「江姉さま、それまでお散歩に行ってもいいかしら?」

時間があるのであれば、いつものようにお出かけするほうが良いだろう。

昼から出かけてしまえば、折角の良いお天気を部屋の中で過ごす羽目になり、もったいない。


「菊花!一人では叱られるは、さきは忙しいでしょ、付いて行けないもの」

既に席を立って歩き始めた菊花に江が声をかける。

「都!行こう!」

菊花に呼ばれて妹の都が立ちあがる。

大急ぎで姉の後を追いかける。

二人に江姉さまが

「余り遅くならないで、お母様にご心配かけないでね」


姉の声を半分聞いて菊花は裏口に向かう。

朝の散歩の時には、さきか都の小間使いよしのどちらかが、交替で付いてくる。

江姉さまは余りご一緒することが無くなって、妹の都が付いてくるが、そう遠くに行くわけではない。


裏口から出ると、20分も歩けば、住吉さんに行ける。

表の門の横には母の端正のバラが植わっていて、今が花の盛り、出掛ける時に、バラの花のアーチをくぐり香りのジャワーを浴びて出掛ける。

大好きな母の香りは季節ごとの花の香り。


今日は裏口を行く、白い日傘を片手に、炊事場の横手を通り、ちょうど顔をのぞかせたさきに、

「1時間ほどで戻る」と告げ都と裏口をくぐり外に出る。


6月の朝の光はもう既に春の柔らかな日差しではない。

傘を開き東へ向かう。

昨夜の雨で足元がぬかるんでいるが、菊花は気にしない、横をすり抜け進んでいく。

「菊花姉さん、今日のお散歩は考えるべきではない?」

足を取られながら都が文句を言うが、決して嫌がって居る訳ではない、家に居ても勉強部屋で時間を過ごすのが落ちで、お勉強よりまだ走り回るほうが良いに決まっている。


「考えるのは、お勉強しなさいって言われた時だけで良いわ、折角お散歩に出られたのですもの、住吉さんに行きましょう」

田植えが終わり、稲穂が青々と羽根を伸ばしていると。田んぼをのぞきながら足を進める。


道なりに歩いて新しく出来た白い小さな郵便局を曲がり、道が坂になってくると、ぬかるみも少なくなって、歩きやすい。


郵便局の前の大きな桜も花を落とし、青々とした葉が茂って、郵便局の屋根を包んで見える。


菊花は葉桜の下を通り桜の葉の香りを胸一杯に吸い込む、都は葉の下を避けて通る。

桜の葉にはそう、虫がいっぱい付いていて下を通る人間には、恐怖を抱かせるのだ、でもまだ少し虫の勢ぞろいには時間がある。


住吉さんの登り口鳥居をくぐると、急な階段が直ぐ目の前に現れる、階段の横にツユクサの青青をとした葉が、昨夜の雨で綺麗に洗われ、今にも花を開こうかと蕾が、太陽の光を待ちわびている。

「今日にも花が開きそうよ」

手に持った日傘をたたみながら後ろを振り返ると。都も遅れじと、直ぐ後ろで、日傘をたたむ。


階段を大きな楠の木の枝が覆い、日傘は要らない、杖代わりにかんかんと鳴らしながら登ると、待ちかねていたように、楠の葉が風にそよぎ、清々しい朝の空気を届けてくれる。

(もうすぐ!!)

赤塗りの本殿に心ばかりのお賽銭を投げいれ、二人揃って柏手を打ち朝のご挨拶。


横に立てかけた日傘をつかんで振り向けば、丁度目線のその先に大阪平野が広がり、左手には大きく開けた大阪湾、目線の先は神戸の山並み、そして後ろには飯盛山から生駒山の山並み、この拝殿からの眺めは菊花のお気に入り。


20段程の急な階段を下り、右手北の位置に向かう、此処は余り参拝者も訪れる事は無いのだろう、道がぐっと細くなり、木々の細い枝が道に落ちていて、歩きにくい。

都はぶつくさ言いながらの付いてくる。

菊花のお気に入りの場所を知っているのだ。


そう、この先に道なりに下れば、通りに出るが、大きな杉の横に獣道程の小道がある。

そこを右に折れて数分登ると小川のほとりに出る。小さく川の流れをせき止め、水遊びができるくらいの浅瀬のダム、大きな石がありその石を椅子代わりに、休憩が出来る

。周りの杉の根に青々とした苔が雨を受けた後の木漏れ日に、香り立ち、何ともいえず心が浮き立つ。


この場所が菊花の大のお気に入り、少し汗ばんだ体を岩に預け、水面を眺めて、木漏れ日のダンスに一息入れる。


そうこれが良い 苔むす香り  沙羅より


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