沙羅は夢の中で、甘い囁きを聞いていた、
風の音か波の音か川の流れの音かさらさら、何かが掠める、
衣擦れの音か、引き戸の向こうから囁く声、
「沙羅、沙羅、此処においで」、
優しげの男性の声、この戸を開けばその人の顔が見えるはず、でもちょっと怖い、甘い囁き、うなじを撫でる風に似て、低くお腹の底まで響く囁き声、ここだよ、その扉を開いて、勇気を出して。
そーっと扉を引いてみた、薄いレースのカーテン透けて見えるその先に誰か男の人が立っている。よく見えないが、肩から白い布が流れて足もとまでそしてカーテン越しに沙羅僕だよと手を伸ばす、
ああこの声聞いたことのある声、どこで聞いたのだろう、いつ聞いたのだろう、でもこの人なら大丈夫その手をとっても、間違いはない。
そーっと手を差し出すとカーテンが開き桐村さんの顔が見えた。すーと手が伸びて頬を伝い親指が唇をなぞる。思わず顎を上げると、唇が下りてくる。目を閉じ待っているが触れる気配はない。じれったくて、思わず声をあげて、目が覚めた。
足もとに座って、テレビを見ている、沙羅は赤くなってしまった。夢か? 徹さんが振り向く沙羅の赤い顔を見て
「どうかした」と頬に手を伸ばしてくる、益々、頬が赤くなる、「うたた寝をしていたみたいで目を開いたら男の人が座っているのでびっくりしただけ」ともそもそと、体を動かすと
「僕がいることには早く慣れて欲しいね」と布団を掛け直してくれた。
ちょっと惜しかったかな、もう少し後で目が覚めてくれればよかったのに。