高齢者のボランティア ‐サッポロシニアライオンズクラブ‐のブログ
Amebaでブログを始めよう!


「高齢者のボランティア ‐サッポロシニアライオンズクラブ」



「白寿・喜寿お祝い例会」

元気な白寿

幹事 L森 一男



「エッ、本当に白寿ですか」-家族会員のL小南トメが、99歳になった。


顔にシワもなく、メガネもいらず、耳も遠くない。


庭の花いじりをし、毎晩、ビールを愛飲している。


我がクラブの最高齢者で、超高齢社会の鑑である。


例会は、白寿のお祝いの会になった。


我がクラブには、小南一家が3人いる。


娘のL鶴谷紀子と息子のL小南忠行である。


今、クラブ員は、31人なので1割を占める。


例会には、トメさんと親しい家族会員のL本宮恵美子も出席、

20人のお祝いの会になった。


メンバーがお祝いの赤飯を持参した。


吉田英則会長が、花束を贈呈「まぁ、綺麗」と手にした。


マイクを握り、近況を元気な声で語り始めた。


 「料理、風呂も大好きです。今、はやりの風呂へ行くと、サウナに入り、水風呂につかります。2時間は居ますよ。いくつですかと風呂でよく聞かれます。その人より若そうな80歳ですと答えています。年を取ったと思った事は、一度もありません」


 トメさんは、鹿児島の生まれで、女学校を卒業。


兄が、満州の領事館に務めていた関係で、トメさんも満州へ。


逓信省の出先に務めた。そこで働いていたのは、小南長太郎さん(秋田出身)。


運命的な出逢いで、意気投合し職場結婚。


戦後、佐世保引き揚げて来たが、鹿児島の実家は空襲で焼け、長太郎さんの先輩がいた札幌へ来た。


 長太郎さんは、逓信省から分離した電電公社で働き始め、トメさんはタイピストとして電報を打った。


昭和29年、2人は独立、「小南印刷」をスタートさせた。


公社から仕事を貰い、順調だった。同34年に長太郎さんが交通事故で亡くなった。


 トメさんには、4人の子供がいた。


L鶴谷とL忠行に弟2人。女手一つで育てた。


 「人の3倍、働きました。元気なのもそのお蔭かも知れません」。


L忠行は「怒られた記憶もないし、ごく普通のお袋でした」と語る。


 白寿のお祝いで、メンバーは多くの刺激を受けた。トメさんは、波瀾万丈の「女の一生」をパソコンに向かって入力している。








*ボランティアにご興味のある方は、こちらまでぜひご連絡下さい。

こちら をクリック!


*サッポロシニアライオンズクラブ公式HP

こちら をクリック!





フェイスブックにて、
【高齢者のボランティア ‐サッポロシニアライオンズクラブ】
グループが公開されています。お気軽にご覧ください。




https://www.facebook.com/groups/316273708548604/