7月末から、プライベートでいろいろと心労が重なりました。
そんな中、2つの資格取得のためにどうしてもやらなくちゃいけなかった勉強は、気を紛らわす為には有難い課題でした。幸い懸念事項のどの案件も無事に越えることができてほっとしました。コロナの感染予防にピリピリと神経を尖らせている中で、厳しい試練でした。
この状況下でも活躍している友人知人のSNSを見るたびに、良かったな、元気でいてくれて嬉しい、という気持ちと、羨ましいな、私には何か足りてないな、という自分に対する不足の想いが交錯します。
コロナ禍、あまり出歩くことが出来ないという行動制限は大きくて。
それなら何ができるのか。
いやいや、自分の適性に合った仕事をいただいて、ちゃんとお勤め出来ているんだから、十分じゃないか。
私ができることは何だろう?
私にしかできないことは何だろう?
自問自答してはメモに書き出し、あれこれと探っては三日坊主の様にあれでもないこれでもないと迷うことの繰り返し。
過去の自分に執着していたり、自分に過大な期待をしていたり、誰かの評価を気にしていたり。私にはちょっと無理があってあまり気が進まないけれど、やるべきなんだろうかという、要らぬ責任感に勝手に苦しんだり。
誰かの為に尽くすことを考える前に、自分自身をちゃんと調えてあげられていないかも?先ずは自分を丁寧に扱ってから、それからじゃないかな。
本当に望んでいることは何だろう?
ずっとブロックされている「何か」が、そろそろ外れてくれないかな…
「貴方は、書くことが向いているんじゃない?」
と言ってくれた人も居たっけ。出版した本はもう過去の自分になっている。でも、言葉を紡ぐことで自分を保って来たことは確か。…
必要なことは目の前のことを一つひとつ、きちんとやっていくことと、自分をもう少し大事にすることかな。なぜって、「どうせ」が口癖だから。
「どうせ私なんて、こんな荒れた皮膚でいいんだ」とか。(かなりツライ体質…)
「どうせこれ以上良くならないし」とか。
「どうせまた酷い目に遭うんだから抵抗しても無駄」というような、虐待を受けた側の思考回路から多分抜け切れていない。
ひとには「自分を大事にしなきゃダメですよ」と言っているくせに、私は私を本当には大事に出来ていない…と、実はずうっと、うっすらそう感じている。
そうか、それじゃ、「私にできること」と「私にしかできないこと」って、
「私自身を大切にすること」…なのかも!
やっぱりそこからやり直していくことが必要かも…
とりあえずこれを書き終えたら、あまりにもたくさんの情報で溢れかえっているスマホやSNSから離れて、ゆっくり、写真集や書籍を開くことにしてみます。
散らかった情報の海に呑み込まれないようにしたい。
得体の知れない、漠然とした不安な気持ちに晒さないことは、自分を大切にすることのひとつですよね。
皆さんも、自分の心身を労る時間を、少しでも持てますように。
