「菊花姉さまは白井様はお好き?」

「嫌いでは無いわ」

刺繍枠を手に布地の上に針を刺しながら、此方に目を合わそうとはせず、うつむき加減な都さんの様子に、菊花はもしかしたらと,いぶかしく思った。


「都さんは?」

「あらっ?、素敵な方ね一寸御年は上だと思うけれど」都さんは慌てて言い添える。

「もしかして、白井様をお慕いしていらっしゃる?」

「姉さま、声が大きいわ」びっくりして思わず大きな声を出した。


「素敵な方だと思っているだけ、でももしかして、御姉さまに御話があったのは、白井様ではないかと思っていたの」

「あら、多分違うわ、それにもしそうなら、お父様に菊花はご辞退したいが都さんでとお願いすれば良いのではない?」


そんな簡単に替わっても大丈夫か自信は無かったが、まだお顔を拝見していないのですもの、お父様さえ、ご承知頂けたら、大丈夫ではないかと思う、と言っても父を説得する自信は無いが、試してみる価値はある。

但し、相手が白井様でなければ、やはり菊花の婚礼となる。


「ねえ、お父様はまだ相手の方のお名前も教えては下さらないのだけれど、どうにかして御尋ねする方法は無いかしら、お母様に御尋ねしても多分教えては下さらないでしょうね」


「御姉さま無理はなさらない方が良くは無くって、江姉さまも教えては下さらないのですもの、きっと無理だと思うわ」

「江姉さまは知っていらっしゃると思う?」菊花が事故に有った日においでに成ったっきり、お見えに成っていないが、避けているのだろうか?

「ご存じでは無いと思うわ」菊花のお相手が白井様では無さそうと聞いて安心したのか、都さんは事も無げに言ってのける。

「そうね、本当に何方か教えて頂きたいわ、何か落ち着かないのですもの」


二人で愚痴を言っていると、ノックの音がして、母が顔をのぞかせた。

「菊花さん、お父様がお呼びに成っていらっしゃるわ、お母さんは、ご一緒しないけれど、大丈夫ね?」と部屋に入って来てソファーに腰を掛ける。

「まだ、白井様もおいでに成るのでしょう?何か御飲み物をお持ちした方が良いかしら?」菊花は急いで立ちあがりながら、母に確認をする。

「今、さきにコーヒーをお持ちするように言ってあるから、大丈夫、先に応接間に行ってらっしゃい」


「都さん、お祈りしていてね」と言いながら応接間に向かう。