記録したいことは、

ほんま、山ほどあるけども、

今日は、とりあえずビール🍺!的備忘録。

 

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今朝、久々、鮮明な夢を見た。

 

 

夢って、突飛な内容が多いけど、

今朝の夢は、突飛感ゼロで。

 

 

なんというか、

リアルに手に取るように、

瞬時に、心に伝わるような、

言葉を介さなくても、

瞬間的に分かるというか、

悟るというか、不思議な夢。

 

 

その夢は、

未来からのメッセージにも感じたし、

同時に、これからの近い将来、

大きく動いていく、

転換の時を迎えることを、

夢を通して伝わった。

 

 

そして、そこには、

個人的な想いを込めて。

 

 

世の中を含め、

新たな時、、時代を迎える前の、

過渡期というべく、

佳境の時に入ってくんだろうな。

 

 

知らんけど😇

 

 

そして、も一つ備忘録。

 

 

昨日の午前中に届いた、

カード使用のお知らせメールに、

全く、身に覚えが無く、

何これ?と不穏な気持ちに。

 

 

カードアプリを見ると、

29日の17:17となってて、

そんな時間にカードを使ってないから、

更に、寒気🥶

 

 

気を取り直し、さおり、落ち着けと、

心をどうどう🎠と、、

 

 

アホなので、

スッカリ忘れた買い物があるのかと、

あれかな?これかな?

と調べるも、わからん。

 

 

メールフォルダもチェックしてたら、

あれ?っと、

目が合ったメールお題を調べると、

マジスッカリ忘れてたのがあって、

もしや、これ?と。

 

 

謎が解けるような、光が差し込む様な、

希望的感覚になり。

 

 

そこを調べると、ビンゴ!!

 

 

不穏は、歓喜の舞になった💃

 

 

しかし、17:17って、

粋な演出してくれてたんやね。

 

 

不穏は、嬉しいギフトに、

変身したのでありました。

 

 

お終い。

 

 

☺︎

 

 



昨夜、

寝室側のカーテンを、

閉めようとした時、

何かが動き、よく見ると、

トカゲのようなものがいて。



その時は、

可愛いなと思いながら、

カーテンを閉めた。



でも、あれ?と🙄



トカゲほどのスリム感がなく、

ヤモリ?と、思ったけど、

ヤモリって、あまり見たことなく。



昔、沖縄旅で泊まった、

オクマリゾートのコテージの、

部屋に入って来たことがあって。



これが、ヤモリなんや!可愛い😍

と、感動したあの時に、

ヤモリという実物を認識。



なので、

南国の生き物のイメージがあるから、

こんなとこにおるかな?

フォルム的にはヤモリっぽいけどと、、🤔



ま、いっか、

もう、どこか行っちやったやろうと、

確認はしなかった。



その後、再び、ベランダを覗いた。



何故なら、この北側の寝室ベランダは、

私にとって、何か特別な場所というか、

なんでか落ち着くので、

引越してきてから、暇さえあれば、

寝室ベランダから外を眺めていて。



取り立てて、絶景でもないのに、

てか、何の変哲もない景色なのに、

なーんか、眺めちゃう、

癖になるような、不思議な吸引力がある。



そして、この5月の後半辺りから、

幾つかの動物さんが来てくれるようになり、

寝室ベランダは、観察スポットと化し、

今日もいるかなぁと、

毎日、何度もベランダを覗いている。



そんななので、

いるかなぁと、ベランダを覗くと、

さっきのヤモリ?が、

まだ、ベランダにいてくれた。



で、、

なんか、あれ?と思って💡



これも、何かの言伝かなと思い、

さっきは、写真撮らなかったから、

お姿を撮っておこうとパチリ。



夜なので、

シルエットは黒目だけど、

実際は、淡い色。



スマホの画像分析には、

ホオグロヤモリって出てて、

琉球列島のヤモリだそうで、

ここは琉球ちゃうから、

調べると、ニホンヤモリという種がいて、

きっと、ニホンヤモリだろうな。



しかし、ほんと可愛い!

足の吸盤、めちゃキュート💓



つぶらな瞳と可愛いあんよに、

ぷっくらしたボディ。



私的に、

爬虫類?の中では、

一緒に住みたいくらい、

ヤモリって、抜群に可愛いなと。



ヤモリは家守、

縁起のよい益獣なので、

ヤモリちゃんのお気に召せば、

ゆるりと我が家のベランダを、

住処にしてくれたらいいな。



余談。



昨年、引っ越してきて、

びっくりしたのは、

この辺り一帯、ユスリカが多いこと。



噛まない蚊みたいな虫を、

ユスリカと知ったのも、

何この虫?と、調べて知って、

また一つ、知識をget。



逆に、蚊は、殆ど居ないくらい、

快適な土地だったので、

すごく有り難いなと思うし、

大阪の子育て時代の、

蚊の多いあの地に比べたら、

ユスリカなんて、マジ可愛いもんだ。



なので、

ベランダはユスリカの楽園なので、

(今夏は暑いから、昨年よりめちゃ少ないけど)

ヤモリちゃんのご馳走に是非🤣



ユスリカちゃんを狙って、

蜘蛛ちゃんも巣を張っているから、

みんな、仲良く共存しようね。



ヤモリ一匹の来訪が、

とっても嬉しかった、おばさんだった。



☺︎







続き。


案の定、細い道ではあったけど、
お蔭様で、無事、到着し、
車から降り、水場に向かう道すがら、
ヒヤッっ!!と、
身体が足元の何かに反応した。


咄嗟に道の地面を見ると、
足元に蛇が横たわってて、
(全く、踏んづけていない)
生きているのかと思いきや、
多分、息を引き取って、
間もないような蛇の亡骸が。


上手く言えないけど、
蛇を確認するまでの僅かな秒間、
なんか飛びかかってくるような、
そんな気配を感じ、ヒャッっとなって、
既に、死んでるのに、
あの飛び跳ねる感覚を感じたことに、
不思議を感じた。


そして、一方では客観的に見てて、
その蛇は30㎝位の割と小さめのサイズで、
まだ子どもなのかな?とか、
なんか、見たことない柄の蛇やなと、
思った瞬間、マムシって感じて、、


え?この子マムシなん?


私は田舎育ちだから、
子ども時代の夏場、
時々、蛇は見かけることもあり、
でも、彼らは大人しい長い蛇ばかりで、
マムシって、見たことがない。


私のマムシ知識は、
昔、母が人伝に聞いたマムシ情報の、
マムシは飛び跳ねる位しか知らないので、
どんな見た目とか、全く知らないけど、
あの飛びかかってくる感覚から、
マムシを感じたのは、母からの情報知識と、
瞬間的に繋がったのかも?


とにかく、印象的だったのが、
こんな柄の子、見たことないな、
というのが、その蛇の第一印象。


いきなりの蛇の登場にびっくりしたけど、
飛び跳ねてきた感覚だけで、
リアルに飛び跳ねられた訳ではなく、
まぁ、良かったなと思いながら、
その道を歩いていると、、


今度は、道端の岩が気になるというか、
エネルギーがすごくて。


同時にこの感覚、
六甲の時に感じたエネルギー感覚と、
すごく似てるなーと、
蛇の件から、六甲エネルギーに、
意識はシフトし。


そして、
水場への山の道に差し掛かると、、


あぁ、やっぱりここは、
昨年、偶然、ウロウロ徘徊で見つけた、
あの水場と似てるな!と感じ、
それプラス、伊勢の自然神の宿りの場の、
エネルギーとも、どこか似てる!
と、瞬間的に感じ。


(あちこちのエネルギーと似てるのね😂
多分、6のエネルギー繋がりだろうな)


ただ、畏敬の畏れという感覚は、
私的には、お伊勢の自然神の方が、
抜群の研ぎ澄んだキレキレ度やけど、
立ち入るのが怖いなと感じる、
自然への畏れの雰囲気は似ている。


手付かずの自然というものは、
人間の力など易々と凌駕する、
神のエネルギーを内包していて、
だから、畏怖畏敬の存在であり、
光と闇、みたいな。


澄んだエネルギー場は、
その二つが共存共生してるから、
澄んだエネルギーを放っているのだろう。


そして、水場に着き、
本当に美しかった。


この澄んだエネルギー、
周りに存在する木々や岩と、
流れる澄んだ水が放つこの空間は、
本当にクリスタルのようで、
ここに、寄せてもらったことに、
心から、ありがとう✨と。


そして、この水場、
やはり、六甲で感じた水場と似てた。


不思議なんだけど、
なんか、重なるんだよな。


そんな贅沢なエネルギー場に、
こうやって、来させて貰え、
この地に縁し住まう流れは、
呼ばれるべく導かれた土地なんだと、
改めて、思った。


そして、もう一つ、
え?と、驚いたのは。


この水場の、
交通アクセス情報の検索の際、
何やら、興味深い記事があり、
読んでみると。


この水場は、
この地に引越してきた時、
任されてるなと感じた、
近所のお社と繋がっていたこと。


以下、昨年書いた記事の抜粋。


引っ越し先の、
ひっそり佇む神社から、
エネルギーとして感じるのは。

この神社、
とても、大きな役割を担っているなと。

ぱっと見、
有名なパワスポ神社のような、
煌びやかな派手さは皆無で、
どちらかと言えば、
人を寄せ付けないタイプの神社。

特に、
魂の祀ってあるお社からは、
もう、文字にするのもできない、
異質なエネルギーを放っていて、
見た目は地味だけど、
ポテンシャルの凄さだけは感じる。

私は、そこを任されている、
そう感じるんだよな。


昨年に書いてるように、
人を寄せ付けないエネルギーは、
この畏怖を感じる水場と同じで、
昨年、感じた答え合わせを、
しているような感覚になった。


点と点が繋がる、
若しくは、バラバラのピースが、
パチっと、はまる感覚。


そして、も一つ興味深いのが、
ここに引っ越して来て、
なんとも言えないような、
愛しさを感じる池とも、
この水場界隈と繋がっていて、、


任されていると感じたお社、
愛おしいと感じた池、
そして、この水場一帯、
これらの点が繋がったこと。


導かれざる時に導かれ、
それぞれ点達は繋がっていくんだなと、
なるほどなぁーと、納得した。


最後に。


水場から帰ってくると、
すっかり忘れていた蛇が浮かび、
あの蛇もメッセンジャーやと感じ、
カードを引くと、
これまた、なるほどなぁと納得の、
カード達が現れた。


そして、

水場に立ち入る前に、

蛇の亡骸があったのも、

あの時、飛び跳ねた感覚を感じたのも、

それらは、大切なメッセージを、

伝えていたんだなと、

家に帰り、遅ればせながら、、



あの蛇ちゃんに、

ありがとうと思った。



そして、
導かれ縁させて頂いて、
素朴で美しい自然に触れさせて頂き、
言葉にできない感動の時空間だった。


心から感謝、ありがとう🌿


水場記録、お終い。


☺︎




この地に越して来て、
たまに、Google mapを見ては、
美味しそうなお店を探すことがあり。


で、そのmap探索の中で、
何ここ?と、ふと気になる場所を、
幾つか見つけて、なんか気になるなと。


でも、今いま直ぐにを感じないから、
いつか縁するタイミングが来たら、
そこに運ばれ縁するのだろうし、
必要なければ、それまでやと。


そして、それ以前に、
幾つかの複数なので、
いちいち、それらの場所名を、
ノータリンは覚えられなくて、
毎度の忘却し忘れ去っていた。


それが、先月、
旦那さまが帰省してた時、
どこに行こうかと話してると。


昨年、旦那さまと山をウロウロ徘徊中、
偶然通り掛りで見つけた水場があって、
そこ行ってみる?と提案された時、
私は、上に書いたGoogle探索で、
見つけた場所の中の一つが、
パッと浮かだもんやから、、


「Googleで見つけた場所があって、
多分やけど、その場所、
あの時の水場と似てる気がするから、
今日は、そっちに行ってみてもいい?
なんか、道が細い気がするから、
連れて行って貰えたら、嬉しいな」


行き先変更で、
その場所へ向かってると、
私は、ナビに不穏を感じ、
こっち曲がった方がいいかも?と、
言うたもののスルーされ、
ナビ通りで行けるやろと、
旦那さまは、ナビの道を邁進し。


すると、うちのポンコツナビ、
とんでもない道を案内し始め、、💧


これ以上、進むのはヤバいかも?と、
ギリギリのUターンに成功したものの、
結局、別ルートでのリベンジはせず、
道中で見つけた公園に立ち寄った。


その時、感じたのは、
ここは、りゅうちゃんと来る場所ではなく、
一人で来いということだろうと感じ、
何となく、りゅうちゃんには、
合わない場所な気がした。


いつか、その流れになったら、
一人で行くかのぅと、諦め。


ただ、他ルートでも、
恐らく、道は細いかもなと思い、
その場所に呼ばれてる感と、
道の細さから気が進まない感が交錯し、
ま、どうでもいいやと放置。


あれから、約3週間ほど経った昨日、
いきなり、その場所が再びパッと浮かび、
あーこれは、呼ばれてるなと。


なんで、そう感じたかは、
また、別に記録するかも?の、
予定は未定ではあるけど、、


サクッと言うと、
7月4日の日の夜、突然、
変容の中(私の中の闇)へ身を投じることを、
自然と湧き上がるように覚悟できたから。


(変容って、蝶の蛹みたいに、
ドロドロしたもの、
言わば、見えない闇に入り溶けていく、
そんな感覚)


なので、
この呼ばれてる感覚は、
変容の一環の流れの通過儀礼、
みたいなものやなと。


とはいえ、
頭のエゴは、道の細さを案じ、
えー😮‍💨と抵抗し、
ほんまに行かなあかんのー?と迷う。


そこで、タロットさんに問うた。



で、タロットさんは、

分かりやすく、こう回答し、

四の五の言わず、さっさと行きなさいと。



やっぱ、行くことは決まってるのかと、

半ば、観念し、

身体が連れてってくれる時に任した。



そしたら、朝目覚めると、

それは今日のようで、

行くでー!と、身体が動く。



(これは、そのエネルギーを、

満月の日に合わせてるのかもな)



今日なんや、まじか、、

ちゃんと辿り着けるかな?と、

不安混じりに出掛け、

案の定、道は細くて恐々としたけど、

同時に、なんか大丈夫の感覚もあって、

無事、着き、水場に向かうと、、



今日は、ここまで。



☺︎












5月の備忘録。


昨秋辺りから、
彼が、アルバムを取りに帰るようにと、
何度も、感じていたので、
あの頃の写真を、手元に置いていい、、


手元に置いても、
私のメンタルは大丈夫、
ということなんだろうなと思いつつ。


結婚して以来、実家に帰っても、
彼との写真に触れる事は、
一切、なかったので、
果たして、実家に残っているだろうか?


生後からの写真はあっても、
彼との写真は、どうだろう?
処分した覚えはないけど、
絶対、あるという確信もなくて。


そんな風に過ぎった時、
彼は、ある、
ちゃんと残ってるよと言っていた。


なので、
ほんまにあるのか、
確かめたい気持ちと、
もし、あったのなら、
ようやく、手元に置ける嬉しさがあって、
アルバムを迎えに行かなきゃと、
はやる気持ちと裏腹に、
なかなか、帰るタイミングが合わず。


やっと、先々月の5月に帰省。


アルバムを置いてる場所は、
家の片付けの時から、
分かっていたけど、
アルバムを見だすと、
懐かしさから、作業が止まるので、
ずっと、アルバムの箇所はスルーしてた。


この度、その箇所に触れると、
母が、姉と私のアルバムを、
分けて纏めて置いてくれていて、
あれこれ確認する手間が省け、
持ち帰るだけの状態で、
とても楽をさせて貰った。


(まるで、この時のために、
母が、段取ってくれてたかのよう。
母の愛だな、母よ、ありがとう♡)


そして、
半信半疑やったけど、、あった。


恐る恐る、アルバムを確認したら、
その中に、ちゃんとあった!!


ほっとしたし、何より嬉しかった。


あの頃はフィルムの時代で、
今のように、常に携帯し、
手軽にスマホで、
取り放題の時代ではなく、
何かの折に撮るくらいで、
枚数にしたら、してれるけど、、


懐かしい彼の姿が、
私の手元に、戻ってきた。


〇〇くん、おかえりって。


そして、
上に書いたように、
メンタルが壊れることはなく、
ただ、あまりに懐かしくて愛おしくて、
少し、うるっとはしたけど、、


2023年の帰還のように、
涙に明け暮れることはなく、
彼の写真が側にあることが、
ただ、嬉しくて、
逆に、こんな気持ちにもなった。


彼に、おかえりと言うけど、
彼の姿が手元に在るだけで、
たかが、写真なのに、
なんというか、安らぎの源に帰ったような、
私も、ただいまの気持ちだよと。


ずっと、逢いたかったから。


彼は、手紙で、
写真は、お守りなるからと、
書いていたけど、
なんか、それ、わかるなって。


写真がなくても、
この36年の時間を過ごして来たけど、
写真が手元にあると、
なんだか、あったかくて安心できて。


…とはいっても、
じっくり見たのは、
帰って来た最初だけで、
手元に帰って来たから、
毎日、見ることはなく、
それが、かえって不思議でもあるけども。


持って帰ってくる時、
写真にべったりになるのかと、
思っていたけど、
そこはあの頃と変わらず、
さっぱりな私のまま。


そういう意味では、写真が手元に無かった、
これまでと変わらないかも。


ただ、この生活空間の中に、
彼との写真が居てくれること、
それだけが、シンプルに嬉しくて、
視覚的に逢いたい時に、
すぐ見られる=逢える、
側にいる安心、それだけで、もう満足。


で、ここからが、
記録として書こうとしてた本題。
(やっと本題😇)


彼との写真は、
アルバムの一冊の中の、
一部分に収められていて。


持ち帰った翌日だったか、
ふと、そのアルバムの表紙と目が合った。


アルバムに書いてある、
英文に、あれ?っと感じ、調べると。



愛は力であり、謎を動かす力である



この言葉に、

あーなんか、わかる!と感じ。



彼との存在の愛は、

知らずして、ずっとずっと、

根源である源という謎を動かす、

そんなチカラがあるなと。



私達の魂の歩みは、

いつもミステリーで、

マナカードでいえば、

一番最初の「イオ.ミステリー」のカード。




謎は謎のまま、必死に知る必要はなく。



それを動かすのは、愛の力で、

私は、ただ動かされてきただけ。



そして、次に、

もう一つのタイトルと目が合った。



止まり木



フランス語だそうで、

➊ ⸨助動詞は avoir⸩ 〔鳥が〕(枝や高い所に)とまる.

➋ ⸨話⸩ ⸨助動詞は avoir または être⸩ (高い所に)住む.


  1. とまり木に位置している人

    a person situated on a perch.

    とまり木に位置している人。

  2. 止まること(木枝の上でのように)に適応した足を備えた鳥




等と、書いてあり、
え?っと、驚いたと同時に、
浜省の木霊が浮かんで、、


あなたの梢になろう。


あの歌詞と、
このタイトルが重なった。


36年前のアルバムに、
未来へのメッセージとして託し、
時空間を超えて、
私が、それに気づいて、
解読するのを待っていたんだなって。


このアルバム自体、
私が選んで買ったものでもなく、
恐らく、母が買っていたのを貰い、
何の気なしに、貼っていただけ。


でも、
その何の気ないことこそ、
ミステリーで、
そこに愛を仕込み、
36年の謎の時間の中、
隠れた愛は、動き続けていた。


ただのアルバムタイトル。


でも、それは、
大切な愛を伝える、
時空に放った愛のメッセージで、
それを、36年の時を経て、
回収した喜び。


この世は、
本当にミステリーで満ち溢れて、
些細な細やかな事ほど、
謎、ミステリーは大きく隠れている。


とりあえず、記録として。


本日、頂いた七夕メッセージ。




貴方の涙は真珠、愛はまばゆい。



どこか、私達の人生とリンクする、

切なくも素敵なメッセージ。



そして、今日は、
私を動かすものとの出逢いの日。


なんか、また一つ、
特別な感覚を感じたな。


記録ネタは、
ほんと、アホほどあるけど、
なかなか、言葉にする事が、
どんどん難しくなって来てるので、
悩ましいところ。


書くも書かないも、
この身体任せで行こかいな。


☺︎