大きな身体と心に刻まれた日々
母方の祖父は2005年6月17日に他界しました![]()
あれから、21年が経つ。
生前の祖父は、威厳に満ち、いつも少し怖い印象を与える、体の大きな人物でした。
身長は178cm、体重は108kgに達し、骨格も太く、手はまるで野球のグローブのように大きなものでした。
太ってお腹が出ているというのではなく、筋肉質でガタイの良い、たくましい体つきが特徴的でした。
趣味や特技は多岐にわたり、自分でアルミニウム板を加工してホイッスルを作るなど、
手先の器用さにも長けていました。形は覚えてるけど、作り方は一部忘れた😣
その腕前は地元でも評判となり、山女魚釣りの名人としてNHKから特集が組まれたこともあります。
番組側から「名人」と名付けられるほど、
その腕前は確かなものだったらしい。
1回いくと400~500匹を釣り、稚魚やメスはリリース、今のひとは、すべて釣るから、どんどん魚が減ると嘆いてました。
まさに「なんでもできる人」と呼ぶにふさわしい存在で、
札幌に引越してからは、近所の子供たちの間では「ボス」のような存在として慕われ、時には厳しく叱ることもありました
が、その背中は多くの人にとって頼りになるものでした。
祖父が亡くなった知らせが広まると、近所の人たちは次々とお参りに訪れ、誰もが声を詰まらせて泣きました。
祖父の最後の時が近づいたことに気づいたのは、私でした。
トイレから立ち上がることができなくなった様子。
それをを直感的に祖父母宅に向かい、状況の深刻さを察知し、急いで我が家に向かったのです。
これはまるで予知能力のような出来事で、当時は自分でも不思議に思ったものです。
私は何とか祖父をベッドまで運び、少しでも水分を摂らせることができましたが、その後、両親に状況を説明し、救急車を呼ぶべきか、車で病院に向かうべきかを話し合いました。
結局病院に向かいましたが、診断の結果、4度目の脳梗塞に肺炎を併発して、治療の甲斐もなくこの世を去ることになりました。
背も高いし108kgあれば、立ち上がらせるのも大変💦
祖父の葬儀は、彼らしい?と思わず口に出してしまうほどでした。
玄関から運び入れられず、窓からいれました。
男3人がかりで、多汗かきながら。
「泣きたいのに、こんな状況では笑ってしまうから、白い布は外そう」ということになり、布を取り除くと、まるで今にも笑い出しそうな、ニヤけたような表情に見えたのです。運び入れるのが大変だっただけに、棺に納めて葬儀場へ運び出すのもまた一苦労でした。
葬儀社は90超えた高齢者となめてたらしく、布団が小さかったから 足がひょっこり出る始末。
胸まで布団かけたら…足が出る。
湯灌・納棺の儀 葬儀場では湯灌の儀式が行われましたが、ここでも同じような出来事が起こりました。
湯灌の設備は一般的な身長170cm前後の方を基準に作られているため、祖父の体では足がはみ出してしまうのです。
足元には黒いビニールシートを敷いて対応しましたが、
「お風呂嫌いだったのに、こんな失態をするなんて」
と祖母が嘆く様子が、かえって場を和ませ、面白みを加えていました。
重さも相当なものだったため、湯灌の作業はスタッフ一同が力を合わせて行い、大変な労力を要しました。
その後、死装束を着せて棺に納める作業では、
手の指が太く大きいために、手甲の衣装の一部が破れてしまうというハプニングもありました。棺に納めるために大勢の人が協力しましたが、棺の大きさにも余裕はなく、頭の部分は数センチ位置がずれただけで納まらなくなるほど、ぴったりとした寸法だったのです。
葬儀が無事に終わり、いよいよ火葬場へ向かうことになりました。
ここでもまた、思わず恥ずかしくなるような出来事が待っていました。
火葬炉に入れる前には体重が測定されるのですが、
棺の重さを差し引いて計算するため、結果的に祖父の実際の体重が周囲に知られてしまうのです。
「体重は○○kgなので、骨拾いは○○時○○分ごろになります」
というように告げられるため、
「そんなことを言わなくてもいいのに」
と、少し恥ずかしい気持ちになりました。
収骨室では、いざ火葬炉がから出てきて観たら、まぁ、きれいだこと。
骨壷に納められた御骨を見ると、想像以上に立派なものでした。
特に大腿骨は、骨密度が高く90歳を超えた方のものとは思えないほど太く、頑丈でした。
割れない折れない😑
葬儀屋のスタッフからは
「これでは骨壷に入らないかもしれない」
という声も出るほど、骨の密度が高く、しっかりとしたものだったのです。まるで身の詰まった蟹のように、中身が充実しているように見えました。
犬が咥える骨か⁉️と言うくらい。
大きな体をして、時には厳しく、時には楽しませてくれた祖父。
彼との思い出は、困ったことや笑ったこと、驚いたことなど、たくさんのエピソードであふれています。
体の大きさだけでなく、心も大きかった祖父の姿は、今でも私たちの心の中に生き続けてます。
アルミのホイッスル、どうやって、吹き口笛をどう巻いたか、思い出せないの


