さっき父から

叔父が亡くなったという

知らせを受けました。



叔父と叔母は

若い頃から

夫婦でとても苦労をされ



でも



夫婦で苦労ならば苦労じゃないと

言ってしまう、、

そんな

素敵な夫婦でした。


どちらかというと

叔父さんよりも

叔母さんの方が情に溢れ

叔父さんは

母性溢れる叔母さんに

甘えていた感じ、、


一見頑固そうに見える叔父さんでしたが、

叔母さんのお財布から

コソッと

お金を拝借していては

舌をペロッと出して逃げていく姿が

今でも鮮明に思い出されます。

行き先はパチンコ(´-ω-`) 



私の両親には

見ることが出来ない

そんな

夫婦の形が

とても奥ゆかしく

大好きでした。



私が高校卒業の時

卒業旅行と題して

叔父さんの家に

一ヶ月ほど遊びに行きました。



どういう事かと言うと、
私は父の仕事上
関東育ち。
本家は北海道。

数年に一度しか
おばあちゃんの家にも
訪問出来ず、、

祖母が他界してからは
更に
親戚に会うために
わざわざ
北海道に行く事もなく、、



ただ、

高校を卒業し
社会人になる前に



漠然と、、


ご先祖様のお墓に
お参りをしたくなった私は

飛行機が苦手も相なって

当時

青函トンネルが
開通していたこともあり

寝台車に乗って


16時間💦


揺られ揺られながら行きました。



寝台車の予約から

支払いまで

全て

自分で

計画を立て旅立ちました。



うちは

不思議なほどに

子どもにはお金を掛けない事が

モットーの両親の下

育った自分だったので


勿論


頼るつもりもありませんでしたね、、ニコニコ



長い長い旅路の果て

札幌駅に着くも

迎えに来てくれた

叔父さんと叔母さん。



叔父さんは

口数が少ない

ちょっと不器用な5昔前の人。


会ったのは

数えても

片指で足りるくらいの

間柄なのに、、



何故か

私が子どもの頃から

可愛がって下さったという

自信があって、

これは

誰が何と言おうと

私には優しく

大好きな叔父でした。



事業が上手く行っていた当時

蟹道楽に行って

豪華なコースを

ご馳走してくれました。



蟹の刺身なんて、、


人生

最初で最後


本当に

感謝しかないです。



月日は流れ

日本の景気と共に

事業は傾き

最終的には

持ち家も手放し

生保になりましたが



私は、

公務員で

安定重視で

飄々と人生を送って来た

自分の父よりも



挑戦をしながら

生きて来られた

叔父に

軍配をあげたいと思います。



私の父も

勿論

苦労した歴史はあるのですが


きっと

私の中で

両親に枯渇する想いが

あるのかも知れませんね、、


感謝は

勿論

していますが、、

( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )



話が

余りにも飛んでしまいました。



今日リプログさせて頂いた記事を読みながら



もう、、



自分の甘さに

恥ずかしくなるばかりです、、



一日 一日

本当に大切に、、



年を理由に

逃げてはいけない。


奮起をお越し

頑張りたいと思いました。



どんな人にも

一日は24時間。



唯一

平等に与えられた万物。


人は
何よりもお金を重要視するが
過ぎ去った時間は
お金で買えない


学生時代に読んだ  
格言集の一節です。



改めて

胆に銘じ

頑張りたいと思います。



皆様も

時間を大事にしてくださいね🙏🏻