200坪程の御庭に、二つの大きなテントが張られ、縁側から膝ぐらいの高さ其のままに、仮設の舞台が張り出され、舞台の上では、今日の司会を受け持つのであろう、この春京都の大学から戻ってきて役所に入った、田中市長の御次男の地元の先輩で同じ役所勤務の佐藤さまがご準備に余念が無くマイクの音量調整をされている。

そして最初の祝い踊りを舞う方で地域の踊りの山下先生が紋付に後見姿で待機していらっしゃる。


新人の御二人は特に緊張された様子も無く、お客様の集まりを待っていらっしゃる。

程なく70名程の参加者が御集りになって、司会の佐藤様の一声で、御集りの方かた一斉に舞台に顔を向ける。


市長のごあいさつで御二方ご紹介され経歴をご紹介下さったが何と現職国会議員の御子弟で、地方時事の業務見習いで、役所勤務をご経験するために、

大学が同期なのと、お父様が現役の市長さんと言う事で、田中市長のお家に白羽の矢が当たったらしい。


お気使いになるのも無理からぬ事と感心する、周りの方皆様ご存じだったようで、大きくお声を上げる方はいらっしゃらない。


しかしこの6月の空の下、お日様も機嫌よくお顔を見せている昼下がり、皆様方の市の発展の為にご尽力をのお声を聞いているのも並大抵の辛抱では無い。

お父様は何故お着物と言いつけられたのか、テントの下とはいえ、大勢の人の中、お顔がよそよそしいのは、菊花だけではなさそうで、都さんもお母様も、お疲れの御顔をしていらっしゃる、大きく体の向きを変えて周りを見渡すわけにはいかないが、他の方も同じようなものだと思う。


舞台の上でご紹介を頂いた、我々がとお二人の御挨拶も終わり、商工会の会長さんの音頭で乾杯の段取りになり、俄かに飲み物をついで回る音でざわつきが起こったが、段取りは素早い、この乾杯の儀式が終われば、冷たい飲み物を頂けるし、体をリラックスさせる事が出来る。


菊花と都さんにはオレンジジュースのグラスが回され、お酒を注いだ枡を皆様手に持ち大きな乾杯の掛け声で一斉に乾杯の掛け声が上がる。


菊花は先ほど一瞬場がざわついたあたりから、どうも落ち着かない気分になっていたが、それがこの乾杯のざわめきの後も続いている。

お互いがグラスをかざし、飲み物を口に運べる嬉しさで、都さんと二人、内緒の目配せを浮かべた時にも、笑みを直ぐ消すほどの気配が感じられそっと後ろを振り向くが、特に変わった、ものも見当たらない。


視線を戻すと都さんがどうかした?と背後を覗くが何か見えた風ではない。

場もほぐれて行き、そろそろと移動が始まったが、テントの下から出る勇気は無い、さすがに男性の方々は、人いきれの中よりは風の通る庭先の方が気持ちが良いのだろう桜の木陰や、枝を伸ばした松の木陰を選んで散っていく。


皆様方お飲み物でのどを潤した頃、司会者の佐藤様の大きなお声、舞いの御誘い

「白扇」

御祝いの席気の聞いた短い曲目、だが気持ちの切り替えが試される、僅か1分余りの曲、このざわつきを抑えて御祝いの重厚さを出すのは、お客様の目を引きこむ何かをお持ちで無いと、只流しただけになってしまうのだ。


紋付を着て白扇子を右手に持ち舞台中央に進み出た踊り手が右ひざを付き構えをとるとざわついていた場が一瞬シンと静まるその瞬間に半呼吸程遅れて、三味線の音が流れ出す、息を継ごうと思っていた方も一瞬息をのみ、ぐっと呼吸をのむ、そしてそのまま静かに流れる三味線の音に呼吸を合わせ、舞い手の呼吸や視線に心を合わせる。


思わず引き込まれて見入ってしまった。

三味線の音が消え、舞い手が正座をして扇子の結界の向こうで伏して終わりを告げても、しばらく見入っていた。

気付いてくれた方の大きな拍手で皆様踊り手の呪縛から解かれ、大きな掛け声とともに、拍手が起こる。

能面を外して、踊りの先生に戻った柔和なお顔が何とも言えず美しい、目立つ御顔とは思わないのに、事をなし終えた満足なご様子に大きな拍手を送る。


と何と見つけた!

舞台袖、山下先生の下がって行った袖口に、腕を組んで立ち、先生とすれ違いざまに一寸体を引いたが、間違いなく菊花のとらえていたのはあの視線。

司会の佐藤さまが既に次の琉球の舞いのご案内をされていらっしゃるが、菊花は舞台袖から目を離す事が出来なかった。


そして ちらっと覗いた視線は移動した。


とらえる事が出来るか  沙羅より


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