1912年4月10日に出航し、1912年4月15日に沈没した当時世界一と言われた豪華客船タイタニック号の話は、映画などで知っている人も多いでしょう。
しかし、この事故に関しては色々な疑問点が多くあります。近年の調査で、沈没したのはタイタニック号ではなく、姉妹船として造られたオリンピック号であることが分かってきています。タイタニック号を所有していたホワイト・ライン社は財政難に陥っていてタイタニック号にかけられていた保険金を得るためにわざと沈めた陰謀説は有名です。実際に沈没後に当時としては異例の100万ポンドの保険金がおり財政難の危機から逃れたこともあります。タイタニック号の建設費が50万ポンドであったからもどれだけ巨額な保険金であったかが分かります。
そして、出航の数年前から航路には大きな氷山の漂流の情報があったのにも関わらずそれをことごとく無視したこと。また、オリンピック号には重大な欠点があることからそれを改善しながらタイタニック号の建造が進められたものの完成が出航日まで間に合わずうり瓜二つだった欠点だらけのオリンピック号をタイタニック号として出航させたこと。
このときの船長エドワード・スミス氏は本来ならオリンピック号の船長なのに出航前急きょタイタニック号の船長になった。
このような事からもタイタニック号の沈没は仕組まれた事で悲劇ではなかった事だといえるでしょう。
亡くなった方々はそれに巻き込まれたので、その点では悲劇ですが・・・
映画でも、一等航海士のウィリアム・マクスター・マードックは、賄賂を受け取り乗客に発泡し、自らも自殺するという悪役に描かれていますが、これも嘘で、実際は、自分のやるべき職務を遂行して亡くなった人ですし・・・結構、嘘で固められた事実が多いです