今日は私の母の命日
亡くなってから丸12年
13回忌になりました
『お母さんは77歳まで生きる』
と言っていたのですが
今年、母が生きていたら77歳に
なる年に、もう亡くなってから
12年と経っております

12年前の朝
私は会社に出勤して
パソコンを起ちあげ座るまもなく
弟からの着信


電話にでると実家の近所の
おばさんの声
『お母さん、もう息してないって!』

なんでおばさん❓息してない⁉️
とにかく気が動転しながらも
上司に『母が息してないって💦』
としか言えなかった記憶


すぐ会社を飛び出して
タクシーに乗って行きたかったけど
会社から実家は電車で20分はかかる
朝のラッシュ時間帯だし
電車で行くのが一番早い気がして
電車に駆け込む


座席に座ってもいられないから
ドア付近に立ち
焦る気持ちと
なんで⁉️なんで⁉️
昨日、普通にいつも通りだったし
(前日、ふいに実家に行って
晩ごはんを一緒に食べていました)


なんでー⁉️
という言葉しか出てこなかった

母は強い人
だから、きっと息を吹き返して
くれるんじゃないか?
でも、息してないって
いつからその状態だったの?

いろんなことがアタマをぐるぐる
しながら、車窓から見えた青空
雲ひとつない
真っ青ではなく
ふんわり優しい水色の空でした


その空をみた瞬間
なぜか
不安と焦る気持ちがスーッと消え
ふわっと温かいものに包まれたような
そんな不思議な感覚になり


母が『大丈夫だよ』
と私に伝えているような気がしました

母は本当に大丈夫かもしれない

そう思いながら
実家の最寄駅すぐ裏の病院へ走る


病院の廊下の向こう側から
弟が泣きながら歩いてきた


首を横に振る
あ…と、私は冷静に受け止めました

延命処置をされたままの
母の側に座り

一人で、もう逝っちゃったんだね
そう言った記憶があります

昨夜、ふいに実家に行くことに
したのは
虫の知らせってやつだったのか


大病を12年抱えながらも
いつもと変わらずに
お決まりのセリフ
『なに飲む❓』
と聞いて
ごはんを用意してくれて
スピードスケートを滑るマネで
笑わせてくれて

話してくれた言葉は
最期の母からの言葉になってしまった

昨日、母は生きていたのに
今日、母は死んでしまった

身近な人の死は初めてではないけど
実母の死というのは
もう、この世の終わり
そんな感覚でした

母を実家に連れて帰り
たくさんの人が来てくれて
祖母の妹であるおばさんとその娘達が
おにぎりやら
なぜかミートソースの
スパゲッティをまかなってくれたり

遠方からやっと帰宅した父と
葬儀の段取りを決めて
父は母の隣で寝ると言って
ひとまず今日はと
みんな帰って


長年、母と暮らした
実家の居間で一人になり
この場に母が生きて、居ない
というのが全然信じられなく


母が毎日立っていた台所に向かって
『お母さん』
と呼びかけても
母の返事も姿もなく
とにかく
いつも居た人がそこに居ないことが
不思議でならない気持ちでした

母の遺品となったバッグ
隅から隅まで見て
中身を取り出した時に
私が幼い頃
母が描いてくれた私の似顔絵に
よく似た顔の
赤ずきんちゃんの人形を
母にプレゼントしていました


その小さな赤ずきんちゃんが
バッグの中から出てきて
私だと思って
持ち歩いてくれていた
ような気がして
その時、思いっきり泣きました

湯灌して棺桶におさめたら
母は ご遺体 となりました


火葬してしまったら
この姿の母には
もう二度と会えないんだなと
思ったら
焼かずに保存しておけないものかと
本気で考えてみたりもしました笑

通夜、葬儀とあっという間に
終わってしまい
後になってから
もっと母の側に居て過ごせばよかった
と、ちょっと悔やまれます

亡くなってから3年は悲しく
5年目位からはあきらめの気持ち
それからは
程よく、良い意味で忘れていられた


そうして12年目
13回忌を迎えた今日
久しぶりに母の、あの時のことを
思い返してみました

今だに
ふいに悲しくはなります
でも、生きている者は
頑張っていかな!って思って
母が一番に望み、伝えてくれた
『幸せになりなさい』
という言葉と思いを
大切にしていこうと思います


人が死んだら
どこにいっちゃうんでしょうね?