いろんな意味で『so sick』。




いくつになった時に、自分の体が信用できなくなる??


それは、どんな時???




私は女性だから、女性の視点でしかないのだけど。


ほうれい線が目立ち始めた、とか、毛穴が目立つようになった、とか、疲れがとれない、とか。


ちょうど30歳の私、今、本当に自分の体が信用できなくなったところ。


病気になってしまい、もう一ヶ月。


特に不治の病ではないのだけど、治る気配がない。


病院に検査をしに通っているし、薬も飲んでいるのにも関わらず。


こんなこと、この年になるまではなかったから、体が衰えている事を実感せずにはいられない。


個人差は有ると思う。


私は、食に関しては、好き嫌いが激しく、運動もここ2年くらいはまともにしていない。


生活は、不規則になりがち。


他人より、衰えるのは早いだろうと思っていたけど、ここまで早いとさすがに困る。


体調が悪く、独りの身としては、夜、本当に切なくなる。


たまに、死の恐怖が襲ってくる。


といっても、具体的に『死』というものが、どういうものなのか、というのを考えるわけではないのだけれど、無性に怖くなる瞬間があって、思わず、涙がこぼれる。


周りの人間、特に、20代を一緒に過ごした友人には、「エイズじゃないの?」と冗談で言われる。


夜になると、冗談だと分かっていても、その恐怖が襲ってくる。




もし、自分が不治の病だったら??




『死』というものに思いを馳せた時、考える事は、自分の事より親の事、まわりの友人の事。


自分自身の『死』は、悲しみよりも恐怖が大きい。





または、自分ではなく、周りの人間が不治の病だったら??



その方が私にとって、悲しみが深い。


周りの人間の『死』について考えたとき、その人間の幸せを深く願う。


友人で有る限り、常に一緒にいる事は難しい。


辛い時間を抱えたときに、独りでいる事は、本当に苦しい。


だからこそ、共に時間を過ごしてくれる伴侶があって欲しいと思う。


その人が、孤独を感じないように、辛さを感じないように。




自分が辛いときほど、他人にやさしくなれるとは、言ったもんだ、と思う。


実際、今の私は他人の幸せを切に願っている。


私がいなくなっても、皆が幸せでありますように、と。


前述の通り、不治の病ではないから、私が幾許の命というわけではないのだけど。


病気の時間が長すぎて、弱気になっているだけ。




ただ、健康なときも、こういう事に思いを馳せ、優しい自分でいられたらいいなと思う。