子育ても自分の時間も欲張りたい私の日記(仮)

子育ても自分の時間も欲張りたい私の日記(仮)

コーチングを通して自分と周りを幸せに!コーチング勉強中の私が、学んだ事を毎日の暮らしの中で実践していく日記です。

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 2歳になった君へ
 

お誕生日のお祝いを伝える前に、母の懺悔を聞いてほしい。

 


手のかかる子

母は君の事をそう考えていた。つい最近まで。

 

たしかに君が産まれてからの2年、特に授乳だけの時期を過ぎてからのこの1年ほどは私の生活の中で君の対応に時間を使う割合がとても増えていた。

 

アレルギーと肌荒れで日常生活で気を使うことが多く、定期検診でも要検査項目があり、嫌がる君を連れて定期的に検査に行かなきゃいけないこと


夜、しばしば突発的に寝ぼけて泣き叫んで暴れて、その度にこちらも寝不足になること


一度癇癪を起こすと手をつけられなくなり、驚くほど強い力で私のハグを拒否して手をつけられなくなり、その度にこちらの予定が崩れること


食べた物を口から出す、救急箱の絆創膏を片っ端から出す、お姉ちゃんの大事にしている塗り絵を粉々に破くなど、その状況でのtop ofやって欲しくないことをもれなくやってのけて、後処理に追われること

 


その度に私の気力や時間を搾取されてるいるように感じられて

怒りの行き場がわからなくて自分の心の余裕が瞬間的に空っぽになってつい反射的に君を叩いてしまう事もあった。

その度に自分の器の小ささに愕然として自己嫌悪に襲われて、ますます怒りとか不安とかの負の感情の片付け方がわからなくなって。

だんだんと君に対するモヤモヤが積もっていった。

 


だから私は君にいつのまにか

手のかかる子

というレッテルを貼っていた。

 


君のいない所で

「うちの息子はちょっと手がかかって大変で」

「とにかく怪獣で計画的に出掛けられないんです」

なんて苦笑いをしながら話をする度に、君の悪口を言っているような気分になって胸がチクチク傷んでいた。

 

手のかかる子ほど可愛いわよね

なんて言われても全然そんなふうに思えなかった。

君は可愛くて愛おしくて大好きだけど、手がかかるのは別問題。

そんな風に考える私って母親失格?

どんどん自己嫌悪メーターが溜まっていっていた。

 

誕生日祝いを兼ねて行ったディズニーランドで泣きじゃくる息子

 

 母をハッとさせた保育園の先生の言葉

 

ある日の保育園のお迎えの時、君が保育園でも癇癪モードになってしばらく泣き叫んでいたと報告を受けた事があった。

先生からの一言で癇癪を起こして暴れ回る君を追い掛けている間の絶望感が一気にフラッシュバックして『あぁ、ついに保育園でもやったか…』とげんなりした。

 

そんな私の気持ちを見透かしたのか、先生は

「自我が芽生えてきたという成長段階なのかもしれないし、これがこの子の主張の方法なのかもしれないし。どちらにしても、自己主張できるようになったということで、成長を感じましたよ」

と淀みのない笑顔で明るく言ってくれた。

 

自己主張…?

成長…?

 

思いもよらなかった先生の言葉でげんなりした暗い気持ちに光が差したようだった。

 

またある時は保育園で

「息子くん、シール貼りをずっとしていたんですよ。集中力があるし、手先も器用ですね」

と教えてもらった事があった。

 

そっか、息子は手先を上手に使えるようになってるのか。

家でも娘のシールを勝手に貼って喧嘩の火種になったり、大事な手紙をビリビリ破いて手を焼いていたけれど、それも集中力と器用さの表れだったのか。

 

母の中で手のかかると思っていた君の行動が途端にキラキラ光る長所に思えた。

先生に教えてもらって母は初めて君の得意な事に気が付けた。

 

それと同時に、自分がなぜ気付けなかったのかも考えた。

 

それだけ余裕が無かった。

毎日の生活に必死で、目の前の君の繰り広げる惨事の片付けに追われて、成長や特技に気付けなかった。

そして、君に「手のかかる子」というラベルを貼っていた。

君の日々の成長や主張に目を向ける事を避けていた。

 

 

 観察をして気が付いた事

 

保育園の先生の言葉でハッとしてから、母は意識をして君をよく観察するようになった。

 

 

君は器用でシールを剥がしたり紙を細かく破いたり、大きな手で細かい作業が上手。

 

お姉ちゃんの動きを傍でジーッと観察していては少し離れた場所に行き、見た動きの真似を一人でしている(母はそれをこっそり「自主練」と呼んでいる)。

 

お姉ちゃんを叩くのは、一緒に遊びたいお誘いで力が強すぎたパターンと、お姉ちゃんの言葉での反論に返せなくて手が出ているパターンのどちらかだった。前者は「どうぞ」が言えるようになって少し減った。後者は2人の間のケンカなのでしばらく見守る事に。

 

ごはんを口から出すのは、熱かったり硬くてびっくりした時、または食事をしばらくした後でお腹いっぱいな時だった。

 

集中して呼びかけても無反応なのは集中メーターがMAXな時で、そうでも無い時はこちらに意識を向ける。MAXな時の様子も観察していったら理解できた。

 

癇癪を起こすのは、眠いけど寝れないなど自分でコントロールできない場合か、おかしのおかわりが無いといった主張が通らない場合だった。

しばらく見守ると落ち着く事がほとんどなのでそれからは観察をして反射的に対応しない事にした。

すると、次第に泣き止んで寝る準備に入ったり他の遊びに目を向けたり自ら気持ちを切り替えて解決するパターンと、踏み台に乗ってでも冷蔵庫を開けておやつを出そうとする主張強行パターンとに分かれた。

前者は引き続き見守り、後者は危ないのでこちらが折れておやつをあげる事にした。

 

 

観察を続けると、癇癪の君なりの理由や目的を想像する事もできるようになってきた。

母や父は時々、大人の都合で遊びを中断させていたけれど(そして君はたいていそれから癇癪を起していたけれど)

目の前の遊びに集中して遊んでる時に大人の力で無理矢理止められたらそりゃあ嫌だよね。

 

君はただただ目の前の事に常に全集中で、その表現の方法やタイミングに母が勝手にイライラしていただけだった。

 

手のかかる子、というのは母の都合での勝手なラベリングだった。

君は手のかかる子じゃあないよ。ごめんなさい。

 

 

 2歳になった君へ

 

2歳のお誕生日、おめでとう。

今日まで母のそばにいてくれて、生きていてくれてありがとう。

 

 君は生まれた時から大きくてその大きさも

ご飯をモリモリ食べる満足が表情も

少しずつ発するようになってきた言葉も

その全てが母は愛おしくてたまらない。

 

母は君のおかげではじめての気持ちも体験を沢山している。

お姉ちゃんの同じ頃とも全く違う。

その分悩んで余裕が無くなって

時には君にその怒りをぶつけてしまってもいる。

 

でも、君はいつでも君らしくいてくれている。

母がラベリングをして怒っても

反省をして君を観察の視点で見るようになって怒らなくなっても

君のやる事はあんまり変わらない。

 

そのマイペースさが母を救ってくれている。

 

それどころか2歳になる君はまだまだ甘えん坊で

保育園のお迎えに行くと満面の笑みでこちらに向かってきてくれるし

外を歩くときは当たり前のように母の手を探して繋いでくれる。

 

その君の無償の愛情が母の癒しだ。

ありがとう。

 

母は君の好奇心を応援したいし、支えたい。

まだまだ未熟で、イライラして怒ってしまう事もあるけど、母もちょっとずつ成長していくからね。

だから君は君のままでいいんだよ。

いつまでも君のマイペースさを母にぶつけてきてほしい。

 

ありがとうをたっぷり込めて。

2歳のお誕生日、おめでとう。

 

君の未来は明るいぞ。いざ、出陣!(上田城跡にて)

昨日は節分。

 

近くのスーパーで予約していた恵方巻を受け取って

鬼のお面でも買って帰ろう~という作戦だったのですが、

 

豆まきグッズ、無い!!!

スーパーにも100円均一にも、無い!!!ガーン

 

あるのはバレンタインとひな祭りのグッズばかりでした。

こういうのは事前に準備しなきゃいけないのね~と教訓になりました。

大人が食べるための豆すら買えなかった笑い泣き

 

なので、即席で鬼の絵を描いて壁に貼って

子供達が保育園で作ってきた枡(と言うなの豆入れ)に

新聞紙を丸めて豆にして、こじんまりと豆まきをしました。

 

子供たちは楽しんでいたから、まぁいっか花

お金かけずに済んだしね(ニヤリ)

 

そして夕食は予約購入をしておいた恵方巻を。

アレルギー持ちの息子にはキュウリを細巻きにして出したのですが、

かぶりつくスタイルが楽しかったのか

夢中で細巻きを食べていました。

 

恵方巻は、恵方を向いて願いを込めながら黙って食べると願いが叶う

と言われていますが、我が家で実践できたのは息子だけでした笑

 

娘は太巻きを解体したり歌ったりして落ち着かず

私はその娘にあれこれ口出ししていたら黙って食べきる事はできませんでした。

遅くに帰ってきた夫はルールなんて気にせずマイペースで食べていました。

 

恵方巻を食べていて思い出すのは、

数年前に私の実家で同居していた時の節分のことです。

 

 

夫も仕事が休みで、私たち夫婦と私の両親の大人4人の食事の席で

太巻きを1本食べ終わるまで恵方を向いて無言で食べる私と両親を見て

夫が驚いていたのでした。

 

恵方巻は恵方を向いて無言で食べる

というルールは聞いたことがあったようですが、

夫は実践したことが無く、家族でもやったことが無かったそうです。

子供だけならともかく、私の父までもが真剣に恵方巻にかぶりついている姿が夫にとっては衝撃だったようです笑

 

我が家は行事をルール通りにやるのが定番で、

私は家族でこの食べ方をするのが節分の恒例になっているのでした。

 

家族の習慣の違いを改めて感じた節分。

今年も恵方巻を食べながら、その時の夫の驚く顔を思い出したのでした。

つい先日のこと。

 

私と娘と息子の3人で夕食中、

息子が立ち上がった拍子に味噌汁の入ったお椀が傾いて味噌汁がこぼれた。

テーブルだけでなく、テーブルを伝って床に脱ぎ捨ててあった私のスリッパにも味噌汁まみれになっている。

 

その瞬間、よく覚えていないけれど息子に言葉を発してしまった

「ちょっと!」だったか「やめてよ~」だったか覚えていないけれど、

一瞬の間に苛立ちと怒りがこみあげてきて、その後の片付けの事を想像して疲労感に襲われた。

 

実行犯である息子(1歳半)はケロッとしている。もちろん自覚無し。

どつきたくなるところだけれど、わざとではないし怒っても仕方ないとグッと気持ちを堪える。

 

でも悲壮感は抑えきれず「はぁ・・・」と大きなため息をついて片付けを始めようと顔をあげると、

奥に座っていた娘が食事の手を止めてこちらをじっと見ている。

その眼には涙をためて、今にもあふれ出しそう。

 

私と目が合うと娘は涙をこぼしながら

「おかあさん、おこらないで!」と訴えてきた。

 

怒ったつもりはなかった事もあり、私は大慌て。

怒ってないけど…と弁解したい気持ちと、とはいえ娘には怒ったと見えたようだからその気持ちは受け止めた方がいいのかなという気持ちとが錯乱して、どう声をかけたらいいのかわからず困惑して言葉が出ない。

 

その間も娘は「おこらないでよ。。。」と言葉を続けて瞳にたまった涙が溢れ出ている。

そんな娘の表情を見て、なぜ泣いているのかよくわからないけれど、私の行動が引き起こした涙である事は間違いなさそうだし、、、なんだか申し訳ない気持ちで胸が張り裂けそうになり涙が出てくる。

思わず「ごめん…」と言った。

 

 

少し時間をおいて、娘と向かい合って話を聞いた。

 

娘「ムスメちゃんね、おかあさんがムスコくんにおこるのいやなの」

 

私「そっか。お母さん怒ったつもりは無いのだけど、大きい声出しちゃったもんね。嫌だったんだね。ごめんね。」

 

娘「うん。いやだった。」

 

私「お母さんさ、ムスコ君がお味噌汁こぼして、ビックリしちゃったんだよね。それに、お母さんのスリッパが汚れちゃって、悲しかったんだよね。それで思わず大きな声出しちゃったの」

 

娘「そうなの?でもおこらないでほしい。おこるのいやなの。」

(また目に涙が溜まり始める)

 

私「わかった。お母さん怒らないように気を付けるね。

今日はムスメちゃんが言ってくれたから、怒らないで済んだよ。落ち着けた。

お母さん気を付けるけど、イライラしたり疲れていると大きな声出したりて怒っちゃう事あるかもしれない。

でも、ちょっとずつ怒らないようにしていくね。」

 

娘「うん。怒りそうになったら、ムスメちゃんに言ってね。怒らないでね、って言ってあげるから。」

 

私「わかった。それなら出来そうな気がする。ありがとう。よろしくね」

 

娘「うん!」

 

ここまで話すと娘の気持ちも落ち着いてきて、涙は無くなり最後にはニコっと笑顔を見せてくれた。

 

ちなみに、この間も事の発端である息子は食事の席を離れて玩具の所に行ったり、戻ってきてご飯を食べたり、マイペースで自由。誰のせいやねん、とどつきたくなるのを通り越して笑える。

 


 

突然の娘とのやり取りにドキッとしてしまった。

 

私にとっては「怒っていない」(起こる手前)の態度が娘にとっては「怒っている」と感じる態度だった。

もしくは、大きな声を出したからこれから私が本格的印怒ると予測して、泣いた?

過去に私が怒った事が記憶に残っていて、フラッシュバックのように思い出させた?

 

娘自身に向けられた態度じゃなくて、息子(弟)に対する態度にも反応した。

その場の空気を感じ取っている?食事は楽しくしたいと思っているのかもしれない。

周りの空気を敏感に感じ取る子なのかもしれない。。。

 

周りの空気を敏感に感じ取る子なのかもしれない

 

私とのやり取りの中では、私の負の感情(つい怒っちゃう事)を受け止めてくれたこと。

次に同じことが起きたら…と相談をしたら、自分が止めるよと提案をしてくれたこと。

 

包容力、提案力、私が考えていた以上に娘の思考や感情は成長している。

子供だからわからない、伝わらない、って思っていたら大間違いだ。

 

娘の成長を喜ばしく感じるのと同時に、自分の日々の言動も少し意識をした方がいいな、と身が引き締まる。

 

「育自」という言葉があるけれど

この日も娘に教えられて気付かされて、成長させてもらってます。