多くの人は、愛を経験するかどうかは運の問題であり、運が良ければそこに「落ちる」ものとして捉えている。
だが、
この本は愛は技術である、という前提のもと成り立つ。
☆誰もが愛に飢えている
巷には、悲しいラブストーリー、または幸せなラブストーリーが数多くあり、愛をうたった流行歌に聞き入っている。
愛を軽く見ているというわけではなさそうだ。
しかし、愛について学ばなければならないという人はほとんどいない。
☆上記のような奇妙な態度は、いくつかの前提の上に成り立っている。
1.愛の問題を、愛するという問題ではなく愛される問題として捉えている。
つまり、人々にとって重要なのは、どうすれば愛されるか、愛される人間になれるかである。
これらの目的を達成するために
男性は社会的に成功し、権力と富を得ようとする。
女性は外見を磨いて自分を魅力的にしようとする。
愛される人間になるための方法は
社会的に成功するための方法と同じである。
人気になることが、愛されることと考えているようだ。
2.愛の問題とは対象の問題であって能力の問題ではないという思いこみ
愛することは簡単だが、愛するにふさわしい相手、あるいは愛されるにふさわしい相手を見つけることはむずかしい
このような考え方は現代社会の発展と関連したいくつかの理由がある。
•ロマンティックラブ
結婚に結びつくような個人的体験としての愛を追い求めている。
•交換のパターン化
恋心を抱けるような相手は、自分自身と交換できることが可能な範囲の「商品」に限られる。
私は「お買い得品」を探す。
人間の愛情関係が、商品や労働市場を支配しているのと同じ交換のパターンに従っている。
3.恋に「落ちる」最初の体験と、愛している、愛の中に「とどまっている」という持続的な状態とを、混同しているということである
愛の失敗を克服する適切な方法は
失敗の原因を調べ、そこからすすんで愛の意味を学ぶことである。
そのための第一歩は、生きるのが技術であるのと同じく、
愛は技術であることを学ぶことである。
まず、理論に精通すること。
そして、習練に励むこと。
その際に最も大切なのが、その技術を習得することが自分にとって最大の関心事にならなければならない。
この世の中に、その技術より大切なものはあってはならない。
〜考察〜
まず、まとめ方をもっと上手くしたいと思う。
なるべくシンプルに、かつわかりやすくしたい。
愛は技術である。
技術であるからには、磨くことができる。
磨くためには、習練が必要だ。
習練をするためには、理論を学ぶことから始めよう。というわけである。
たしかに、多くの人は愛について学ぼうとしないし語ろうともしない。それがなんなのかもわからない。
ただ、漠然とロマンティックな恋に憧れては現実とのギャップに失望する。
愛について間違った考えが、世の中には氾濫している。
特に目立つのは、いかにして「愛されるのか」ということであろう。
言い換えればどうすれば「愛を与えられるのか」ということである。
他人から与えられることを望む人生は
結局は他人の人生を生きているようなものである。
私自身、愛に飢えている。
愛に飢えているから、この本を手に取ったと言っても過言ではない。
愛について学び、誰かを愛したい、愛されたいという欲望があるのは否めない。
そして多くの人に、愛について知ってもらいたい。
この冒頭の部分から学ぶことは
•愛は運じゃなくて技術だよ
•愛は対象の問題じゃないよ
•愛されることが最大の愛の問題じゃないよ
•愛について学ぶことが大事だよ
•恋に落ちることと愛は違うよ
今日はここまで。