全摘+再建術後
の、アラサー独身の私です。
オペをして、本日で6日目になりました。
やっとここまで来れました
オペ直後~4日目までは、本当に辛くて苦しくて痛くて毎日が憂鬱でした。
家族も、「掛ける言葉が見つからなかった」といっていました。
なんと表現するのでしょう。
胸がベッドにくっついて縛られてる感じ
息をするにも、泣くにも、痛くて出来ない。
そんな私に「ご飯食べれたら食べて下さいね」と言って置いていくナース。
「食べられないので、いりません」
と、下げられる日々。
形成の先生がいらっしゃった時に「ほら~、起きてごらん。」と靴を履かせてもらいました。
4日目にして初めて、ベッドから体を起こしました。
痛くて無理だ、とすぐに寝ました。
「ご飯だって、起きられないんだから食べられるわけないじゃん!」
と怒ってしまいました
寝ても、寝られません。
痛いと言うと、痛み止めと安定剤の繰り返しコースでした。
背中をさすって、ベッドから剥がしてほしいです、と言えなかった
そんな4日目の夜、新人のナースでしたがゆっくり時間を取って、私にお食事の内容を説明してくれたのです。
「食べよう」という意欲がわきましたが、数口で終了。
彼女は夜勤だったので、翌朝も同じようにしてくれました。
起きる方法は、形成の先生から教えていただいていたので自分で起きて、5日目の朝に初めてしっかりとお食事をいただきました。
それからというと、突然通常モードになりました。
暇をもて余しています。
「あんなに痛いって怒ってたのに
」と、先生にも驚かれました。
おかげさまで、センチネルは陰性だったようです。
私が自分らしい生活を取り戻せたおかげで、看護師さんも優しくしてくれる気がします
というのは違って、皆さん真剣に痛みを取ろうと考えてくれて、対応してくれました。
それで、私が笑ってる姿を見てくれて「ほんとに良くなりましたね
」と、声を掛けてくれるのです。
皆さんのおかげで、今があります。
今日は、今の私の傷を載せようと思います。
傷を見て、率直な意見を聞いてみたい(もちろん、同じ病気の方に
)
こんな状態になるんだ、とわかってもらいたい(これからの方のために
)
そんな思いをもって載せます。
気分を害されたらごめんなさい
この先は進みませんように。
(なんとなく、縁起良く上げます)
入院しました。全摘+再建に向けて
の、アラサー独身の私です。
みなさま、いつも温かいコメントやメッセージをありがとうございます。
本日、入院しまして、明日の午後オペ予定です。
今は無傷で、健康(と思っていた)で、このままがんが無くなってしまえばいいのにな…、と思いながら夕食をいただきました。
明日には、私は全身麻酔を受けて、胸には傷があって、尿管が入ってて、今と違うわたしになっちゃうのかな。
1週間、肩を挙げてはいけないって、どうやって頭を洗って乾かすのかな。
またテープかぶれしたらやだな。
とにかく、未知な自分を迎え入れるのが怖いです。
みなさんが後に続く方のために記録してくれたブログを、読み漁っています。
怖いです。
このまま、帰りたいです。
術後のわたしは、わたしのままでいられますか?
命があるから、いい。
命があるから、ホルモン療法もやろう。
命があるから、…
でも、私はわがままに、キレイな無傷な胸もほしい。
医療は日進月歩。
もっともっと、歩みを速めてほしい。
今日までのわたしが大好きでした。
わたしのままでいたいです。
全摘に向けて
の、アラサー独身のわたしです。
乳がんになってからブログを始めました。
いただくコメント、メッセージを何度も読み返しています。
本当に本当に、ありがとうございます。
先日、受診をしてG研の先生の見解もお聞きしました。
「がんはね、実は乳頭から距離があるみたいだよ。だから、部分切除でも大丈夫かも。
あと、G研なら、乳頭乳輪温存の全摘をしてくれるよ。ただ、そのオペは推奨グレードC1(細心の注意を払う、でしょうか?メモして自分で調べてみました
)だから、うちの病院ではできない。
自分で聞きに行ってもいいし、それからオペを組み直してもいいし、どうしますか?」
「うー…ん、、、」
聞きに行くにしても、せっかく直近で組んでもらったオペはキャンセルにしなくては。
それに、口では心配してると言ってくれる師長さんだけど、実際に受診のための休みを欲しくて声をかけるとあーだこーだ言うので、こちらの心が折れるから休みがほしいと言えない…
「一度、形成外科で話を聞いてきてもいいですか?」
と言って、一旦退室しました。
形成外科の先生は、お若く、物腰柔らかな感じです。カルテを見て、私が悩んでいることも理解してくれていました。
「何もないおっぱいは、耐えられない」と涙してしまった私に、
「もしうちで受けるようなら、全力でカッコいいおっぱいを作ります」
と、力強く目を見て言ってくれました。
再び、決められぬまま外科の外来に戻った私ですが、当日は夜勤業務の前に受診していて「そろそろ帰らなくちゃ…」と、母だったらどうするか相談のラインを送り、そのまま全摘をお願いしてきました。
あとでわかりましたが、私と同じように泣いてくれる家族も、私を側で支えてくれる彼も、全摘が良いんじゃないか、と思っていたそうです。
でも、私が決断するまでは何も決定的なことは言わず、私の言葉を聞いていてくれました。
ありがたい存在です。
こうして、皆さんからいただいたご自身の体験を基にしたアドバイスも参考に、私は全摘を決めました。
診断書は、私の希望通りに書いてくれるそうで術後1ヶ月の休養を要す、とお願いしました。術前までは、かなりきつきつスケジュールをこなしてきましたので、私としては+2ヶ月(計3ヶ月)お休みを考えています。
私の身体は、私が労ってあげないと。
働きに出たら、みんな一緒です。みんな、肉体労働です。
あぁ、ほんとはブロ友さんのように、私の無傷なおっぱいをプロの方に撮影してもらいたかった
あぁ、ワコールのリマンマルームでたくさん泣きたかった
なのに、自由な休みが入院前日の「半日」しかない
これは愚痴になりますが…
病棟にお節介なおばちゃんナースがいます。
私は、乳がんかもしれないということは3人の方にお話しました。おばちゃんは含みません。
ある夜勤の時にみんなの前で突然、「あなたは若いんだから闘病を頑張ってほしい!」
と言うのです。
驚きのあまり、固まりました。
またある日、これから休みをいただくのですみません、と他のスタッフに声を掛けていると「あ、なに、決まったの?全摘?生検はしたの?」
……このデリカシーの無さ。
生検?とっくにしたよ。どうやって診断つけるつもり?て言うか、関係ある?
頭に来たので、師長の耳に入れさせてもらいました。
まだ続きはありますが、この無神経さに私は大いに傷つきました。もやもやして、思い出しては涙が出ます。
私は人に言いたくないし、自分でも受け入れられてないし…。
なので、もうそんなに無理して働かなくても良いんじゃないかと思って、お休みをいただきます。
女の職場ですから、噂はつきものだと理解しています。でも、直接ぶつけてくるのはどうなんでしょう?
一生関わりたくありません。
こうやって、今まで以上に付き合っていく人と、こちらから離れていく人、あちらから離れていく人(悲しいけどいるかもしれませんね。)といるのでしょう。
それでも、病気にならなかったら出会えなかったブロ友さんがいます。私の財産です
愚痴を聞かせてしまい、ごめんなさい。
全摘+再建に向けてあと数日です。


