本気で帰国しようかと思った。笑 | ♥つゆ子のReal Africa Life♥

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TCE(Total Control of Epidemic/HIV・AIDSの啓発活動 in Africa)の活動を通して得た経験、感じた事、人との出会いを記していきたいと思います^^*

皆様、お久しぶりです!!!

約3週間ぶりのブログ更新です^^*

先週の木曜日に無事に助成金の資料が完成し、何度も誤字脱字確認して、先週の土曜日にようやく提出する事が出来ました!


この3週間、常に助成金・教科書プロジェクトの事を考えて生活していました。

無事に応募が終了して良かったです♥


助成金が頂けるか否かは、来月末に発表される予定です!

かなり多くのライバルがいる事が予想されるので、私の教科書プロジェクトに助成金が下りるように祈っててください!!!笑




さて、本題ですが、今日はここ最近の自分の心境を書きたいと思います。




先週の土曜日で、私のアフリカ生活も遂に8ヶ月目を迎えました。

そして、この3週間で私のモザンビークLifeは大きく変化しました。


1年間一緒に生活を共にしたSujinが韓国に帰国し、その一週間後に新メンバーとしてコロンビア人のシンディブラジル人のルーカスがやってきたからです。


韓国人は国がお隣なので、まだ考え方・ライフスタイルが近い所があるけど、南米の人って、もう真逆って言いたいぐらい真逆なんですよね・・・笑 


言いたい事は遠慮なしに言うし、自分に興味ない事には全く興味示さないし、お金とか時間にも若干ルーズやし…


まぁ、その点はこの1年間、多国籍の人達との共同生活で鍛えられたから、チョットイラってするぐらいですぐに気分も元通りに戻ったけど、2人が来たことで大きく変わった事があります。


周りの私達に対する評価です。


その評価って、ポルトガル語の事なんですけど、もう新メンバーが来てから周りが私達の事をボロクソにけなし始めて…笑


そうなったのも、ポル語が母国語であるルーカススペ語が母国語のシンディが来たから。 (シンディ曰くポル語は90%スペ語と一緒やから、ポル語はかなり理解出来るとの事です。)


もう7カ月もモザンビークで生活してるけど、やっぱりミーティングとか日常会話じゃない話題になるとポルトガル語がさっぱり分からなくなるのが現実です。

で、仕事の話ししてて、何言ってるか全然分からんから

「Como? Como? (何?何て言ったの?)」って言ってたら

「Saoriは未だにポル語分かってないよねーーw」って笑いながら言われたり。 (´・ω・`)


現地人がルーカスと会話し終わった後は「Fala bem!!!(彼、ポル語超話せるじゃん!!)」って、私の方見ながらいちいちコメントしたり。 (´・ω・`)



そもそも、母国語がポル語であるルーカスと私達を比較する事が間違ってると思うし、彼らが来る前から私は語学に関しては気にしないように心がけていました。


でも、毎日毎日「Saoriはポル語話せない」「彼らは超話せる!」って比較されまくり、更に彼らの自由奔放さで少なからず生活環境も変わった事によっていろいろと精神面で問題が出てきました。


私は、既に7カ月ここで暮らしてて、自分なりのやり方・生活スタイルを確立してたのに、それを彼らが来て2~3日で崩れ始めたので、それが本当に苦痛で苦痛で笑




「自分小さいなー」って思いながらも、許容するのはなかなか難しい。笑


そして、小さいストレスが溜まりに溜まっていたのにも関わらず、それを誰にも言わなかったので先週遂に爆発してしまいました。




もう、何もかもが楽しくなくなって、完全にアフリカの生活を楽しむ心を忘れて、部屋に引きこもって、一人で大泣きして、寝てても日本で生活している夢しか見なくなってしまいました。


こんな状態でここに居ても意味がないと思い、本気で「帰国」という言葉が頭をよぎりました。


『もぅだめだーーーこれ以上ここに居たら自分が潰れる(ノω・、)』って思っていた時に、アメリカで開発インストラクターになる為の研修を受けていた時の写真をなんとなく見返してみました。



そして、その時何故、自分が今アフリカの地に立てているかを思い出しました。



約9週間、アメリカで朝から晩まで募金箱を抱えてファウンドレージング(募金活動・以下、FR)をして、沢山の人の協力があってここに来た事を思い出したのです。


【こんなポスターと募金箱をかかえて、1日中募金活動を行います】


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私が所属していたアメリカのNPO団体IICDでは、プロジェクトに参加するメンバーは全員募金活動をする必要があります。


理由は、アフリカを支援する人材(私達、Development Instructor)を育成する為に団体を運営する必要があるからです。


1人あたり$6000、私のチームは11人だったので$66000を、2ヶ月間で集めてくる必要があります。 (半年間の研修のうち 、2カ月間はFR、その他の期間は語学、アフリカについての勉強って感じ^^)




FRの方法は、いろいろあります!


イオン・イトーヨーカドーみたいな大型スーパーの出入り口に立って募金を呼び掛けるStore FR


四条通りみたいに、人が多く集まる所を歩いて、すれ違う人にひたすら話しかけるStreet FR


小売店(服屋・文具屋・花屋・・・とにかく店全部!!)・カフェ・飲食店を一軒一軒まわって、オーナーに募金をお願いするBusiness to Business


お家を一軒一軒回って、募金をお願いするDoor to Door


究極のFRは、2車線以上の大きい道路の横断歩道付近に待機して、赤信号になったら、信号待ちしてる車に駆け寄り、募金をお願いするCar FR(ホームレスみたいで本間に嫌いやった!!!!!!でも、これが案外稼げる笑)





当時、超チキンで英語を全く話せなかった私にとって、FRはそれはそれは過酷なものでした。






初めてのFRの前には、先輩チームのお姉さんにスクリプト(台本)書いてもらって、IICDとアフリカのプロジェクトの説明文を頭に叩きこむ所から始まりました。


FR初日は、英語話せない状態で一軒一軒家をまわって、カンペを見ながらプロジェクトの説明をしました。 何軒まわっても『Not today』って言われ続けて、1セントすら貰えなくて挫けかけた時、あるおばあちゃんが「$3やけどアフリカの為に・・・」って募金してくださり、嬉し過ぎて号泣した事がありました。



でも、数日経っても自分から人に話しかける事が出来なくて、怖くて家も店も訪問出来なくて、全然稼げませんでした。



そんな時「人を見た目で選ぶのはダメなこと」「Open mind」をチームメイトに教えてもらってから、1人で家も店も回れるようになりました。


全身にタトゥー入った超強面の兄ちゃんにも話しかけれるようになって、その兄ちゃんが「俺の姉もアフリカで看護婦として働いてるんだ、お前もガンバレよ!」って$60をすんなり募金箱に入れてくれたこともありました。



【1人で1日で稼いだ最高金額$418!! 2011年9月3日】


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やっぱり、募金活動に対して凄い嫌悪感を抱く人もいて、たまにすっごい勢いで怒鳴られたり突き飛ばされたりしたこともあったけど、募金文化が根付いているアメリカでは多くの人が募金に協力してくれました^^*


なので、嫌な事があっても諦めずにアフリカに行く為に毎日頑張ってFRに挑んでいました。



嫌な思い出もホンマにいっぱいあるけど、それ以上にたっっくさんの人に優しい言葉をかけて頂いて、助けてもらってFRを終える事が出来ました。


猛暑の中FRしてた時には『栄養とらなあかんよ!』って、あたしの為にお菓子やらご飯やら飲み物やら買ってくれた人がいっぱいいました。


【大雨の中、軒がないコリアンマーケットの前で募金活動してた時、それを見かねた店のオーナーがお昼ごはん奢ってくれたビビンバセット♥】


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誕生日前日にNYのオーガニックマーケット前でFRしてた時、たまたま日本人のお姉さんたちが通りかかったので話しかけて、そこから雑談して、明日誕生日って事話したら、「今からお祝いしよう!!!」ってケーキ買って下さって、お家に招待してもらってバースデーパーティしてもらったことも❤



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また、FR中は1人1日$3(食費)で全てをやりくりしないとダメで、宿泊費に充てられる予算は$0w

だからカウチファーフィンっていうサイトを利用して、タダで家に泊めてくれる人を探さないといけませんでした笑


【初めてのお宅…と言うか、お店のギャラリースペースを借りて皆で寝袋使って雑魚寝w】
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宿探し担当になった時は、5人、6人(チームを2分割!)の大所帯での宿泊やから、なかなかホストが見つからなくて病んだ時もあった・・・(´・ω・`)笑


私自身は、9週間のFRの旅で7軒のお宅にお世話になって、もぅ全てのホストが本当の家族のように接してくれて、今でも当時の事を鮮明に覚えています。


くたくたに疲れてFRから帰ってきたら、夕食を私達の為に作ってくれていたホストもいました。


【最後のホスト! 他のカウチサーファーもいて、2DKの家に13人が収容されていましたw】
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【海軍のパトリック宅♥ナイアガラの滝がすぐ近くにあるお宅でした^^】
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【Rob宅!私の21歳のサプライズパーティの様子♥テロ10年目の9.11は、NYにいました!】
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辛いこと、苦しい事いーーーーーっぱいあったけど、すぐに思い出すのはやっぱり楽しかった、嬉しかった思い出ばっかり。


最終的に私1人で$6500以上、チーム11人で$66000以上の募金をして頂くことに成功し、何万人もの人の協力を得てアフリカにいる事を思い出しました。


それに、この1年でもいろいろ問題あって、そのたびに挫けそうになっても頑張ってきたのに、ここまで来てちょっとしたことで、それから逃げて帰国するとか考えてた自分がすっごい馬鹿らしくなりました。



思い出に浸ってそんな事を考えている間に、いつのまにか気分が晴れていました(・∀・)笑

でも、今回の病み期は、この1年間で1番のものでした。


危なかった笑





今回何が言いたかったって・・・


あと5ヶ月ちょっとで日本に帰国する私ですが、未だにポルトガル語は分からないし、この7ヶ月間で現地の人の為に、TCEの為に何が出来たかって聞かれると正直答えられません。


まだ大きな成果は何ひとつ残せてないので・・・。


でも、たーくさんの人に支えられて、可愛がってもらって、これまでの7ヶ月間をモザンビークで楽しく過ごす事が出来たので、今自分が仕掛けている教科書プロジェクトを成功させたい想いがより一層強くなったし、何としてでも成功させなきゃって思うようになりました。





それを成し遂げる事が、アフリカの為に募金して下さった方、私の活動を応援して下さっている方に対して私が出来る最大限の恩返しであり、現地の人に対しての最大限の貢献だと思いました。






これからの5ヶ月間も様々な事があると思いますが、たくさんの事を学べる環境に身を置けている事に感謝しながら、自分なりに頑張っていきたいと思います。



私、最後まで頑張ります。

ここまで読んで下さった方、お疲れ様でした。 そして、ありがとうございました。




【IICD MA校♥2011 May Africa Team♥】
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この写真は、アメリカで共に研修に励んだ仲間たち♥

一緒に活動しているTakuya以外はみんな任期を終えて帰国したけど、今日も世界中で頑張ってる仲間の事を想いながら、自分も頑張ります^^*





【モザンで活動を共にし、未だにポル語に苦しんでる私とTakuya笑】


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Takuya、モザンでの活動もあと5カ月やけど、何かしら成果を残して帰りましょう!

最近かなりのわがまま娘やけど、あと5カ月よろしく(・∀・)へへ




Beijo



♥Tsuyuko♥