「今夜迎えに行くから」茂雄から麻子の働いている店に電話がかかって来たのは、丁度お昼の忙しい時間が終わって、店の裏のキッチンスペースで遅い昼食を食べ終わり、噂の喫茶「エデン」のマスター自慢のアイスコーヒーを一口飲み終わった時だった。
携帯は勤務時間中は使用禁止なので、用事があればお店のピンクの公衆電話に掛けて来る。
何時もは麻子か、マスターの奥さんの美智子さんが電話を取るが、丁度出前に出ていて、ピンクの電話にマスターが出たのだが、その電話が茂雄からの電話だった。
大手広告代理店の営業マン、何時も三つ揃いの背広を着こなし、年は36歳、スリムな体形、背が高いので、人目を引く存在。
そして、用件だけしか言わない。
自分が受話器を取るなら良いが、マスターだとどきっとする。
私用の電話だと一寸気を使うのだ。
慌ててj時間も確かめずに切ってしまったが、どちらにしても夜勤の交替の人達が出て来た頃にしか帰れないのは知っているので、6時か7時頃だろう。
此処は喫茶「エデン」
従業員何人いるかわからない程居る。
皆で顔を合わす事等無い。タイムカードは14,5枚ある。
麻子は昼勤の時間帯朝10時から夕方6時迄が勤務時間だ。
朝は5時入りで6時からの営業、夜勤帯の人は夕方6時に入って深夜1時までの勤務。
中には時間何時でも良い人もいるが、麻子は時間帯は固定している。
電話を切るとマスターに
「デートか?」と言われる。
「はい!」素直に返事をして休憩に戻った。
夕方交替の春奈が6時には来てくれた、何時も時間にルーズで6時に来るとは限らないが、今日は時間に正確だ。
既に茂雄は店にきて、テーブルでアイスコーヒーを飲みながら待っている。
仕事を終え、茂雄の車に乗り込む。
シートベルトを掛けながら
「帰りに、電気屋さんに寄るから」と言う
茂雄は一人暮らしで、付き合って半年ほどになるが、家に行くのは今日で2回目だ、何時も電車で通勤をしているが、今日は電気屋さんに寄る為に車で来たらしい。
帰り道の国道沿いにある大きな電気店に入ると、電球では無く、蛍光灯を購入。
電気店の隣のレストランでついでに食事もしてから家に向かった。
家の前に車を止め、麻子と荷物を下ろし少し離れた駐車場に車を止めに行った。預かった鍵で玄関を開け大きな荷物を抱えて運びこむ。
蛍光灯を壊すって一体どうしたのだろう?麻子は実家で暮らしているが、蛍光灯を取り換えたのは何時だろう、中の電球は2,3年に一回位は買い替えているかもしれないが、蛍光灯の笠毎買い替えたのは記憶に無い、もしかしたら、家を買って引っ越してきた中学生の頃に変えたっきりかもしれない。
小さな玄関を入り、取りあえずリビングのテーブルに荷物を乗せ、茂雄を待つ事にした。
ちょっとせっかちな茂雄が戻ってきて玄関のドアを閉め鍵を掛ける音がした。
(今日は、泊まりだ)麻子は急にドキドキしてきた。
そんな麻子の横を通り過ぎ、茂雄はさっさと、蛍光灯の箱を開ける、どうやら寝室の蛍光灯を変えるらしい、寝室が真っ暗なので、海中電灯を持って着いて来てと渡された、茂雄はリビングから椅子を一つ担いで先に行く。
天井の蛍光灯の部分を照らすと電球が一つしか付いていない。
電球を買って試したが付かないので、結局は新しい蛍光灯に買い替える事に成ったのだろうか。
天井の取り付け部分のフックから蛍光灯を取り外し、新しい蛍光灯を取り付けスイッチを入れると、散らかった寝室が急にハッキリ見えた。
茂雄は嬉しそうな顔をして、椅子をリビングに戻す、麻子は取り外した蛍光とうを持って付いて行き、新しい蛍光灯の入っていた段ボール箱に入れた。
(いやにぴったり収まるサイズだったんだ)と思いながら
「これ、何処に置いておいたら良い?」と聞くと
「キッチンの流し台の下に置いておいて」と言われ流し台の扉を開くと、何と
同じサイズ同じ箱がきっちり4つ並べて置いてある。
「この蛍光灯の箱の上で良い?」
「うん、其処で良いよ、同じ蛍光灯があって良かった」とやはり嬉しそうに話しながら、手を洗っている。
麻子も洗面所に入って手を洗いながら、
「どうして、同じ蛍光灯ばかりね?」と聞くと
「同じ物を買わないとサイズが合わないだろう」と言う。
「?」
茂雄は電球がちかちかし出すと故障した電球を取り外し、残りの電球が切れると、蛍光灯毎買い替えていたらしい、電球が別で購入できる事を知らなかった。
そして、電気のコンセントは同じ機種を探して購入しないと合わないので同じ機種を購入していたとの事。
全くの機械音痴だと言う事が判明。 チャンチャン。