早めにお風呂を済ませ、お食事の準備を終えていて良かった。

父も事務所で定時に成った途端切り上げ帰って来た、江姉さまはお電話を下さったようだが、今日はお見えにはならない。


父が汗を流し、食卓に着く頃、白井様がお見えに成った。

いつもながら、感心するのはこの暑い時期にも関わらず、勿論ネクタイを締めていらっしゃるし、スーツを御召しに成っていらっしゃる。


都さんが門のモニターに映る御姿に気付き急いで門扉を開けるように菊花に声をかけ、玄関に掛けて行く、まだ暗くは無いが外には出無い。

玄関のドアを開いた先に昔ながらの蚊取り線香をいぶしてある。


「こんばんは!お父様はお帰りに成られましたか?」と笑顔で都さんに声を掛ける、父が遅れて出て来て、

「さあ、上がって下さい、食事を始めようかと思っていた所です」と招き入れる。

何時もは御かばんも御持ちにはならないが、今日はA4サイズが入りそうな鞄をお持ちに成っていらっしゃる。


「皆さん、お変わり無さそうで安心しました」白井様は父と話しながらリビングまでも御かばんをお持ちに成っている。

「白井様は何かお召しになれない食材はございませんでしたか?」母は今日の炊き込みご飯が白井様のお口に合うか心配なので、

「何でも頂きます」嬉しそうに答えられて、母を安心させて下さる。


白井様は食前酒をご辞退された。そして冷たい緑茶をお勧めすると父もお茶で御食事を頂いた。


食事が終わると早々に母へコーヒーを持ってくるように言い置いて父と御二人で、応接間に陣取って何やらご相談が始まった。

如何にも時間を無駄に出来ないぞと言うてきぱきとした動きで、鞄を持ち上げ

勝手知った家の中を歩く姿は、やはりその存在感を大きく感じる。


母も御話に同席をしていらっしゃるので、都さんと菊花は居間でコーヒーを頂きながら待機する事にして、刺繍を始めた。


「ねえ、菊花姉様」

「何?」何気ない都さんの問い。

「白井様は、菊花姉様の御結婚の御話でおいでに成っていらっしゃるのでしょう?」

「多分ね」家族の間では御話が出ている事は分かっているが、菊花ですら相手の方の御名前さえ知らないのだから、都さんが不審がるのも無理は無い。

「今日の武田さんが変な車と言っていた、黒い車の件で見えたのかしら」

「そうだと思うわ」

「お父様のお仕事は大変そうね?」


菊花達では父の仕事の事までは測りきれないが、藤井のお爺様は、確かにこの地域では、多くの土地をお持ちに成っていて、お婆様が事業で余裕が出れば、少しずつ買い足して行き、決して切り売りをしてはいけないとお爺様をいさめて、どんな時にも借入をしてでも土地を売らなかったと聞いていた。


そんな時に道路が通ると言う話が持ち上がり、土地の所有者にとっては、どの地域を通るのかは、大変な事なのだ、只、菊花達がお爺様の土地が何処にあるか全部を把握している訳では無いし、高橋様の土地と有用性を検討していらっしゃるのは立ち話程度なら菊花も知ってはいたが、もう決まったと思ってはいたのだが、山間部の土地の活用方法がそう幾つもある訳では無いのだから、関係する方々は、、、考えると恐ろしくなる。


「「何事も無く無事に全部終わると良いわね」

「御姉さまの御結婚のお相手って、白井様かしら?」

「白井様?」どうして、白井様のお名前が出てくるのだろう?

「考えた事は無いわね、違うと思うけれど、何故?」


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