生活歴(児童期)
私は、19**年8月2日に3,000gに満たず、未熟児として、生まれた。![]()
私は、普通の子供たちより発育が遅れてしまっている。
私の歩き方が、悪いだと気がつき、その症状は、「先天性脱臼」と診察された。![]()
4歳の頃、その手術を行った。3週間入院でした。
づいてに、耳が聞こえなくなったということが知ったのは、3歳ごろに耳の精密検査を行い、
それも「先天性難聴」ということも診察された。
補聴器を使い、遠い所の学校に通っていました。
さて、さて、私が、「女?」と気がついたのは、いつから始まったのは、はっきりしませんが、
小学の入学の時なのか、小学生の低学年のその辺りには、はっきりしています。
テレビを見ていたからね、女性のお洋服に憧れていたんですね。
◎服装は、どのようなものをきていましたか?どのような思いでしたか?
あくまで、普通の男の子の洋服です。 たまには、スカートを穿きたいと思うときがあった。
◎制服がありましたか?どのようにしていましたか?
制服らしいものはなかったのですが、私服ですね。
◎入学の時のランドセルの色は何色でしたか?どのような思いでしたか?
黒のランドセルでした。別に気にしませんでした。ただ嬉しさいっぱいで。
◎小学校の授業では?
○体育の着替えはどうしていましたか?
教室で着替えしていたと思う。
○水泳の時、水着はどうしていましたか?
男子用の水着を着ていた。
◎教師から男らしくしなさいと強く叱られたことがありますか?
あるそうなないそうな
◎両親から男らしくしなさいと強く叱られたことがありますか?
あります
◎小学生のごろのご自身の性格特徴は?どんな子供でしたか?
スポーツ大好きな子 歌手の真似をする子
次は、思春期・青年期です。
家族
うちの家族は、父、兄そして私、三人家族構成です。![]()
父親は、現在70代で、定年無職ですし、近くの畑で耕したり、頑張っています。![]()
母親は、平成17年3月16日に息を止めた。![]()
両親は、中学卒業で、高校に行ったことはないそうです。(@ ̄Д ̄@;)
196○年2月に両親が結ばれたそうです。
祖父母では、母方の両親は、私の生まれる前に亡くなられているので、世間では、知りませんが、しっかりした祖父母だったそうです。
その祖父母との間に生まれてきた8人の子供がいて、貧しい生活をされていたそうです。
父方の両親は、私の生きている間に、接待してるので、とても優しい祖父母でした。
その祖父母との間に生まれてきた7人の子供がいて、きっと幸せな生活していたんでしょうね。![]()
私の兄弟では、たった一人の兄がいます。2つ上の兄ですが、毎晩お仕事の帰りが遅くても、頑張っています。![]()
父とは、私は、1直勤務の時に、夕食だけ一緒に食べています。![]()
しかも、二・三直勤務の時に、一人で食べています。
両親は、一度も離婚はしていませんが、父は未亡人なんです。
母が生きている間に、時々喧嘩もありますね![]()
住居の状況は、新築3年目で2年前に母が亡くなり、現在は、父と兄と三人暮らし。
経済的安定度は、普通かも。父は、老人厚生年金、兄と私は、給料で使っている。
近隣(近所)との関係は、すぐ隣に叔父さんの家にある。
家庭がある地域の特徴は、市街地で、坂が多いし、S字カーブのあるところが多い。
という感じの我が家の状況です。![]()
次は、生活歴です。
GID診察日記1
10月15日(月)
今日は、サリーにとって、初診日でした。
場所は、埼玉県川越市にあるかわごえクリニックに行ってきた。
そのクリニックは、ジェンダー科だけじゃなく、ペイン、東洋医学
ジェンダー、こどものこころ、スポーツ医学など8科があり、
その中で、サリーは、ジェンダー科として、診察している。
クリニックの扉を潜り、受付へ。
初診なので、名前とかの手続きして、待合室へ案内された。
受付係が問診書の記し方を説明してくれ、2枚目のも
ありのままに書いてた。
見知らず女性が現していたのは、通訳者でした。
埼玉県聴覚障害者情報提供センターでの
手話通訳登録者らしいですが、その名は、Mさんでした。
サリーは、耳が聞こえないので、どうしても手話通訳
が必要ですよね。
サリーを呼んでくるまでの間、通訳のMさんといろいろ
話したりしました。
呼んできて、いよいよ診察室へ。
その先生は、ジェンダー精神専門医の塚田医師でした。
内容というと、あくまでカウンセリング...。
サリーの生まれた時から現在までの生い立ちに
ついて話したりしたりした。
自分が「女」と気がついたのは、7~8歳だったと思います。
その以前はあまり覚えていないのですが、その頃は
はっきりと覚えています。
その頃はテレビを見て、可愛い服を着ていることに憧れて、
女装への道に。
中学になって、学生服を着ていくことや、水泳パンツを穿いて
いくことを平気か、男として接したり、先輩からの虐めなど。
恋愛相手は、ほとんどが女性が多かった。
セックス相手も女性が多かったけど、現在は男性に求めて
こともあったし。
いろいろ話しました。
最後に希望する肉体改善については、
もし、性転換手術が希望するなら、
埼玉医学大学で性転換手術はやっているけど、
今は、ストップらしいです。来年内でもムリそうです。
そうするなら、外国でやってもらうしかないよね。
様子を見てから、次回から泌尿器科とかのクリニックを
紹介するとありました。
サリーにとっては、性転換するかはっきりしないけど、
もし、もう取ってしまったら、もう戻れないという
覚悟が必要でしょう。
埼玉医学大学かわごえクリニックのサイト
http://www.saitama-med.ac.jp/kc/index.html