年の秋、庭の紫陽花を前にした私は、
まるで鬼の形相で剪定ばさみを握っていました。

伸び放題で枝が入り組み、見るからに重たげな姿を整えるため、思い切って根元付近から丈を30~45cmに切り揃え、
文字通り丸坊主の状態にしたのです。

「これで来年はすっきりとした姿になるだろう」と、
どこか達成感に浸りながら作業を終えたものでしたニヤリ

ところが季節が巡り、6月の蝦夷梅雨の気配が近づく頃になると、その予想はあっさり覆されますえー

あれほどすっかり刈り込んだはずの株から、
次々と力強い芽が吹き出し、
やがては昨年と変わらないほどの葉を茂らせ、
膨らみ始めた蕾をつけるまでに回復しているのですショボーン

思わずため息が漏れると同時に、
「また今年もか」と苦笑いが浮かびます。

それでも私は決意を新たに、
「今度はよりコンパクトに、心地よく収まる大きさに整えてやろう」と、再び道具を手に取るのです٩(˶˃̵ꈊ˂̵˵)وビックリマーク
そんな繰り返しの中で改めて紫陽花の花言葉を調べてみると、その内容がまさに「やば過ぎる」と感じるのですえーん

「辛抱強い愛情」「堅固な精神」「忍耐」といった、
まるで称賛に値する美徳が並んでいますえー

理屈で言えば、刈られてもなお立ち上がり、花を咲かせようとするその姿こそ、これらの言葉が指す本質なのでしょう。 
だが、私としては素直に「辛抱強い」と感じるより、
むしろ「図々しい」という言葉の方が実感に近いように思えてなりませんニヤリ

こちらが手を加えて形を整えようとするたびに、
それをものともせず、まるで
「これくらいではへこたれませんよ」
と言わんばかりに成長を続ける様子は、
確かに強靭ではありますが、どこか、図々しく生命力に満ちているのです
ふぅぅ( 。ớ ᴗờ) <3

花言葉の崇高な意味と、目の前で繰り広げられる現実とのギャップに、私はいつしか楽しまされています。

今年もまた剪定を行い、来年もきっと同じように新たな芽に驚かされることでしょう
。「辛抱強い」か「図々しい」か、それは見方次第。

庭の紫陽花とのこの奇妙な関係が、
これからも続いていくのだと感じています。