さっきの記事を書いて気持ちを文字にしたら少しだけ気持ちが楽になりました。



それと同時に反省も。




母親になって13年ですが、まだまだひよっこですネガティブ




気持ちは楽になったけど、まだ眠れそうにないので



下書きしていた記事をアップします。




下矢印下矢印下矢印下矢印



わたしの母のこと。




昔の記事に少し書きましたが




母は長男が3歳になる直前の時にくも膜下出血で倒れました。



一命をとりとめましたが、何度も何度も手術をしました。



水頭症になり、シャント手術をして




安定してもシャントが詰まって意識がなくなったり。




胃瘻の造設もしました。




安定してからはずっと施設に入っていました。




一年ほど前に腸に腫瘍が出来たらしく、一気に意識レベルが低くなり子供達を連れて会いに行きました。



もう危ないかもと言われていましたがなんとか持ち堪え



話が出来るまでに復活しました。




しかし3ヶ月前の7月



10年の闘病の末、息を引き取りました。



一年ほど前、腸に腫瘍が出来た時に手術をするかの選択をしなきゃいけなかったのですが



父と話し合って、手術はしない事にしました。




母の体力的にも、手術に耐えられないかもしれなかったから。




母の死因は、その腫瘍からのものでした。




亡くなる前日くらい前から意識レベルが下がってきていました。



亡くなった日、わたしは子供達がいるので家にいました。



何かあったら夜中でも連絡を取れるようにしていたんですが



夜中に父から電話がありました。



「もうダメかもしれない。」



電話をもらってすぐにパパを起こして施設に向かう事を伝えて出発しました。




施設に向かう途中の車の中で父からLINEがありました。



「さっき息を引き取った」




父は最後の瞬間に間に合ったようでした。




わたしが到着した時にはもう亡くなっていました。



母がいた施設は病院も併設されています。




わたしの到着を待って、先生が死亡宣告をしてくださいました。



そこからは弟妹に連絡したり、葬儀社に連絡したりとバタバタでした。



わたしは朝になったら長男の弁当も作らないといけないし、とにかく大変でした。



無事に葬儀を終えて落ち着いたタイミングでこの記事を書きました。



でもなぜかなかなかアップ出来ず、3ヶ月経ってしまいました。




母が亡くなって、わたしは一度も泣けませんでした。



闘病生活が長かったのもあるかもしれません。



心の準備が出来ていたのかもしれません。



冷たい娘かもしれないけど。



母の葬儀で祖母が泣いている姿が1番辛かった。




子供を亡くした母の悲痛な叫びでした。




葬儀が終わってからも色々な手続きに追われてあっという間に時間が過ぎていきました。



気づけば3ヶ月が経ってようやくこの記事をアップ出来ました。



産んでくれてありがとう。



お疲れ様でした。