《 はじめに、、、 》
人には「相性」という、抗いがたい波がある。
古来、人は星や干支、あるいは九星気学といった智慧を用いて、
自らの宿命と先々の行路を見通そうとしてきた。
人は皆、何かしらの宿命を背負って生まれてくる。
その行路には、
想定を超える高い山や
荒れ狂う波が立ちはだかり、
時には、
人生という断崖絶壁まで
追い詰められることもあるだろう。
だが、そこはただ絶望する場ではない。
そこは、
降りしきる風雪をじっと堪える場
なのだと思う。
人生において、
一点の曇りもない順風満帆など
あり得ない。
吹き荒れる風雪を堪えに堪え、
その果てに辿り着いた境地。
それこそ、
その人が積み上げた努力と精神が
昇華した「賜物」に他ならない。
ましてや、
夫婦という深い縁(えにし)においては、なおさらである。
最初は睦まじく見えた二人も、
歳月を重ねる中で宿命の荒波に揉まれ、
離れ離れになることもあるだろう。
もし、
生まれ持った性質が観相学的に
「最悪の相性」だったとしたら――。
それは周囲から見れば、出口のない地獄の入り口に見えるのかもしれない。
確かに、地獄かもしれない。
しかし、
そこには占いの結果だけでは
決して測ることのできない
「人の理性」が存在する。
共に過ごした膨大な年月が、
人を鍛え、関係を磨き上げ、
宿命を運命へと変えていく。
最悪の相性を
背負った二人が結ばれた時。
そして、禍福(かふく)の荒波を
共に乗り越えた時、
その物語は
どのような結末を迎えるのか。
静かに流れる水を宿した
「一白水星」の卯歳の夫。
どっしりと山のごとく構える
「八白土星」の寅歳の妻。
九星気学において、
土が水を濁らせ、堰き止める
「土剋水(どこくすい)」
という相克の関係。
本来、
決して混じり合うことのない
二つの星が、
いかにして一つの景色を
創り上げるのか、、、