モグライズム
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なかったことになる

すでに起こってしまったことを、無かったことにする、なんてことはできっこない。

年越しは一人だった。

もちろん男はいるの、でも会えなかったの、仕方ないの、と自分を甘やかしながら、日付が変わるのを待っていた。

男は実家に帰っていたのだ。私を置いて。

そして、間も無く新たな年になろうかというとき、彼から連絡が。

年が変わっても、これからも仲良くやっていこうね、という言葉を期待する私。

しかし、実際には、
「新しい年になるんだから、これまでのことをきちんとしなきゃ。ということで、なかったことにしよう」
と言われた私。

日付が変わったのに、新しい気持ちにもなれず、なかったことにもならない。

ふと気づくと、一人で大笑いしていた。

勝ったら負け、モンスター

昨年まで付き合っていた年下の男とよりを戻したのが春。
いきなり連絡が来て、いきなりセックスして、いきなりやり直そうと持ちかけられた。

私は狂喜した。
捨てられた側からすれば夢にまで見た展開ではないだろうか。

私は狂喜した。
男は復縁の理由を語らなかったが、何の支障があるというのだ。

私は狂喜した。
私のことが忘れられなかったの?
私のこと好きでいてくれたの?

私は狂喜した。
今度こそ終わらない何かを築き上げるのだと心が弾んだ。



しかしながら、過去の裏切りが浮かれた私を許さない。
何をどうやっても、彼がなぜ私と一緒にいたいと感じているのかが理解できない。


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自分の敵は自分。
けれど、自分を世界で一番甘やかしてくれるのも自分である。

自分の中にしつこく根付いた猜疑心、自己愛、欺瞞、嫉妬、劣等感。
甘い言葉で私を愛してくれ、この歳になるまで寄り添ってきた彼らの忠告よりも、何も語らぬ男を信用しろと言うのか。


そんなことが出来るはずがない。

私はまた一人になった。


さる占い師に、私は私を妥協させないかぎり、生涯独り身だろうと予言された。

そんなの愚かしい。

さ、婚活しよっ。

レスラー

あれから一年、私はプロレスラー志望の若者とお付き合いをした。
彼は身体が山のように大きくて毛深くて暖かくて、冬は快適だった。
けしてセンスは良くないし、学歴もないし、顔も十人並だし、良いのはセックスの強さだけだけど、私のことでよく泣いた。

泣く姿はとてもとても小さく見える。


何が悲しいの?



帰り道、車を避けようとしなかったでしょう、危なかった、死んじゃうと思った。




吐いた。

その瞬間、私は暖かさを、いとおしさを、洗いざらい捨てた。


センスがないやつは死んだ方がましだ。


就職祝い

先だって別れた年下の男から連絡が来た。
就職が決まったとのこと。

嬉しかった。
泣くかと思った。

私は別れた相手を憎んだり嫌ったりしない。
恋愛感情はすり減ってなくなっていくものだという考えには賛同するが、私は一度好きになった相手を別れた後も好きでいるし、連絡も取るし、気分がよければセックスもする。

付き合いはじめの激しい感情はないけれど、一定以上の緩やかな愛が、そこにはある。
だから「都合がいい存在だと思われてるよ」とか「やっぱ未練があるんじゃない」とかは違うと思っている。
所有したいという欲求がないので(私の方が都合がいいのかもしれない)、ただただ暑苦しくない程度に好きで居続けられるだけなのだ。

彼の就職祝いに何を買おうかな。

『ブラックスワン』

『ブラックスワン』をレイトショーで見た。しかも二回目。

何度見ても黒鳥に入れ替わるシーンは圧巻だ。
鳥肌が立つ。

ナタリー・ポートマンって、ああいうストイックな役柄が似合うなー。
さすが正統派。

それよりも、ウィノナ!
ウィノナ・ライダーがね……。
自分が置かれている状況や立場を理解して、あの役をやっているんだろうな。
正統派ではなかったにしろ、一時期は人気を集めて主演映画もたくさんあったのに、今は嫌味な端役かー。
現実ってのはやだねー。

夏へ

夜中から映画館に行って、家までビール片手に歩いて帰った。
途中で道を間違えて余計な時間がかかったけれど、夜道は楽しかった。

みんな、寝てる。

猫のケンカも、都会の星ひとつない空も、コンビニにたむろしている若者たちのほの暗い欲望も、夏の夜風の前では美しく見える。

友達は家に着いて早々に寝てしまったが、学生のような夜の使い方に、私は興奮して寝つけなかった。

夜、夜、夜、夜、夜!
私は夜の優しさを何度となく反芻した。

夏の夜を一人で家に閉じこもっているのは、本当にもったいないことだと思う。
私のスタンスとしては、楽しくて気持ちの良いことは貪欲に徹底的に追求していきたい。

これが冬の夜なら話が違う。
冬の夜には圧倒される。
誰かと一緒にいたいと思わされる。
肌のぬくもりや、人のあたたかさがないと生きていかれないと勘違いしてしまう。

けれど、今は夏だから。
私の身体から、生きる力がオーラのように放出されているのを感じる。
下らないしがらみや、下らない男に没頭しても、けして嫌じゃない。

早く海に行きたい。
山に登ったり、夏祭りに出かけたりしたい。
花火には浴衣で出かけよう。
鎌倉や浅草に行くのもいいかもしれない。

夏は私を心の底から楽しくさせる。
夏休み前の小学生のようだと我ながら思うが、何が悪いのか。

友達にそれを言ったら「安上がりでいいね」と言われた。
安くて結構!
お高く取り澄ましていたら、楽しめるものも楽しめないではないか。
私はこの季節を、飲み込むのだ。

異国より

イギリス人と同棲していたあの頃が、私の人生で最高の日々だったと思う。

二人ともお金がなくて(笑えるくらいなかったのだ)、ガスが停まって銭湯に行ったり、電気が停まって蝋燭で暮らしたりした。
それが若さだ!と思えるほどには余裕がなかったし、嫌味だが二人ともそれなりの育ちだったのでそんな貧乏生活に慣れておらず、自分たちの不甲斐なさを呪ったりした。
夜、蝋燭の灯りの中で、寝るかセックスするかしかなくて、彼はよく泣いていた。
わざわざ日本までやって来て、たまたまできた恋人のためにそこにとどまって、これまで世界をフラフラ遊んでさ迷っていたのに急に日本の会社に就職して、文化も習慣も違う中で頑張っていた彼に、私は何も応えられなかった。
日々をやり過ごすこととで精一杯で、彼に愛されることに傲慢だったのだ。
今はそう思う。

彼は平日は広告代理店でバリバリ働いて、週末はサーフィンやスノーボードやクラブに出かけていた。
私はお客がいなくて暇すぎるのに、たまに取材が来たり芸能人が来るようなバーで働いて、休みは本を読んだり映画を見て過ごしていた。
二人の中の取り決めがあって、それは日々を楽しむことだったのだ。
自分が嫌な気持ちになってまで、無理をすることはない。
無理を続ければどこかで歪みが生まれて、いつか取り返しがつかなくなる。
頭では理解していても、良い大人がそれを実践し続けるのはとても難しい。
私たちは子供のように私たちを取り巻く様々な世の中の汚さや後ろめたさから逃げていたし、それに追いつかれたら終わりだと思っていた。
その日暮らしと言われたらそれまでだが、だからこそ瞬間を大切にしていた。
だから、いつでもすぐに、愛を口にしたし、どこでもキスをした。


完結した日々に、終わりが来るのはいつも唐突だ。

私たちには関わりのないことだと思っていた不況の波が、彼の仕事を奪ったのだ。
そこからの展開は早かった。
彼の就労ビザが観光ビザに切り替わって、あっという間に期限が切れてイギリスに帰らざるを得なくなった。
彼は毎日泣いていたが、私も打開策を見つけることもできないほどに幼くて、彼を失うという概念は幕のひとつ向こう側に置いてきてしまっていた。

彼と一緒にイギリスに渡ることは考えなかった。
彼は結婚しようと持ちかけてきたが、私は英語が話せないし、何より、日本が好きなのだ。
日本から離れたくないというこだわりにとらわれて、彼を失った。

五年も昔の話。
私はあの頃の日々を忘れないが、感覚としては忘れていくのだろう。
そして、彼と過ごした日々を、他の誰かとなぞることになるのだろう。

彼もイギリスで、自分の生まれ育った国で、愛する人々に囲まれながら、遠く離れた私のことはあまり考えないようになる。

けれど、ふとしたきっかけで、あの日々を思い出す。

そして、今のところ、それは一年に一度くらいの周期で、思い出したように彼から「日本に行くよ」と連絡が来るのだ。
日本に帰ってきたときの、あの笑顔。

終わらないものも、あるのだ。

顔を見る

ここ数年電車の中の顔ぶれは変わらない。
数年間、見慣れた顔、顔、顔、顔。
新入社員や学生たちは気がつけば、いつの間にやら姿を消す。
若い彼(彼女)らの乗る時間帯ではないのだ、きっと。

毎日顔を合わせるのに、その人たちの人となりを何も知らないというのは考えてみれば不思議なものだ。
どこで何をしているんだろう。

彼はその人々の中で際立って目立っていた。
金髪でパンク少年のように短い髪を立たせていて。
色黒で背が高く、肩幅が広い。
黒いスーツが似合っているが、私服のときもある。
顔立ちは幼顔だが整っている、にもかかわらずどこか呆けて見える。
何の職業なのか検討もつかないが、これだけ見た目がよければ結婚しているか、さもなければ大切な人がいるんだろうな。
年の頃は三十代前半だろうから、その年でこの外見、服装ということは会社勤めの堅気ではないのかもしれない。

私は見ず知らずの人の日々をよく妄想する。
その人の顔をじっと見つめてしまうので、頭のおかしな人間か、もしくは(そういう場合もあるけれど)気があるのだと勘違いされることもある。
ただ、その彼は見られることに慣れているのか私に興味がないのか、彼の側から私に視線を送ってくることはなかった。

ある日、私が職場近くのコンビニで買い物をしていると、自動ドアの向かいに彼がいた。
「あー、電車の人だ」と驚いた。
かっこいい男の人を見れて嬉しいなあ、職場は近くなのかなー、近場で会うのも気まずいなー、話しかけられたらかなり嬉しいけど、ランチの時間は限られてるしなー!といい加減に考えていた。

彼も「あれ?この人どこで見たことあるんだろう?」という顔だったが、同僚とおぼしき連れがいたのもあってか、やはり私に関心がないのか、それ以上視線が交錯することはなく。



それがどうしたと言わんばかりの話だが、次の日の夜には、私は彼とビールを飲んで、軽く酔ったところで、キスをしていたのだから人生とは不思議なものだ。

こんな外見なのだから経験も豊富なのだろうに、高校生のような素朴なキスだった。
物足りなかったが、焦らすことも大切だろうし、彼の酔った判断能力に委ねるには月曜の夜10時は相応しくないだろうと思ったのでセックスはしなかったが、去り際にもう一度キスをして別れた。
やはり高校生のような人なのだろう。


夏の力は恐ろしいものだ。
私は高校生のような純真さもないし、あんな輝くような若さももちろんいらないけれど、まだ、私の中に、キスだけで心が揺らぐような弱い部分があったなんて。

笑えるではないか。
いじらしい私の弱さ。

綺麗なものは綺麗なままに

テレビ局に勤める男と知り合った。
業界用語を羅列する彼を見ていて、人と人が分かり合うというのは土台無理なのかもしれないと思った。

私はドラマを見ない。
バラエティも見ないし、スポーツ番組も見ない。
ニュースですら下手すれば一週間に一度見るかどうかだ。
テレビに向き合っている時間は一年を通しても24時間もないだろう。
私にとってテレビは新しい知識を教えてくれる魔法の箱ではないし、寂しさを紛らわしてくれる友人でもない。

夏の新番組が始まり忙しくなると語る彼は、私の知らない言語と文化を持つ、遠く離れたよその星からやって来た存在だった。
彼は私の日々の暮らしには塵ほども影響しない。
私が彼を理解できないように、彼も私を理解できない。
お互いに個としてそこにあるけれど、干渉せず興味を持たず。


けれど彼と寝た。
スポーツのようだ。

インドの夏

日本の夏は涼しいわね。
どこを見ても聞いても節電節電で暑さに堪えられるか心配だったけれど、これなら問題ないみたい。

インドの暑さは尋常じゃないの。
どんなに人間が頑張っても自然にはかなわないと痛感するほどの、熱。
あまりの熱気で通りに人気がなくなっているのに、ものが腐る臭いや汗や果物やけものの臭いやゴミや淀んだ河の臭い、そう、言ってみれば生と死がごちゃ混ぜになった臭いがそこら中に広がってるの。

私も初めてそれを体験したときは吐くかと思ったわ。
鼻から入った激臭が胃を刺激して、食べたものが喉元を行ったり来たりしてさ。
もどしちゃえば楽だったのに、日本人の気質なのか、素面で誰が見てるかわからないような場所でゲロゲロできないわけよ。
頭ではホテルまで戻ればなんとかなる、ホテルまで戻ればなんとかって思って、ホテルの信じられないぐらい大きくて涼しいエアコン目指して、ものすごい熱とものすごい臭気の中を口元を押さえながらフラフラ歩いていたの。

コーヒー牛乳みたいな色した濁った河では牛が水浴びをしていて、私も牛なら汚い水でも飛び込めたのに!羨ましい!って思ったわ。
インドでは牛は聖獣だから人間がみだりに殺すことはできなくて、牛たちも人間をバカにしていて傲慢に見えるほどなんだけど、あのときはちょうど河の向こうに夕日が沈もうとしていて、時間がそこだけ止まったかのようにのどかで美しかったのを覚えてる。

私は牛を横目にホテルに急いでいたけれど、頭は熱にやられて鼻は臭気にやられて、おまけに私があまりにインドの街の不慣れだったから、実はホテルとは真逆の方向に向かっていたらしいの。
さすがに三十分も歩けば、方向音痴で地図も読めない私でも道に迷ったことに気がついた。
あまり知らない国の、ほとんど知らない街で、しかも迷子だなんて!

愕然とした。


私の弱い、それでも誇らしいところは、こういうときにすぐ男に頼るところ。
すぐに先にインドに着いていた男に電話したわ。
携帯って便利だと思う。

彼はすぐ来てくれた。
黙ってホテルを抜け出したことを怒っていたけどね。

イギリス人だけあって、当たり前だけど英語はインドの公用語だから、言葉の壁なんて彼には存在していないわけで、頼りになって当然なんだけど。
それでも私は彼を好きで良かったと心から思って、彼が私を置いてイギリスに帰ってしまったことを改めて思い出して、彼の誠実さと不誠実さのボーダーラインが懐かしくて涙まで流しそうになったけれど、臭気のおかげで泣かずに済んだ。



という夢を見た。
インドなんて行ったことない。