其れから1か月余り、菊花達には特にあれをこうしなさいとか是をこうしなさいとか、言われる事は無かった。

しかし、菊花の周りでは出かける時には車が回されるようになった。

 さきと二人で出かける時も、母や都さんと出かける時も、運転手つきの車が手配される。


江姉さまのご結婚の時には地域の商店さんに婚礼調度品をご注文したのだが、菊花の御注文は市内の百貨店から手配された方と外商の方がお見えに成り、これこれの中からと指示される。


菊花はせめて自分の身の回りの物位自分で選びたいと思ったのだが、衣類に関しても幾つかをオーダーをするよう採寸をして帰られた。

住居もどのような住まいに成るのか聞かされていないので準備のしようが無い。


9月の末に丁度買い物からの帰り、母と都さんと菊花の3人を乗せた車が、4車線道路を東に向けて走っていた。

車は何時も乗せに来てくれる警備の方が運転していて、都さんが助手席に乗り、母と菊花が後部座席に座っていて、細々とした荷物は後ろのトランクルームに積み込み手元には其々のバッグと日傘を置いてクーラーの利いた社内で、折角の都さんのお休みで御買物にご一緒して頂いたのだから、近くの大型スーパーに出来た、映画館に寄って、何か楽しい映画をしていたはずと3人が話をしているのに、運転手の武田さんが

「奥様、先程百貨店を出てから同じ車が付いて来ているように見受けられます、問題ないとは思いますが、念の為、本日はこのままお帰り頂けませんか」とバックミラーとサイドミラーを見比べながら、母に注意する。


「都さん、前を向いていなさい」警備の武田さんに言われて慌てて後ろを覗きこむ都さんを諭し母は

「じゃ、急いで帰って下さい、誰かに連絡をしますか?」

母も運転している武田さんに気を利かせて、何か手伝えるならと身を乗り出す。


「お家にお電話で、屋敷の中まで車を入れるので、付いたら直ぐ門を開けて頂けるように誰かに開閉装置の所に待機して頂くようにお伝えください、一寸飛ばしますので、15分程したら着くと思います、着く直前に電話を掛けるので、其れまで門を開けないように、電話を取ってから直ぐに門を開いて、この車が中に入ったと同時に門を閉めて頂かなければなりません。手早く作業をして下さる方にお伝えください。」

門は車の出入りが有るので開けて置く事が多いのだが、この頃はほとんどしまっている。


母の電話で菊花は、さきに待っているように言い付け、タイミングを指示し、後は武田さんの動きをじっと観察する事にした。

 武田さんがバックミラーに目をやる度、後部座席の菊花と目が合う。


後ろの車は窓にスモークを貼った黒っぽい車で二人の人間が乗っているように見えた。その車が菊花の乗っている位置の右側に車を寄せて来たかと思うと、一杯幅寄せをしてくる。左車線を走っているので左にハンドルを切る事が出来ない。


幹線道路とはいえ、昼食後の丁度車の少ない時間なのだろう、前も後ろも車がつかえるほど多い訳ではない、なので隣の車が菊花達の車に寄ってくると言うのは、居眠りをしているのか、それとも菊花達と知って故意に寄せて来ているのか。


「頭を低くして顔を覗かないでください、危険です」と

武田さんの大きな声がする。武田さんは、居眠りだとは思わないらしい。

3人は言われた通りシートに深く座り座席の手すりを握りしめていた。