように攻め込む事が要求されます。


まさに自由人=リベロとしてフィールドを縦横無尽に駆け回るポジションですが、これほどの運動量、テクニックを併せ持つ事はベッケンバウアーをもってのみ可能なことであり、彼はリベロの確立者、完成者であるとされていますが、今もって彼をしのぐリベロは存在しないとされているのはその様な選手が現れることが如何に難しいことかを物語っています。


所属クラブ:FCバイエルン・ミュンヘン

ポジション:DF

国籍:ドイツ

SKILL:皇帝

KP:フリーロール


【選手紹介】

ディフェンスの中心を司りながら、機を見て攻撃にも参加。

リベロという役割を確立した「皇帝」はキャプテンとして、また指揮官としてもドイツにW杯の栄冠をもたらし、近代フットボールに大きな影響を与えた。


【備考】

西ドイツサッカー史上にさん然と輝く70年代最高のスーパースター。


イタリア語で「リベロ=自由の人」と名付けられたこのポジションに命を吹き込み、後世のサッカー戦術を大きな影響を与えた


64年に19才でバイエルン・ミュンヘンに入団

73-74、74-75、75-76と3年連続でUEFAチャンピオンズカップで優勝。

76-77シーズンまで在籍し、国内タイトルと合わせて数々の優勝カップを掲げる。


ヨーロッパで全てのタイトルを取り終えると、1977年にサッカー不毛の地アメリカのニューヨーク・コスモスへと旅立つ。


しかし、ここで幸運にもサッカー界の神様ペレとプレーする機会を得ることとなる。

ペレと共にプレーした期間はたった1年間だが、本人曰く「最も凝縮された1年間」と語っている。


代表デビューは1965年。

弱冠20歳で西ドイツ代表としてデビューを飾る。


1996年に行われたW杯・イングランドでは西ドイツのキーマンとして攻守に大活躍。

スイス戦で2ゴール、ウルグアイ戦で1ゴール、そして準決勝のソ連戦で伝説のGKレフ・ヤシンを相手に20メートルのミドルシュートを叩き込む。

ベッケンバウアーの活躍によって西ドイツは決勝まで勝ち進み、敗れはしたものの決勝戦でイングランドのエースであったボビー・チャールトンを完璧に押さえこんだ。


1970年に行われたW杯・メキシコ。

俗に「アステカの死闘」と呼ばれた準決勝イタリア戦。

ベッケンバウアーは延長戦に入る直前に相手選手の悪質なタックルにより右肩を脱臼。

ピッチの外に運び込まれ試合続行は困難と思われたが、肩をバンテージでぐるぐる巻きにし、無理やり固定して延長戦を戦い抜いた。

西ドイツは同点に追いついた直後に再び勝ち越され準決勝で涙を飲んだが、ベッケンバウアーの気迫は世界中の人々に感動を与えた。


1972年に行われた欧州選手権では西ドイツ史上最強との呼び声高いチームを創り上げる。

優勝を果たしたベッケンバウアーが概念を打ち立てたリベロの存在がクローズアップされ、攻撃に参加しゲームの指揮を執るDFは欧州選手権優勝を果たし同年のバロンドールを獲得。

ピッチ上の全てのプレーヤーを意のままに操るその姿は「ピッチ上の最高権力者」、つまり「皇帝」と呼ばれるようになり、バイエルンでもUEFAチャンピオンズカップ優勝を果たすまでに昇り詰めた。


1974年に母国西ドイツで行われたW杯ではクラブレベルでもライバルだったヨハン・クライフと西ドイツ代表vsオランダ代表という形で激突。

完璧な試合運びでクライフをゲームから消し、遂にベッケンバウアーのチームが世界一に輝く。


しかし、現役引退後も彼の物語はまだまだ終わらない。

今度は監督として非凡な才能を発揮し始める。


1986年のW杯・メキシコでは西ドイツ代表を率い決勝進出を果たす。


1990年には監督として2度目のW杯・イタリアでは前回大会の決勝で敗れたアルゼンチンを退け、ドイツ代表を3度目の優勝に導き、選手監督双方でW杯を制覇する


なお選手と監督双方でワールドカップ制覇を経験したのはブラジルのマリオ・ザガロに次いで2人目


ベッケンバウアーは本来は監督のライセンスを持っていなかったが、西ドイツサッカー協会はチームシェフという特別な役職を彼に与え、西ドイツ3度目となる世界制覇を成し遂げたのである。


その後、バイエルンの会長ドイツサッカー協会副会長を勤め、2006年ワールドカップ招致委員会会長を兼任


数え切れないほど多くの肩書きを背負い、多忙な勝者の毎日を過ごしているのである。


【能力参考値】

OFE

オフェンス・・・82

シュート精度・・・84

シュートテクニック・・・78

ヘディング・・・75


DFE

ディフェンス・・・92

レスポンス・・・88

攻撃性・・・80

連携・・・95


TEC

ドリブル精度・・・88

ショートパス精度・・・90

ロングパス精度・・・89

テクニック・・・90


POW

身長・・・181cm

ボディバランス・・・78

シュート力・・・86

ジャンプ・・・76


SPE

トップスピード・・・80

加速力・・・82

敏捷性・・・78

ドリブルスピード・・・82


STA

スタミナ・・・82

メンタリティ・・・85

コンディション安定度・・・6

ケガの耐性・・・A


【パフォーマンス】

DFライン統率、スルーパス、アウトサイド、積極攻撃、ピンポイントパス、ゲームメーカー、ドリブルキープ、ミドルシュート


【ポジション適正】

DMF、CB、SW


【考察】

卓越した守備選手として留まることなく、機を心得た攻撃参加と抜群のテクニックで、チームを勝利に導くオーガナイザー。


フットボールを熟知し、的確な状況判断で勝利の糸を手繰り寄せる選手や監督が居れば、チームにとってこれほど頼れる者は居ないのではないでしょうか?


しかし、W杯に優勝し、さらに欧州選手権でも優勝したにも関わらず、その年のバロンドールはヨハン・クライフが獲得。


ベッケンバウアーは「私はこれ以上何をすればいいのか」と漏らしたことも・・・。


確かにマラドーナやクライフの様に超人的なテクニックを持つ選手が、相手組織を破壊していくプレーもフットボールの魅力ですが、完璧に組織化されたチームのプレーも観る人達によっては垂涎されるべきことだと思います。


その為、最後はベッケンバウアーの名言で締めたいと思います・・・。



「強い者が勝つのではない、勝った者が強いのだ。



予測数値A15/20/18/15/15/1699

予測数値B14/20/18/15/15/1799

自分ならこうだ!と思われたら、コメントをお待ちしております♪


201010月から始めたこのブログ・・・。

気付いたら一年以上経っていた・・・

ということに今さら気が付きました(泣)


ヤル気あるんかい!と思われてもしょうがありませんが、私自身気まぐれBOY純情派なのでお許しを・・・。

前にも書いたかもしれませんが、ブログは書き始めると楽しいものです。


今までWCCFに対して思い出や妄想など形に残ることはありませんが、ブログを書くことで記録として残せますし、自分のイメージが具体的に整理出来るので、更新するとスッキリした気持ちになります。

(読まれている方々がスッキリされているかは別として・・・)


反面、書きたい気持ちや企画はあるけれど、仕事や時期的に更新がままならず、思いのままで終わってしまう機会も多々有ありました・・・。



ちなみに少し検証してみると・・・?


2012年に書いた総記事数は112件(約3日に1回位のペース)


一番多い月で2月の19件(約3日に2回ペース!)


一番少ない月で10月の3件(約10日に1回ペース・・・涙)




数字でみるといかに気まぐれかということがよく解ります・・・(呆)


でも根は純情なので許してください。←マダイウカ・・・!


来年はなるべく安定して更新すると共に、記事の内容や書き方なども研鑽していきたいなぁと思います。


そんな私に懲りず来年もお付き合いのほど宜しくお願い致します。



今年もあと僅かですが、皆様良いお年を・・・。