発達凸凹の6歳と3歳の兄弟を育ているママの日記。
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小学2年生の長男。以前、家庭内で暴れ狂い危害を加え、幼い次男を抱きかかえ外に飛び出したのは両手では数えきれないほど。育てられないと何度も思った。でも今、感情の起伏はあるものの以前のような癇癪はなくなり穏やかになった長男を見て、嵐が過ぎ去ったような平和な日々を過ごしているとかつて辛かった日々が嘘のよう。でも、確かにあの辛い日々は存在して私よりも一番辛かったのは長男だと今は思0える。私たちはセンターに出会えて、療育に出会えて、先生方に支えられてあの日々をなんとか踏みとどまりながら育児ができた。そして今がある。穏やかになった長男だけれども、まだまだ親としての課題、本人の課題もある。2年生の終了式の日に1年間授業中に書いた作文を纏めたファイルを持ち耐えってきた。はじめて見る作文。そこには衝撃的な一言が書いてあった。学習発表会についての作文だ。踊りを一生懸命練習をしたこと、自分なりに工夫をして挑んだこと。そして保護者発表会を迎えたことが書いてあった。そして「親はそのことについて何も言いませんでした」と書いてありました。読んだ当初、「ん?どういうこと?」と意味がわからなくてだって私、発表会の後長男に何も言わなかったなんてことはないからどういうことかわからなくて聞きました。すると、長男は「発表会終わったあと、お母さんから何も言われていない」とのことでした。え?発表会の後、何も言わなかった?「すごいね」とか「頑張ったね」とか何かしらいったはずだけれど、、でも私も具体的な確かな記憶はなく、、。長男と面と向かって目を見てしっかりとほめたわけではない、、、。長男に声掛けしてはいるはずだけれど、おそらく長男も聞いていなくて、、私もきっと声をちょっとかけただけで終わってしまっていて、、、、。発表会は12月。長男もその場では言わず、長男の気持ちも知らぬまま今3月になってたまたま作文に書いていたからその事実を知ったわけで。。。一体全体、こんなことが日常で多々起こってしまっているのではないか、、、、、。どれだけこんなすれ違いみたいなことが起こっているのか想像もつかない。。。言ったつもりになっている私と、言われていないと記憶している長男。確かに、前に私が「もう知らない!」と怒ると「僕なんていなくなってもいいんだ」「もう首絞めて」と夫にわんわん泣いたこともあり、、、。このままでは不味い、、、、と。褒めたつもりのことも褒められたことになっていないし、長男の自己肯定感が、、、、、。それで、昔次男が通っていたときに療育の時間、何かができたときに高い高いをして「できたね」と褒めたことをふと思い出し、、、、長男が国語の2年生のまとめの漢字テストで100点をとって少しうれしそうにプリントを渡してきたときに(テストを嬉しそうに渡してくるのは珍しい)、もうかなり大きい長男を無理くり持ち上げてくるっと回して「すごいね!」とほめてみました。すると長男は「いつまでこんな風にしてくれるかな」と言ってひっそり嬉しそうにしていました。落ちつたように見えていた長男だけれども、あのときの激しさがなくなっただけでまだまだ心の中で思うことはいろいろきっとあって、それに私が気が付けていないだけなんだと、、、。私はよく考え事をして目の前のことに集中していないことも多いし、長男も話を聞いていないことも多いし、ちゃんとほめるときは向かい合って、体を使って褒めないと。あのときの次男と療育に通っていた時間があって、褒め方を思い出せてよかった。落ち着いたと思っていたけれど、まだまだ彼の特性(そして私の特性)を知って、ちゃんと向き合っていかないと、いつの間にか大きな大きな溝ができて取り返しのつかないことになってしまう、、と思った出来事でした。なので、平和ボケしていた私はまた気を取り直してまだまだ精進です。
最近の投稿をつらつらと。長男は、学校に楽しく通っている。通常級に入ってもう前から普通級だったかのようになじんでおり、特に問題もなく、いわゆる「ふつうの子」として小学生をしている。毎日隙あれば遊ぶ約束をしてきて、学校帰ったらランドセルを投げ出して遊びに行っている。習い事はサッカーと公文、そして時々オンライン英会話。サッカーは少年団ではなくサッカー教室でゆるゆると楽しくやっている。」公文は先生に褒められてなんとかやる気を保っているものの時々「辞めたい」となるが、計算をすることは得意なようで本当に嫌ではないような気がする。何より学校以外の場で心から先生から「すごいね!」と言ってもらえる場は親も子も貴重。彼は計算が得意だから、単純に得意を伸ばしてほしくて通わせているけれど公文そこそこやったらもっと違う「得意」も見つけさせてあげたいな。漫画を描くのがとても好きだし、デジタルツールがとっても好きだから、そのうちスクラッチとか使えるように習わせてあげたい。想像力が豊かなので、その想像力を表現する手段を身に着けさせてあげたいな。絵画教室は年長の頃に通って失敗しているのですが、きっとデジタルならいける気がする。cahtGPT を作っているOpenAI社が動画生成AIのSORAを開発したらしい、それがめちゃめちゃすごいんだってという話をしたら、「それ僕使ってみたい!」って興味を示してた。これからの世代はおもちゃとしてAIを使っていくのがきっといいんじゃないかな。物心ついたときからスマホがあったのがZ世代ならば、物心ついたついたときからAIがあるのが次の世代なんだろうな。我が家にいるアレクサの誕生日のお祝いしたいと長男が言い出して誕生日をみんなで祝ったこともあったし、そういう近しい存在なんだろうな。今はおかげ様で落ち着いているので、こういった得意を伸ばすみたいな余裕もできて本当平和のありがたさ実感する。次男の方は、今はいろんなスポーツをやる教室で野球やらサッカーをやっているけれど親のひいき目もあるだろうけれど、何やってもうまいんじゃないかな!なぜうまいって、どんな姿勢になっても崩れなくていわゆる体幹がよい!!2歳から療育に通って感覚統合をやってもらったおかげなんじゃないかと思うのですだって2歳まではグラグラしてたし。体幹があると運動ってこんなに差がつくんだって驚いています。彼は、運動に秀でているので何かしらのスポーツで得意を伸ばしてほしいし、なおかつ教えたことを素直にできる&コツコツした努力ができるのが彼のいいところなので、勉強もスポーツもコツコツした努力でうまくなれるんじゃないかな。いずれにしても子供への投資って楽しい。平和ってありがたい!
次男の療育の面談でした。発達検査、新版k式の結果と療育に関する面談で、発達検査の結果はばらつきも無く、平均より全体的に上で検査上では気になる面、困難さは無いと。最近、レゴがうまくできない、風邪で鼻水が出る、消しゴムがまた見当たらない、絵が上手く描けないといった些細なことで頭をブンブン自分で叩いたり、床に打ちつけたりする次男。そのことを相談しました。感受性が豊かで繊細なところと、言語能力がまだそれに見合っておらず、言語化が難しくてどうしたらよいかわからなくなっての行動では。との見解でした。言語化を手伝ってあげたらよいとのお話しで、おお、ここでも気持ちの代弁か!と、最近なかなかできていなかった気持ちの代弁、ここでもまた大切さを痛感しました。いや、大切なのは知識として知っているのに、なかなか日常忘れてしまいます。。。 そして、担任の先生との面談では、優等生タイプで一見問題がないように見える次男が抱える繊細な気持ちをすごく理解して下さって、とても次男に寄り添った療育をしてくださっていたことがお話していて随時感じ、(母子分離なので普段療育をみることはないので)、本当にありがたいなぁと。絵が苦手な次男。それは、間違うのが苦手、自分の理想ができないとすぐにもうダメだとなる、兄のようにできないことへの劣等感など、いろいろな理由があり、、それを無くすために、まずはホワイトボードで間違えてもすぐに消せるような環境でお絵描きあそびからはじめてくれさそう。少しずつ紙に移行し、(紙質への、こだわりなどもあるのでそこも配慮して)先生と二人三脚で大好きなにゃんこ大戦争の絵を少しずつかいていって、最後には療育の時間一ヶ月かけて大きなポスターににゃんこ大戦争を描くくらい大作の絵を書くようになりました。最近家でもよく絵を描いて遊んでいるのですが、それは療育で少しずつお絵描きの楽しさを広げてくれていた結果だったのかー!と本当ありがたや。以下メモとして。次男はわかりやすく褒められるのが嫌い。苦手なことをやっているときは注目されたくなくて部屋の隅でやる。紙飛行機を、自信満々で作ったけれどうまく飛ばなかったときに能面のように表情がさーっと暗くなった。「回転飛行機だね」と先生の声かけで、表情がパッと明るくなった。自信を無くしやすいけれど、声かけで持ち直せる。↑いえではなかなかできないけれど、次男の表情に注目したいと思った。「次男くんは感情が表情にでやすくてわかりやすいですね」と言われたけれど、親の私はあまり実感なく。。そういえば私はあんまり表情を見ていない気がする。。。。(親が、子供の表情ちゃんとみてるかみてないかって子供の育ちに大きな影響あたえるよね。このあたりが闇が深い。。。)長男は今の居住地で良い療育先と巡り会えなかったけれど、次男はめぐりあえて良かった。長男は一年半通ったけれど、その間実施された面談はだったの一回で、しかも「通所回数増やしてください」の内容の面談。何か相談したら「週一回の通所だと時間が少なくてわかりません」と言われて、終了。個別支援計画は毎回、親に書くところたくさんのプリント(今の課題とか、どうなってほしいかとかを親が書く)渡されて支援目標も「お子さんと目標を設定して提出してください」だったし、本当同じ療育でも雲泥の差だなと。これでも制度上は同じ料金になるかと思うと、やるせない。センターの先生方のように、本当に親身になってくれた先生方には感謝しきりなのですが、利用者としては本当の意味で支援をしてくださる施設、職員の方々にもっと何かあればいいのにと願うばかりです。
最近の長男、支援を受けるというステージから少しずつ目下、得意なものをみつけ伸ばすステージにきているのではと思っています。得意を伸ばすこと、得意で生きていくこと。幸せに生きるために必要なことと思います。(今、フルリモートで一人で仕事をしていますが、私の得意な仕事+在宅で一人なのでマルチタスク無しでかなり快適。これまでの私と別人格のごとく評価され、本当に自分にあった環境で自分の得意な仕事をする大切さを身にしみて感じています。家事が全然できずボロクソに言われていた自分から自己肯定感が復活しました。是非自分で得意なことを見つけて仕事にしてほしい!)こちらのブログ、凹凸がある子供の好きなものを伸ばすためにはというテーマで書かれており、非常にささりました。荒れることを恐れて何もさせないのではなく、本人の負担との調整を気をつけながら色々やらせてあげよう。と、思った次第。今は、本人の希望でサッカー(少年団ではなく技術はあまり求めず、褒めて伸ばす的サッカー教室。長男にはピッタリ)やっていますが、親からすると好きではあるけど、長男の得意な分野かどうかには疑問も。本人のやる気がある限り続させてあげますが、それとは別にもはや私も、一番強いじいじもかなわなくなった将棋とか苦もなくできていること=得意を伸ばすのがいい気がする。子供が「なんかおかしい」というところから療育を受ける、支援につながるまで親はマネージメント的な要素が大きかったように思うけれど、このときの経験生かして一喜一憂せず、足で稼いで行動して、観察して、親のカン信じて進んでいきたいな。
先月、支援級からふつうき普通級にうつり、放課後等デイサービスをやめ、習い事を始めた長男。錯覚で普通の子になったような気になるけれども、当たり前だけれど長男の特性はあるわけで、それは家の中で弱い次男に向かう(暴言での攻撃)。「あれもこれも身につけさせたい」と親としての欲目にくらまないよう、自戒の念を忘れずにいないと。長男の良いところを伸ばしたいだけど無理はさせたくないバランスバランス。次男は次男で最近幼稚園の発表会前で荒れ気味。発表会といっても長男が通った園に比べたら10分の一くらいの難易度なんだけど、「発表会の練習いや」「“きおつけピッ”ばっかり。。」←表現がかわいいとお風呂でこぼしていた。幼稚園行く前に暴れるでもなく、お風呂場で自分の気持ちを的確に表現できるところが次男のすごいところなんだけれども、(私から見て)幼稚園生活における優等生タイプの次男でも、難易度ゆるめ発表会でも発表会って子供には負担なのだなぁと。次男の幼稚園劇 セリフなし、テープ音声に合わせて動きのみ歌一曲長男の幼稚園劇全編セリフ有り、舞台上でセリフ忘れるとかありえない。みんな完璧な仕上がり踊りこれまた難易度高い踊り。年中以降はジャンボリーミッキーとかそんなのじゃなくてもっと専門性高い踊り楽器ハーモニカや太鼓、トライアングルなど様々な楽器が登場歌馴染みのない難しい歌を2曲歌う↑これを長男やっていたんだけど、今思えばこんなにすごい難易度高いことよくやっていたよなぁと。。。引っ越し後幼稚園は2個その後通ったけれどどちらも、子供が舞台から親に手を振ったり、やること忘れた子を先生がフォローしたりするゆったり発表会で、小学校なんて幼稚園よりも更にあっさりしたもので本当長男の園は異次元だったように思う。。、今更ながらあの当時の長男と私たち親子、、よくやったよ。。。。というギュッと抱きしめたい気持ち。。、なんというか、子供は置かれた環境で頑張るしかないわけで、親はその子の様子を観察して調整をしっかりしておかないとと過去を振り返って思うのです。
この週末、以前住んでいた思い出の土地に里帰り(?)的にで行ってきました。夕方のお忙しい中、私たち親子にお時間くださった先生方、本当にありがとうございました。子供達の成長した姿をみていただけたらと思いましたが、懐かしの場所にきてテンション上がった子供たち、なんら昔と変わっておらず!!!当時のままでした(^_^;)残念ながらお会いできなかった先生からもお手紙いただき、ありがとうございました。今も当時と変わらず優しく頼もしい先生方と会えて、私もパワーをたくさん頂きました!ありがとうございました!また、お会いできる日を楽しみにしております。このブログも見ていてくださるとのことで、細々ながら更新してこうと思います!!金曜は幼稚園にも寄ってみたら、なんと偶然当時の担任の先生にも会えました!土曜は、麦音で朝ごはん、前住んでいたところ探索、児童館、科学館、グリーンパーク、音更、音更道の駅、平和園、やよいの湯と思い出の地たくさんめぐり、覚えているかあやしかった次男も、訪れるたびに「あ、ここ好きなところだー」と思い出して楽しんでいました。長男は、去年に比べてどこはいっていっても落ち着いていて、思春期のかおりというか、少しずつお兄さんになってきたなぁーと。本当、食べ物は美味しいし、大きい公園たくさんあるし、無料で遊べる施設もあるし(児童館は一時期週3くらいで通った!)、銭湯でも十分温泉が楽しめるし、本当良いところだなーと!大好きな場所です!「ずっと帯広にいたかったなぁ」と長男がいつかつぶやいたことありました。そうだよね、君にとって大事な場所、大好きな場所やお友達がたくさんあったよね。転勤族の子の宿命とはいえ、せつない思いもしている長男。家族にとって思い出の場所なので、また来ようと思います!
朝おきてキッチンで茶碗洗いをしていたらパジャマを着た次男が眠い目をこすりながら起きてきて「起きたらお母さんがいなくて驚いたの」といって抱きついてきた。かわいいなぁ。長男は昨晩寝る時に「お母さんのパジャマがふかふかしていい匂いだからお母さんのパジャマ着てねる」といって私のパジャマを自分のパジャマの上に重ねて着て寝ていた。先週インフルエンザで一週間学校を休んだときも私のパジャマを着ていていた。かわいいなぁ。親バカながら、我が子は2人共ニコニコニコニコしていてかわいい。2人がコロコロひっついているのもかわいい。ニコニコした顔が二つあって、その笑顔が私に向けられる。かわいいなぁ。つい数年前は、「子供が可愛いと思えない。つらい」といって、療育の先生に泣きながら訴えた。あの頃は癇癪が多く、荒れた長男にどう接していいかもわからず、ただただ大変で幼稚園終わってから帰ってくる長男と過ごす時間が苦痛だった。あの当時を思うと今の「あぁ、かわいいなぁ」で溢れている今の穏やかな日々が嘘のようだ。今回インフルエンザにかかったのは次男が発端で、次に私、長男と次々に罹患したのですが、次男の次に私が発熱して寝込んでいたときのこと。夜私が起きると長男のテンションがおかしなことに。。。。椅子の上に乗って飛び回ったり、奇声をあげたり、危ないということを何度も繰り返して、「やめて」と言っても親の声は一切届かず、ケタケタ笑うばかり。ネジが一本なくしてしまったようなそんなおかしなテンション。危ないから夫も何度も注意していて、わたしも「どうしたの」と聞いても全然止まらない。長男の身体をつかまえて、どうしたのとだきしめて「ずっと、家にいて(お父さんから)たくさん怒られて嫌になっちゃった❓」ときいたらバタバタしていた身体から力がぬけてシュンとしながら「誰も僕のこと構ってくれなくて寂しかった」と話してくれました。長男ももう小学二年生。DVDを見て楽しそうにしていたし、弟が熱をでてそれにかかりきりだからと言って、荒れるほど寂しがるとはつゆも思わず。寂しくてこんなふうに親の気を引くような行動に出るとは意外で。けれども、小さな頃はこんなことがよくあった。その時は、長男の荒れた行動の意味に気が付かなくてただただ小さな長男の怒りのままにわたしも怒り返していた。けれども療育のおかげで子供の気持ちの代弁が親ができるようになり、それから劇的に親と子の関係が変化して、良い方向に向かうように。そしてその日々の積み重ねが今の平和で穏やかな暮らしにつながっている。久しぶりの長男の癇癪だったけれども、私も昔と違って冷静に「この行動にはどんな理由があるんだろう」とすぐに思えたし、長男もすぐに「寂しかった」と自分の気持ちを言語化してくれて親子共々成長を感じた出来事でした。さて、今月長男は支援級から通常級に転籍しました。学校生活において支援を受けるのも最後。前々から意味を見いだせなくなっていた放課後等デイサービスも終了します(長男のことを相談できる、長男のことをよくわかってもらえる信頼できる事業所があればまだまだ通っていたかったのですが、今通っている放課後等デイサービスはただただ預かってもらうだけの場だったので)。長男もサッカーを習いはじめたことや、お友達と遊ぶ約束をすることが増え、放課後等デイサービスに行きたがらなくなったということもあります。他にも「体育の授業で(習熟度別グループに別れた時の)Aグループに来年もなりたいからもっと泳げるようになりたい」と言っていて、水泳を習ってみたかったり、「僕、計算がもっとはやくできるようになりたい」とお友達の通っているそろばんや公文の教室に興味を持ったりとお友達との交流の中で長男の興味の幅や世界も広がっているように感じ、これからは長男の興味をもったことができる、得意を伸ばせる場も使ってあげられたらと思います。こんな風に穏やかな日々、子供を可愛いと思える日々、(まるで問題のない普通の子のように)子供の習い事を自由に選べるようにまで成長したこと本当にあのとき療育で親子共々支えてもらい、辛い育児を一緒に並走してくださる先生方がいたからこそと思っています。あのとき、癇癪を起こし続ける子供との向き合い方を教えてもらって、そこから育児は大きく変わったと思います。本当に先生方、ありがとうございます。今度成長した子供達と一緒に伺いたいと思います。普通級転籍、育児の大きな一区切りとなりました。
この間、参観日に行きました。今学期はほぼ通常級で授業を受けていましたが、通常級での息子はしっかり頑張っておりましたが、なんだか浮いている。「あったらいいな、こんな道具」というテーマで発表するという授業で、皆ほのぼのとした道具を発表する中で、息子はサイボーグを発表。「これを考えた理由は世界を支配するためです」「0.1秒で1億回の顔面パンチをすることが出来ます」などのワードで、いろんな女の子が「怖い」と思わずもらすなか、笑いながら楽しそうに発表する我が子は、なかなかサイコパスみがありました。でも親のひいき目でみると、小2ながら具体的な数字を出していてなかなか詳細な設定がされていて、他の子よりも抜きん出ている。そういう点は彼の良いところ。でも、実際女の子には怖がられていたし、彼のこの個性がうまく周りに溶け込み、理解されるといいなと願うばかりです(普段男女関係なくみんなと仲良しです)。でもいつも家でしか接しないからわからないけれど、改めて息子の話す言葉は小2っぽくないんだなとわかりました。彼の個性が花開くように、つぶさないように私もできるだけのことはしてあげたい。
長男の小学校の生活が順調に進んでおり、通常級への転籍の話が出ています。支援級の担任の先生曰く、特に支援が必要な場面があまりなく、通常級でも十分やっていけるとのこと。確かに、長男には通常級の授業をうけるときは(贅沢にも)必ず補助の先生が一名ついているのですが、その補助の先生の手が必要なことはあまりないように見えます。寧ろ他に問題のある通常級にいながら何かしらの発達の課題がある子の支援にまわっている。長男への個別支援というより実質、長男がいるクラス全体の支援員になっていて、長男のいるクラスは長男が在籍することによって支援員がいるクラスになっていて、通常級にいるおそらく発達に問題がある子が通常級にいながら支援を受けるという恩恵❓に預かっているという。。。親があれこれ動きまわって支援の申請しなくても支援受けられたら苦労はしないよねっていう。良いも悪いも悩みに悩んで支援級を選択した立場者としては内心複雑な思いにも。支援級の先生のことはとっても信頼しており、その先生から「支援級ではなく通常級の方がいいのでは」と提案されて、親も子も居心地の良い支援級にいたい気持ちもありつつも、確かに通常級にいるメリットも多く、支援級の先生が何度も提案して下さるその熱意に気持ちも変わり、この度通常級への転籍をすることに。年度途中でも転籍できるそうで、ただ親が思う以上に支援級から通常級への転籍って学校や行政の手続きが大変そうで担任の先生がとっても忙しそう!学校での検討会議、教育委員会への報告、教育委員会での会議とたくさんの過程を踏む必要があるそう。先生には本当に感謝。。支援級の支援を受けられてとっても我が家はありがたかったし、良かったのですが、この支援級と通常級の垣根がとっても大きくてみんな気軽に利用できない状況。通常級にいる問題のある子だって、支援級の垣根が大きくて利用しずらいのもあると思う。特別支援って英語にするとSpecial Needs。支援じゃなくてニーズなんですよね。ニーズがある子供がニーズがあるときにそのためのスペシャルな教育を受ける。そういうシンプルな事が学校でてきたらいいのにと思います。支援級とか通常級とか関係なしに。「我が子に支援が必要なのか?」って答えがでないすごく難しい問題に感じるけれど、「我が子はスペシャルなニーズがあるのか?」はすごく簡単に答えが出る。そのシンプルさが特別支援を考えるときには必要と強く思う。スペシャルなニーズを満たすことをシンプルに考えられる教育現場であって欲しいけれども、本当にたくさんの学校制度、行政で成り立っていることを考えると現実は難しい。でも、本来はそこなんじゃないかな。「うちの子にはスペシャルなニーズがあります」
昨日たまごっちをやっていた長男にふと思い立って冗談で「長男のお母さんへのなつき度はどれくらい❓」と聞いてみました。(なつき度=たまごっちがどれくらい自分になついているのか、信頼関係があるのかの度数)そうすると「半分くらい」と言う回答。たまごっちのゲーム的には半分はかなり低いです。「お母さんすぐどこか行っちゃうし、お母さん遊んでくれないし。弟より僕のことが好きと言ってくれた言葉があるからかろうじて半分保ってるけど、その言葉がなかったらもっと低いよ!」と。長男のことはいつもいつも頭の中でどうしたらいいか考えてるし、定型の次男の倍はがかってるけど、なんだか,全然伝わってない模様。悲しくもあり、グサリともきました。子供はおやがいくら心配したり、環境整えるためにあれこれしたり、各所と連携したり、とそんなことは見えてないんだなぁと。単純に目の前の子供と遊んだりする時間最近少なかったな。小学生になって大人になったようでも、まだまだ一緒に遊んだり、言葉で大切だよと伝えたりそんなことが必要なんだなと感じた一件でした
新学期が始まりました。長男、次男ともに順調に学校に通っています。今日は幼稚園の新学期が始まりました。長男、次男ともに順調に学校に通っています。私は実は昨年末より仕事を開始しており、長く専業主婦だったのですがは、短時間ながら仕事をしていることで、子育てと仕事の両立と言う新たな生活になっています。以前は手のかかる長男を育てながら働くなんて想像もできませんでしたが、長男も落ち着いたことで、私にもそんな余裕も出てきました。私はフルリモートの仕事で働いており、1度も顔合わせたこともない人と一緒に働くと言う新しい働き方に挑戦しており、時代の移り変わりを強く感じています。長男は支援級を継続して利用させてもらっており、支援級の先生も変わらないことになったので、学校に安心できる居場所があると言う状態です。ただ学校からは支援級利用をしなくてもいけるのではという話が1年生の最後のほうにあったので来年はもう支援を外れることになるかもしれません。日々新しく変わる生活の中でも、子供達の成長を感じる日々です。
昨日は通院日でした。学校は早退。病院まで駅まで車、電車→地下鉄二本乗り継いで、片道二時間くらい(途中お茶したりしながら行くので)母子小旅行です。でもしっかり歩けるようになって、本当に楽。駅で帰り二人でパフェ食べたりして楽しい通院でした!前に二人の子連れで汗だくで通っていた日々を考えると嘘のような時間!12月にうけたWISCの結果が返却されました。年長の6月にも受けていたので、約一年半前ぶり。前回項目ごとのばらつきもなく平坦なグラフでしたが、上の数値がぐんと伸びて、一番上と一番下で30のひらきが!凸と差が大きいので、生活しづらいとのこと。うーん、これは生きづらそう!!!!以前は平らだったのですが、検査の先生が仰ってたとおり年齢があがると本当に凸凹なグラフになってくんですね!今回コロナの対策で、発達検査のお部屋が空いていて、廊下で待っていた私にも中の様子聞こえてきたんですよね。正直、長男が解いていたのは私には全然解けない問題でした。。我が子ながら頭の中どうなっているだろ。。自分の親が自分より頭が回転していないって、こどもにとって結構苦痛ですよね。処理速度が違うと会話苦痛だろう。先生の問いかけにも、全然違うところみながら聞いてるのか聞いてないのかよくわからない返答をする長男。全然違うところをみながら聞いてるときもあるし、聞いてなくて生返事なときもある。先生はその様子を気にしてましたけど、実は私もそうなので、、、気にしてなかったという。。^_^;親がまずはしっかり会話してあげないと、、と反省しました。先生から診断名追加のお話もあったり。成長に従って、落ち着いてきた分、目立ってきた箇所もある。そんなお話でした。長男の発達の悩みも年齢とともに変化するものですね。。。今年は支援級の先生たちのサポートがすごすぎて、本当に親はなんの心配もなく、小学校なんて素晴らしいところ!と幼稚園時代比べると嘘のような至れり尽くせりの日々でしたが、来年は、通常級メインになる予定で、、、支援がなくなってしまう。。。。涙親として彼の環境をどう整えていったらいいかまた再考せねばのタイミングになってきました。
今日は長男の小学生のスケート授業のボランティアで、リンクに入って先生のお手伝いをしたのですが私が思う以上に一年生ってワチャワチャでまだ子供で、「これは先生一人じゃ無理だわ」って実感しました。というか、支援級にいる我が子よりずっと気になる子が通常級にたくさんいて、、先生に怒られていたりもして、、これは子供も先生も辛いなぁと。。。なかなか授業参観ではみられない生の姿がみれていい勉強になりました
次男のやけどに始まった私の子育てしんどい、可愛く思えないのつまずき期は先日センターの先生にもお話を聞いてもらい、アドバイスもいただき、私なりにも気持ちがおちついてきて回復してきました 。長男のことをまた再び「かわいいなぁ」と心から思えるようになってきて、親である私の心も安定し、そして 長男の心も安定して落ち着いてきました。ピンチの時に お話を聞いてくださりどうもありがとうございました。親が余裕を持ってゆったりしていると子供も穏やかにゆったりできる。自分の心に余裕がなくなったら、早めにSOSだそうと心に刻みます。(今回、心はSOSなのに、うなむやにした為、傷が化膿したがごとく悪化、長期化してしまいました)
次男の突然の嘔吐からはじまり、、長男、私と続き、今度は夫も一家全員胃腸炎に。。悲惨でした。。。嘔吐があると親は洗濯におわれる。。私自身も胃腸炎だったので吐き気と戦いながら寝ていた私は、かつての妊娠中の悪阻の時期を思い出しました妊娠中のつわりは2ヶ月ほどあり、今は忘れ去っていましたが胃腸炎の吐き気はあの時の記憶を呼び起こしました胃腸炎は終わりが見えるから全然まし、あのときは終わりの見えない酷いつわりと戦っていたなぁあの日々があって長男も次男も生まれたのでした。胃腸炎で次男は早々に寝てしまったので、久しぶりにおとずれた長男との時間二人で布団の中でお話することができました長男が生まれるまでつわりというものがあってそれがとても大変だったこと、でもそんな大変なことを経て可愛い赤ちゃんの長男がうまれてきたことお母さんにとって特別な存在で宝物だということ長男は嬉しそうに聞いてくれました長男と二人の時間をもとうとしても、どうしても長男がしたい話を一方的にしてなんだか交流をもつということが難しいなと感じていて。二人でいてもどこか一人というか。やりとりができないというか。でも今日布団の中で周りの刺激のない状態でお話すると必然的に話に集中してくれるし、私もせかせかした日常とは違って睡眠前のゆったりとした気持ちになれてお話できたし、とても良かったなと感じました。次男がいるとけんかになってなかなか長男と二人になれないので、いつもは難しいのですが、、次男が早くねた日などは意識して長男との二人時間を取りたいと思った今日でした。
※最初は前から書いていて下書き保存していた記事↓です。 今日のエピソードは最後に。このところ長男が荒れております。理由はきっと私。次男のやけど以来長男がかわいく思えない時が結構ある。次男のやけどから一ヶ月たちましたが、私が想像した以上に跡が残っており、やけどが深かったよう。やけどして30分以上冷やさずそのままにしてたから、きっと奥深くまで熱が達してしまったのだろう。手の甲に大きなやけどの跡。もう消えない。次男のやけどは、次男が普通の家で育っていたら起こらなかったことなんじゃないか。起こったとしても、次男はすぐに「痛い」と痛みを訴えられたんじゃないか。次男がやけどしたことの直接の原因じゃないけれど、次男の傷はこの家が生んだ悲劇の痕跡のように思えて、傷を見るたびに胸が痛い。長男を昨日感情的に怒りすぎてしまった。そしたら、紙いっぱいに「死ね」とかかかれてあった。私と次男に対してだそう。そのあと死ねと書きすぎて、本当になったらどうしようとこわくなったらしく(私が言霊ってあるんだよと普段話してるから)、帳消しするが如く「おかあさん大好き」と書いた紙もあったけれど、その紙も怨念みたいな感じの書き方で、とても大好きと書いたような感じでもなく。。。こんな感じ。でも、紙に気持ちを書けるようになったのはエライよね。「フンコロガシになれ」が罵り言葉なのが長男らしい。。ここまで書いて、記事下書きのままにしておりましたが、今日センターの先生とお話できて、この悩み解決の糸口が見えてきました!!!次男のやけど以来私の心は陰り、長男も荒れていましたが、何をすべきか見えてきました。センターに通っていた頃には少しできるようになっていて、今もできている錯覚におちいってましたが、子供の気持ちを代弁していくという本当に大切なことを忘れていました。大切なこと、思い出せたのは本当に先生のおかげです。お忙しい中、本当に本当にありがとうございます!!
長男、週のうち朝の準備が進まず遅刻が週一、2回親の管理が悪いのかと落ち込むけれど、毎回それにも疲れるので、子供が遅刻しても何も思わないようにしてます。でも、それも親としてどうなんだと自問自答。
自分のトリセツを考えてみたときに、私の得意なことってなんだろう?と思うと、一番はこれなんじゃないかな。子供に絵本を読むとき、私は子供に絵本を読み聞かせしてあげながら、私の頭の中では全く違うことを考え事している。体感として絵本の文書は目が見て口が動いて勝手に読み上げていってる。文章は何も頭に入ってこない。絵本を読みながら頭は別のことを考えているので、何度も何度もせがまれて読んでいる本でも私は一切話を覚えていない。頭の中では考え事しながら絵本を読み聞かせできるのは、これは結構便利。体と頭が別々の役割の動作を一度にできるなんて、すごく効率的だからぜひ他の場面でもやりたいけれど、残念ながらこの力は「えほんの読み聞かせのとき自分は考え事できる」くらいのことしか効果がないこれが応用できたらすごいのだろうけれど、凡人はここが限度みたい。これはきっと3歳から高校生までエレクトーンをやったおかげなんじゃないかな。楽譜をみながら指や足を動かして、体と目は自動的に動いている感じで曲をひくけれども、でも頭では音楽とは全く別のこと考えていたり。そんなことをしていたのでもしかしたらできるようになったのかも。習い事って思わぬところで自分の脳を鍛えていたりすることもあるんだなと気がつく。なので、私は子供にもぜひ習い事で、学校の勉強以外の世界にも没頭してほしいのだけど、、、長男は習い事したくない、ゆっくりしたいと言う。もったいないなぁ、この世にはたくさんの面白い世界があるのに。将来役にたたないけれども、自分の未開発の力に出会えるかもしれないのに。
今瞬間的に思いついたことを今すぐやりたい今すぐやらないと すごく嫌だ今すぐできるととても 幸せ今すぐできるとすごくスッキリするアラフォーの私がこうなんだからまだ脳の発達途中の息子が できないのは当たり前むしろ親の私がわからないこれどうやったら我慢できるんだろうなぜみんなは我慢できるのかな