応接間では父と白井様が熱いコーヒーを飲みながら、菊花が入ってくるのを待っていた。

菊花が入って行くくと父が、

「此処に座って」と席を示す。


「菊花、話が本決まりに成ったので、白井さんから御話があるそうだ、私も同時にお尋ねする事にするので、分からない事は白井さんに確認して置いて」と言う。

菊花はがっかりしながら席に着いた。

心の何処かで本決まりに成るまではと儚い希望を抱いていたのだが、あきらめるしかなさそうだ。


「菊花様、ご婚約の御話が本決まりに成りました。先ずはおめでとうございます。」

「有難うございます」菊花は姿勢を正して感謝を述べた。

改めて他人さんから御祝いを言われると(そうなのか)と納得する。


「付きましては、お父様にご確認致しました所、菊花様は政治はあまり詳しくは無いとの事ですが、如何でしょう?」

「父の言う通りです、あまりと言うか殆ど疎いかと思います」

政治が得意ですと言う女性がおいでに成るのかといぶかしく思いながらも、やはり政治がらみの御話のようだと思い父を見た。


「お相手は政治に携わるご家庭の方なのだ」と一言。

「我儘な御願がございます、実はお見合いをして頂く前に菊花様に少しお目にかかれないかと有る方に問われているのですが如何でしょう?」白井様は一気に言葉をつづけた。


如何でしょうか?いや是は命令だ。

「招致いたしました」菊花は返事をしながら父を見る。

父の食い入るような視線が菊花の返事を聞き安堵の眼差しに替わりひじ掛けに腕を置いた。

「ご理解を頂き有難うございます、早速なのですが、明日車でお迎えに上がります、特にご準備を頂く物はございません、後は追々ご案内させて頂けるかと思います」


この期に及んでも未だ、御名前をお教え頂く事は出来ないのだ。

「何かご不明な点はございませんか?」

白井様は既にバッグに書類を詰め、帰り支度をはじめながら、最後の質問を待っている。

「お時間は何時に成りますか?」

「あ、失礼いたしました、朝10時に本日伺いました、武田が御迎えに上がります」

「承知いたしました、其れでは明日御待ちいたしております」


「其れでは」と白井様は席を立たれたので、菊花は慌てて都さんに声を掛けに急いだ。

都さんと母も玄関で御見送りをした。門の外には車が一台止まっている。

予めご準備していらっしゃったようだ。

「じゃ!」と笑顔で手を上げ玄関を出て行かれたが、都さんに送ったご挨拶だろうか?視線が都さんに向いていたような、勘ぐりだろうか?

都さんの様子もお慕いしているのだと思って見ると、嬉しそうに見える。


「菊花もう休みなさい」白井様が帰られたら直ぐ父に言われて自室に引き揚げた。