好きな作家
・吉村昭・・・人間の強さ、価値
・カズオ・イシグロ・・・文学の高貴な薫り
・冲方丁・・・時代物に限る
・辻仁成・・・恋愛の甘さ

好きな作品
・冲方丁・・・光圀伝
・吉田修一・・・国宝(上・下)
・松永K三蔵・・・バリ山行

私はパニック障害をもっている。
その障害に対する私なりの“定義と理解”は次のとおりだ

①    永遠に対する恐怖
食道がんや肺がんによる影響でスカッとした呼吸や嚥下がもう二度と出来ない。つまり二度と元に戻れないことに対する切ない思い。
あの場面にまた戻りたいけれど現実には無理、つまり過去に戻れないことに対する狂おしいほどの切なさ。
②    広場恐怖
全裸でエヴェレストの頂上に立つ様な絶対的解放感
狭い空間に閉じ込められ自分の意志で直ちに外に出られないことによる窒息感、拘束感。例えば電車、飛行機、エレベーター
③    今すぐ切迫
人や物事の名前が今すぐ思い出せないもどかしさ。もどかしさが高じて気が変になりそうになる 
これは広場恐怖の”直ちに”に通ずる部分がある
このように整理している。

2025年1月後半風邪。2月下旬風邪。やっと乗り切った3月8日のことだった。

2025.03.08
夕食後、喉頭蓋に食べたものの何かの小片が付着している感じがした。取り除こうとして、何度もゴクリとやって飲み下そうとしても胃のほうへ降りてゆかずそのまま残っている。それならと、逆に痰を切るように「カーッ」と吐き出そうとしても出ない。何度も繰り返したがその異物はそこに留まったままだった。この不快感がこのまま続くのかと思いしばしパニックになった。その後ビールで流し込んでいる内にわずかに付着感は和らいだ。食べ物で流し込めるかと思い食べてみたりした。それを繰り返すうちだんだん和らぎ、次第にやわらいでいった。

2025.03.09
ここ数年、飲み込みが悪くなって来ている。喉頭蓋の機能衰退だと思う。何となく俺はこのあたりの病気で入院し、そして逝くのでは無いかと思っている。食道から喉にかけてのモヤモヤとした違和感がある。
食道がんが浮かぶ。

2025.03.10
水を飲み込んでもすんなりと全量嚥下出来ていない感覚が強い。最後にエヘンとして残りのしずくを排出したくなる。食道の喉ぼとけから心臓の高さの辺りがモヤモヤしている。
俺は性格上ものごとに対し”杞憂”することが多い。食道がんを想像した。
親友が今から15年前小学生と妻を残し逝ったのは食道がんによるものだった。
食道がすっきりとした感覚に戻ることなくこのまま悪化の一途をたどり、もだえ苦しんでゆく姿を想像し、焦燥感から居てもたってもおられず、まさに駆け出しそうになった。
勝手な俺の想像だが、大声をあげ走り出すという精神錯乱状態の者に見られる行動なのではないかと心配になった。その狂おしいほどの焦燥は10分程度で治まった。
体の声に耳を澄ませた時、やはり食道からの訴えが強い。今まさにがん細胞がうごめき出しているような感覚がある。

2025.03.17 
食道、気管の重苦しさは続いている。すっきりしない。痰が継続的に出ている。不安がぬぐえない。
一方、俺は腎臓の検査数値が良くなくて大学病院に通っているのだが、次回の検査では尿蛋白の異常値が心配だ。
「死」を強く感じるようになった。誕生日が来ると70歳になる。死を受け入れられないのはこれまでの人生における、充実、自信、実績、が無いからなのだと思う。そういうもので確固たるものがあれば多少は受け入れやすいのかもしれない。

2025.04.05
下咽頭の辺りの違和感はずっと続いていてしかも増加している気がする。時折違和感がない時もあるがほぼ常時感じるようになっている。
その辺りががん細胞に蝕まれつつある気がする。特に喉仏の辺りがすっきりすることがない。
怖い。検査をする勇気が出ない。なんとなく自然に治まるのではないかという逃げの考えをしてしまう。痰は頻回に出る。朝のウォーキングの時など1時間で20回位、痰を絞り出すように吐き出す。朝一、洗面所で出る痰は淡黄色のことがあるが連続で出る時は粘り気のある透明か白色だ。
嚥下機能の衰えで済むのか咽頭がんなのか。嚥下機能劣化ではこれほど痰は出ないだろう。考え込むと怖くて追いつめられる。

2025.04.06
喉、胸の辺りの詰まり感が強いので喀痰しようとするも出る痰は少なくて詰まり感は取れない。
あ~やっぱり咽頭がん、ないし食道がんだと確信めいたものを感じた。死への恐怖心が湧きあがり、いつものパニック時の精神的な反応で居てもたってもおれず走り出さずにいられなくなった。
いつもはそう思うだけであって実際に走り出しはしないが今日は焦燥感が大きくて実際に走り出さずにはおれず、大急ぎでウォーキング用の服に着替えるところまで行った。
ちょうどその時雨足が強まっていたので外へは行かなかっただけで、ほとんど家を出る覚悟だった。
詰まり感が治まってきた。だが先ほどの混乱の時に思った。大したことのない状態なのに、自らを追い込み、気が狂うのではないかと。俺は精神的にとても弱い。それはよくわかっている。死への恐怖心は人一倍強いのだ。

2025.04.07
妻から「頼むから病院へ行って」と覚悟を決めたような思いが伝わってくる言葉により俺も覚悟を決めて夕診に行った。
一番目の受診者になるように16:00に玄関に行き、開院を待ち一番で受診した。
食道の違和感を伝えると「見なきゃ判らんね」と言われた。
4/16の8:15胃カメラ検査が決まった。
俺にはパニック症状があるので鎮静剤を求めると、処方してくれた。
妻に強要されなかったら受診しなかっただろう。妻に感謝だ。
ただいたずらに怖がっていても仕方ない話なのだ。

2025.04.10
ツバ(唾)、痰の頻回な排出は食道のがんから湧き出る物質だろう。
飲み込みの困難感は、深呼吸で多少紛らわせることが出来る。 今のところ深呼吸は出来ている。

2025.04.13
恐怖は瞬間的に己の身体を、ピクッとさせる。恐怖を振り払おうとする反射的な動きなのだろう。
4/16に胃カメラ検査でがんという現実を知った時、多分俺は精神が持たないと思う。
苦しみの中で、求めても求めても永遠に戻らないスッキリ感を求めながら、歯噛みしながら死んでゆくのは怖い。虚しい、辛い、悔しい。

2025.04.15
4/14は、今は何とか凌いでいる腎臓病に関する医科大の定期受診予定だった。妻が同行し今回から変わった腎内科の医師に「すぐに胃カメラ検査はできないか」と尋ねてくれたが、何ヶ月も先になるので今の藤田外科で4/16に検査するのが一番良いと言われた。
4/7以降ずっと喉の詰まり感はある。食事の際食べ物の飲み込みは大丈夫なのだが薬の錠剤は飲むのに難儀している。
咽頭蓋のがんではないかと思うと怖い。治療のすべが無いのでは無いかと想像してしまい怖い。
明日が死刑宣告日だとすると、今日は無罪最後の日だ。

2025.04.16
胃カメラ検査の日だった。
食道がんの進行不安とこの胃カメラ検査の不安も相まって昨夜から一睡も出来ず、ずっとリビングのソファでテレビを見たりしながら時間を過ごした。
処方してもらっていたパニック症状を和らげるための鎮静剤デパス同等品を7:30に飲んだ。検査は8:15からの予定だったが開始は少し遅れた。
デパス同等品はまったく効果が無かった。不安を和らげるような変化は全くなかった。眠くもない、ふわふわした感じもない、多幸感などもない。なに一つ変化はなかった。
医師にお願いをした。パニック状態になった時すぐさま胃カメラを抜いてくれるか?と。大丈夫だと言ってくれた。
だが、胃カメラ検査中にパニックが起きるかもしれないという恐怖で検査は出来なかった。
医師と話す前に看護師と話した時に、胃カメラ検査を始めて間もない頃ならすぐカメラを抜けるが終盤になったときパニックになってすぐ抜いてくれと言ってもすぐには抜けないという言葉に戦意を失ったのだった。
「いつでも言ってくれればすぐに抜きます」と言ってくれたら、一歩踏み出せたかもしれない。
医師は、パニックになり自分で抜いてしまった場合は食道に穴が空く危険があるとも言っていた。
一方、俺は自身がここ1週間の症状の変化を記録した症状推移記録を医師に渡した。それを読んだ医師は「食べ物は飲み込めるんでしょう?」と訊くので、飲み込めると答えると「それなら逆流性食道炎の可能性もあってそれで飲み込みが悪くなっている可能性もあるのでそれを抑える薬を1週間ためしてそれから判断しよう」と言うことになり処方されたのが胃酸を抑える薬と胃を整える薬だった。
この言葉で急速に悪化してそのまま医療界隈に沈み死んでゆくこともないのだろうと少し楽観した。あんず薬局で胃酸を抑える薬は現行飲んでいるタケルダにも薬効があるので中止となり結局漢方薬の六君四湯エキス顆粒だけとなった。つまり喉の飲み込みにくさに直接関わる薬は処方されなかったと同じ結果になった。
緊急を要する症状では無いという感じがして心が軽くなった。だがしかし自宅に戻り胃カメラ検査をしなかったことを非常に後悔した。勇気がなかった自分が情けない。
医師の「寝てやるか」という提案があった。薬で眠った状態で胃カメラを行えば十分観察出来る。医科大でもその他でも紹介出来る。と言ってくれたのでそれに縋ろうかと思っている。

2025.04.17  
2:30
夜中を超えて1:00頃目覚めた時ベッドの中で感じたのは「痰があふれてこない、食道に違和感が無い」だった。しかし起きだしてみるとやはり喉ぼとけの下部分に違和感はある。
昨日飲み始めた六君子湯エキスは違和感部分に直接働きかける薬ではないのにそんなに急激に良くなるはずもない。
昨日は「もう少し生きさせてもらえる」という思いを持ったものだ。もうこの先寿命が無いという絶望感からは脱することが出来たと思えた。
それにしても胃カメラをやっておけばという後悔は残る。やった結果
”この違和感は精神的なものであって、自らをがんに追い込んでいただけだった”と言えるならうれしいが、それほど甘くはない。食道がん、いや肺がんまで有りうるのだ。来週水曜日までにどのように変化しているかはわからないが勇気をふり絞ってでも胃カメラをやり、実態を明らかにしなければならない。その実態が食道がんであれば治療しなければならないのに治療の恐怖の前段階の検査でこの有様ではなんともならない。入院し手術となったらMRIということだってあるのだから。
昨日は寝て行う胃カメラが出来るところを紹介出来ると提案されたが、そのような大袈裟なことではなく、チョットの間5~10分?我慢すればすむことなのに。情けない。妻に「弱い人間だ」と何回言われただろう。
3:10
コーヒーを入れて飲む。少し飲み込む。喉ぼとけより少し下辺りを通過する際にコーヒーが落ちてゆくのを妨げる隆起があるような感じがする。その隆起は常にある。だからそこが、がんではないかと思う。いくら力んで飲み込み動作をしてもゴックン出来た感覚にならない。そのことが気が狂いそうになる一因だ。もう二度と永遠にゴックンの快感が得られないという悲観的思いが発狂しそうになる原因だ。

2024.04.18  
酒に酔って不安を和らげようとした。酒でどの程度和らぐかはわからない。良い気持ちになるために飲んでいた酒が命を脅かす状況でこころを落ちつける効果があるのか。これが酒による不安の低減状況だ。
4/18昼
13:10 不安度10 缶ビール1 
13:25 不安度9.5 チューハイ 
13:31  9.0  
13:42  8.5 
13:53  8.0
14:07  8.0   
14:20  8.0
4/18夜
19:24   10    
19:31   10   
19:42   9   
19:52   8    
20:24   7    
20:46   7    
21:15   6
4/19夜
18:00  10  ビール1 
18:20   9   ウィスキー 
18:37   8  麦焼酎 
19:00   7   缶チューハイ
19:35  7

痰や唾を吐く頻度はどうか
4/18
唾 9:20  33  46  52  10:06   20  28  42  51  11:02  08  26   
平均 1回/10.5分
痰 10:06   28
食道に巣食うがん細胞の活動で湧き出る液体の排出。留まるところを知らない。

2025.04.20  4:00記
4/19(土)藤田外科受診
喉(喉頭蓋)の詰まり感が増進して来たので予定日4/23を待たずに受診した。これも妻に尻を叩かれてのことで、朝一に予約なしで並び受診した。
前回の胃カメラ拒否を詫びた。もう一度がんばって挑戦してみようかと思うと申告したがまた同じようになるだろうからと「鎮静をかけてやってくれるクリニック(あいおいの森クリニック)」への紹介状を書いてもらった。そうなってみるとまたその方法に恐怖、不安を覚える。半覚醒状態が嫌いな俺がそれを我慢出来るか?
口からの胃カメラを我慢する拘束の恐怖と鎮静のせいで己の意思で動けないという恐怖、どっちもどっちだ。
藤田外科受診の際持参したメモの内容を下記する
・喉頭蓋辺りに異物感(常時)
・声を出しにくい、かすれている
・食べものは嚥下出来る
・唾15分おき
・痰断続的(30分?)
ネットであいおいやまの森クリニックに予約した。
10:00
喉の違和感が永久に消えない、病院漬けで死んでいく、などと考えてしまい”精神が追いつめられ”壊れそうになり、思わず戸外へ出て歩き出したくなる発作に即対応出来るようにウォーキングウェアに着替える行為を繰り返している。

2025.04.21  4/22 4:00頃記
ネットで予約して”あいおいやまの森クリニック”を受診した。
次の症状推移記録を持参した
2月中旬~下旬風邪症状あり
2/24 喉ぼとけの下15cm辺りがイガイガする
2/26 下咽頭のイガイガに変わってくる
3/02 気管の炎症感あり
3/08 夕食時喉頭蓋に5㎜位の感じの物が付着し、飲み下しても痰を切るように吐いても取れない。ここ数年飲み込みが悪くなってきている
3/10 食べ物、水分を飲み込んでもすんなりと嚥下が完了せず、喉に残っている感じ
喉ぼとけ下から心臓の高さ辺りにモヤモヤ感がある
3/中旬 食道、気管の重苦しさ持続している
3/下旬 ウォーキング時痰を1時間で20回位吐く
4/09 声のかすれに気づく
4/10 夜中目覚め溜まった痰を吐くと1㎜位の血が混じっていた。薬も1錠づつしか飲めなくなった(食物は問題なく飲み込める)
4/16 藤田外科にて胃カメラ検査だったがパニック障害のため出来ず
4/19 喉頭蓋辺りの違和感強く藤田外科受診」

鎮静下で行う胃カメラを4/25(金)に行うことになった。怖い。
最近とにかく食欲が無い。腹回りがみるみる痩せていっている。
そして、今後の流れとして、検査でがん発覚から精密検査、入院、手術となり、明らかになる余命を思い、闘病を思い、死から逃れられない恐怖と絶望感を、検査前であるのに感じている。
4/25の検査でがんがはっきりしたら俺はまともでいられるだろうかと思う。どうしようもないやりきれなさで精神の安定を失い、気が狂ってしまうのではないか?いやきっとそうなると思うのだ。
現状、精神的でなく肉体的に一番辛いのは嚥下不良だ。何かを飲み込んだ後に喉頭蓋あたりに残る詰まり感、吐いても飲み下しても取れない残留感。ものすごいストレスだ。それが原因での食欲不振も大きい。
もちろん”がんによる死”への恐怖からくる精神的な鬱傾向から来る食欲不振も大きいが。
のどに残る不快な残留感を思うと物を食べたく無くなる、それは水分に対しても同じ位だ。
ただ現在まだ飲み込みに困難があるということではないのだ。心理的な物からくる「ちょっと飲み込みにくくなったかもしれない」は感じる時もあるがそれは”自分から感じにいっている”のかもしれない。
妻が「自分から病気になりにいっている」と言うがその面も確かにある。「弱いねぇ、そんなに弱いとは思わなかった」と言われるが俺はきっと弱いだろうと昔から思っていた。精神的に弱い人間だった。
1週間位前までは、精神的なプレッシャーがフッと抜けることがあったがここのところはほぼ無い。酒を飲んでも不安感10が以前のように5位まで下がることはなく8がいいところだ。そして昨夜などビールを用意したにも関わらず2時間程度飲む気になれなかった。これは俺にとっては驚きの状態だった。
さぁ、日の出時刻を30分ほど過ぎ外は明るくなってきている。夜の闇の中での不安が昼中での不安に変わる。と言っても大して違わない不安の大きさだ。4/25までは何を思っても仕方ないのに。ここに俺の悲観的性格が凝縮されている。一言”情けねぇ”だ。

2025.04.22
10:00
肺がんでは無いかと思う時がある。気管がチクリと痛む時がある。
この唾の垂れ流しは肺がんだからでは無いかと思ったりする。
食道がん、咽頭がん、喉頭がん、肺がん・・・
これらは過去に自分の死の形態を予想した時の死因だ。
呼吸器系で呼吸困難を伴うもっとも苦しい死に方。そう予想していたことが当たるとは。
14:23
喉の違和感は死ぬまで解消しないのだろう。それが”定義と理解”の①だ。
10:00以降胸がチクチク痛む回数が何回かあった。そして痰がとめどなく出る。父がそうしていたのを覚えている。肺がん(扁平上皮がん)だった。
昼飯はシチューにご飯を入れて食べたが、そもそも食欲が無く(腹が減ったと思ったことがない)健康な時の摂取量の1/2位であり、気合を入れて食べようと思っても、チョット気がゆるむと全然食べたくなくなるのだ。
食後ヨーグルトを少量食べ、かぼちゃの身の部分だけ3欠片程度食べた。物を食べるとその後の喉頭蓋に異物が残る感覚が嫌で食べたくないのだ。ここのところあまり食べられていないせいでその程度の量でも食後は胃がもたれる状態になってきた。
14:35
眠くて仕方ない。TVを見ているとウトウトしてしまう。立っているときにもウトウトはくる。頭がボーッとするのだ。ひょっとしてがんが脳に転移しているのかも知れない。

2025.04.23
喉頭蓋の残物感がきつい。常時感じるのでストレスがかかり“定義と理解”①の感情に走る。キャパ10としたら8くらいまで行く。気が狂うまであと2ということだ。
とにかく痩せてきている。腹回りが急速に細り、皮が余っている状態だ。服の上からでも痩せたのがわかる。食べなくてはと強く思う。このままだとがん患者の痩せ衰えた姿のようになるのではないかと怖くなっている。しかしとにかく食欲がないのだ。今日も朝オープンサンド半分のみ。昼はエンシュア2/3 牛乳150㏄位。それも頑張ってのことだ。
精神的なものなのか?病気のせいなのか?
肺がんかな?とも思う。肺が時々チクチク痛いときがある。常時痰がでる。唾も出る。これほど出るには原因がある。

2025.04.24
左肺の心臓辺りにチクチクした痛みをちょくちょく感じるようになった。食道がんではなく父と同じ肺がんの方かも知れない。息苦しさに苦しんで苦しんで死んでゆくのかも知れない。
今朝、妻とウォーキングしその後いつものコースを一人で歩いた。
妻とセブンイレブンに寄って食欲の湧きそうな物を見ていたらハムサンドとホットドッグがあったので買って帰った。食卓について少しの間は食欲が出なかったが、精神が安定した瞬間(これがたまにある。考え方を変え「しょうがないわ」と思える時)に食べた。ハムサンドはうまいと思えた。コーヒーをアイスで飲んだのが効を奏した。2杯飲めた。
20:25  記
夕食はたくさん食べた。1,085kcal+酒651kcal=1,736kcalだ。朝昼足すと2,704kcalだ。ビールを飲み少し心が解放されたので今だとばかりにガンガン食べた。21:00以降は食べられない。
明日の死刑宣告となる検査のために。

2024.04.25
夜中に目覚めてから眠れなかった。がんだという思い込み。喉に詰まった感が進行し二度と気持ち良い嚥下が出来ないという絶望感。横になって居れずふっと立ち上がる行為。
朝のリビングでも絶望感からくる焦り、どうにも出来ないたぎるような歯がゆさ。
タクシーであいおいやまの森クリニックに30分前の9:00着。9:15に呼び込まれ説明。「胃カメラ良いですね」と複数回の確認。
鼻への麻酔液、喉への麻酔液。この時点では自分のパニック予兆と戦っていた。「他の人は皆出来ることじゃないか」と自分に言い聞かせる。点滴注射のセット。それからベッドへ。先生が来てプロポホールを5mm繋ぐ。自分としては別に眠くもならない。完全に眠った後胃カメラをやるもだと思っていたが意識はしっかりしていたと思う。ハナからの挿入が始まった時チャンとわかっていた。それでも広場恐怖のパニック(逃げ場の無い状況でのパニック)は起こらず比較的冷静だった。看護師の声かけもうまく、進展状況がよくわかった。
意識がしっかりしていたと自認しているが実際はパニックを起こさない程度に効いていたのかも知れない。とにかく平静に胃カメラを終えた。

がんではなかった。

胃カメラの検査結果の説明は食道に白い炎症があり、まばらにある点々は出血の跡だというものだった。そういう説明から入った。説明の途中で不意に「がんはありませんよ」と言われた。うれしかった。悪い予想しかしていなかったから説明し出した時点ではがんなのだと思っていたがその一言で「がんではない」と確信出来てほっとした。まずはじめに「がんではありませんでした」と言ったあと説明に入るべきだろう思ったが結果が良かったので許す。
妻がレントゲンを撮ってくれと頼み、撮ったが肺には異常はなかった。
逆流性食道炎だった。飲食後すぐに就寝するのが原因らしい。藤田外科の見立て通りだった。
帰路のタクシーの中で妻と喜んだ。家に着くなりスパゲティをゆでて食べた。1人前をしっかり食べた。味噌汁も飲み、おこわも少し食べた。あの食欲の無さは飛んで行ってしまった。何という精神の支配だろう。みるみる痩せてどうなってしまうのだろうと思っていたのに。
「まだもう少し生かせてもらえる」。
今日は2回目の生誕記念日だ。酒はほどほどにし、寝る前2~3時間は食事をしない。これをちゃんと実行しようと思う。
あいおいやまの森クリニックから帰宅したら唾や痰が出なくなった。あれだけ垂れ流していたものが止まった。精神の影響はこんなにもすごいのか。と言うよりも今思えば飲み込みが悪くなっていたから唾を飲み込むことが嫌で口に溜めていた。だから出たのだ。帰宅後は出た唾を無意識に飲み込んでいる。ただ痰が出なくなったのは不思議だ。検査での喉と鼻の麻酔液がなんらかの刺激になって変化したのか?

2025.04.26
14:08 
藤田外科受診。あいおいやまの森クリニックの医療情報提供書を持参した。胃カメラ画像を見た所見はあいおいやまの森クリニックの医師とほぼ同じ見解だった。胃の薬で様子を見ようということになった。2人の医師がその画像を見てがん以外の診断を下したことに安堵を覚えた。
左胸がたまにチクチクするがあいおいやまの森クリニックで撮ったレントゲンは医師いわく問題ないとのことだったから心配いらないはずだ。
昨夕食事のあと喉頭蓋辺りの違和感が強かった。痰を切ろうとしても出来なかった。
胃カメラの画像で喉頭蓋の前後は見せてもらい、何もおかしなところは無いとわかっている。
それでも違和感がある。強いストレスを感じ思わずソファから立ち上がる行為に至った。
今2:14なので昨夕16:30の食事から8時間以上経っている。詰まり感は和らいではいるがやはりまだ残っている。それでも最早がんではないことがわかっているので、飲んだあとまた詰まり感(違和感)が起こることはわかっているのにコーヒーを淹れた。コーヒーが香り、うまい。
立ち上がったのは”定義と理解”の③今すぐ切迫だ。
23:21
逆流を感じた。逆流性食道炎については今までそれらしき現象が気になったことは無かったが起床して机に向かっている今逆流を感じた。逆流していたんだ、それを敏感に感じていなかっただけなのか。

2025.04.27
もし4/25に胃カメラ検査で”がんがある”と言われていたらどうだっただろう?と考える。
”がんは無い”と言われていてさえも「芯からこころは落ち着いていない」
だが少しだけ喉の詰まり感が軽減した気がする。こんなに早く薬の効果があるはずないので、昨日の”ノンアルコールデイ”が効いているのだろう。
また、あれだけ暇なしに出ていた唾と痰が治まっている。精神が肉体に及ぼす影響は計り知れないものがある。
がんの不安から解放されたのに今一つ解放感が得られないのは喉の詰まり感があるからだ。いくら嚥下動作をしても取り切れない不快感。これにより私の恐怖症の“定義と理解”①が発動してしまう。気が狂いそうになり走り出したくなるのだ。
だが4/25以前はこの不快感の上に死の恐怖が乗っかっていたのだから並大抵じゃなかったはずだ。よく耐えたと言っても良いかも知れない。
4/25に続き今日4/27も酒を飲んでいない。喉の詰まり感から解放されたい一心だから。
六君子湯の服薬方法を間違えていた。薬局で”食直前”に飲んでいるといったら薬剤師は笑顔で同意の返事をしていたが、調べてみると空腹の胃に薬を行き渡らせるため30分~1時間前に服用すべきだったのだ。(諸説あるようだが)。今夕の服薬からそうした。服薬後30分位経つとなんだか胃に染みわたった感じと喉の詰まり感の減少を感じた。これは気のせいだと思う。
喉つまり感が無くなってはじめてがんからの解放だと言える。それまでいくら喉つまり感があっても①にならないよう気持ちを強く持とう。何しろ食道がんの恐怖に①の上乗せは少なくとも無いのだから。

2025.04.28(月)
ネットで引いた記事だ。(今頃になって引くとは間が抜けている)
逆流性食道炎(胃食道逆流症)は、胃酸が食道に逆流することによって引き起こされる病気です。主な原因には、肥満、ストレス、食生活の乱れ、加齢などがあります。症状としては、胸焼け、飲み込みづらさ、胸の痛みなどがあり、診断には胃カメラが用いられます。この病気は特に中高年層に多く見られ、生活習慣の改善が重要です。
藤田外科を受診した際、のどの詰まり感を強く訴えたにも関わらず割と慌てず大ごとでもなさそうに「典型的な逆流性食道炎の症状なんだがなぁ」と言い、胃カメラ検査までの1週間六君子湯で様子を見ようと言われた。あいおいやまの森クリニックで胃カメラ検査をしてがんではなく逆流性食道炎だとわかった今まさに慧眼だったと言わざるを得ない。
にも関わらずその時俺は”この喉の詰まり感が逆流性食道炎であるはずがない”とばかり、まともに六君子湯を飲みもしなかった。「こんな薬この症状に関係あるはずがない」と。愚かだった。
敢えて言えば今は嚥下後の”詰まり感”があるだけで、がんによる死にいたる苦しみが上乗せされていた状況と比べたらいかほどのものかと肝に命じるべき。

2025.04.29
1時に目覚めた。喉の詰まり感が強い。相当回数痰を吐き出したがそれぞれの痰量は少ない。だから余計にすっきりしない。そのすっきりしない感にまた“定義と理解”①が発動する。
がんでは無いという診断で「死」の恐怖から解放されたと言うのに、喉つまり感を鷹揚に受け入れられない自分がいる。その切なさ感も満員電車恐怖も夢で見る閉じ込められも結局は“定義と理解”①が根底にある。胃カメラ検査の結果説明の際の画像を思い出せ!喉頭蓋辺りには何の異常も無かったではないか。胃の上部の弁が高齢化によりゆるんでいることにより食道の中間から下部に炎症が起こっていただけ。そしてまた点々のビランか数か所あっただけ。
せっかく死から逃れてよろこばしいのに、“定義と理解”①を発動して自分を追いつめるな。少し我慢すれば詰まり感は和らぐことがわかっているのに。だがそれが“定義と理解”①という精神的弱点を持つ者のサガなのだろう。ひょっとしてそれは”せっかち”な性分の最上級のものなのだろうか?

25.05.02
食後の喉の詰まり感が無くならないせいで自らを気が狂いそうな感情に追い込んでいる。それにより物を食べることを躊躇する時がある。実際は我慢出来ているし、当然しなくてはならないししばらく経てば強い詰まり感は癒えるのに。痰を吐く動作で喉の詰まり感が全然取れず尚且つ痰が出ない時が一番パニックになる。

2025.05.03
あまり変わりはない。食後の喉のつまり感は相変わらずある。だがほんのわずか減少しているかも知れない。六君子湯を食前30~60分前に飲み、胃に行き渡らせるようにしている。

2025.05.07
食後の異物付着感が嫌で食事が楽しくない。異物を取ろうと痰排出をしても取れないそのイライラで気がおかしくなりそうになる。走りに相当する“室内を歩き回る動作”を行ってしまう。
13:05 昼飯終了 直後は異物付着感あり
13:40 明らかな異物付着感は薄らぐ
14:20 異物付着感はほぼなくなったが詰まり感がある

2025.05.11
六君子湯を飲んでいる。食事後3時間以上経過し、且つ食事の45分~1時間前に飲むよう心掛けている。4/27からそうしている。そしてここ2日程だが食事直後の喉の詰まり感が少し和らいできたような気がする。明らかに異物が喉頭蓋に付着して気持ちが悪い感じが和らぎ、“定義と理解”①による焦燥感が弱まってきている。水もごくごく飲める時がある。
もう少し、あと3日位経つと和らぎはさらに良化してくれるのではないかと期待する。

2025.05.12
食後の喉の詰まり感はどう変化したかと言うと9割位になったと思う。

2025.05.13
食後の喉の詰まり感はどう変化したかと言うと8割位になったと思う。
六君子湯の食前服用45分位前、食後、就寝するのは2~3時間後を守っている。

2025.05.14
午前1時ごろ、酒を飲んでいないので眠くなくてずっと起きている状態だった。
右肩の辺りから”コツコツ”と小さな音が聞こえているがどこからかは判らない。脈拍を見るとその音は同期している。つまり脈拍に合わせて耳の辺りに音が発生しているのだ。耳の穴に指を突っ込んで圧迫しても収まらない。肩、首、腕を回しても収まらない。もう一度耳に指。音が断続的になった。トイレに行き部屋に戻ると音は収まった。心臓か脳がおかしくなりかけているのではないか?突発的な症状が起こらないかと不安になった。
がんの次は脳、心臓か。体は着実に衰えていく。精神も乱れ出している。身体が壊れていくようだ。

2025.05.19
食後3時間は横になって寝ないよう心掛けている。また飲食後3時間経過の後六君子湯を服用するよう心掛けている。以前より1割がた喉頭蓋辺りの不快感は減じてはいる。だがやはり“定義と理解”①の発作は起きそうになる。

2025.05.20
常時の炎症感は減ってきた。絶望期(後、似非絶望期となったが)の「なにかが食道で蠢いている感覚」は半分程になった。また喉ぼとけの下辺りの詰まり感も半分位になった。いずれも感覚を程度で現わすのはこころもとないが。精神の有りようが肉体の感覚に大きく影響することが判った。また精神の有りようが行動コントロールにも大きく影響した。「食べられない」「動き出さずにいられない」「薬が飲み込めない」など。薬については飲まなければいけないのに嚥下が出来ないという葛藤で、食事については食べなければいけないのにどうしても食欲がゼロで食べられないという葛藤で・・・「このようにして死んでいくのか」「拒食症ってこういうことなのか」と考えた。
精神について
“定義と理解”①②③の発動が頻回になってきている。このようにして煮詰まってゆき、やがて発症するのか?精神病院に行くのか、ひきこもるのか、アルコール漬けになるのか。耐えきってほしいと自分に言う。

2025.05.23
喉の詰まり感について
食後の喉の詰まり感の変化。4/25の食道がんではないことが発覚した翌日から藤田外科にて処方された六君子湯を飲み、またその服用方法を出来るだけ遵守し、特に食事後から寝るまでの時間を3時間目安に確保し続けた結果。
食後すぐのあの喉に何かが付着した感は軽減された。全体的には詰まった感はあるが、付着感は無くなってきている。6~7割程度に落ち着いていると言ってもよい。
常時感じていた喉仏下の詰まり感も軽減してきた。こちらも6~7割程度に落ち着いてきている。
“定義と理解”①の発動は無くなってきている。約1か月の薬の効果だろう。
そもそも漢方薬と言うものにあまり信頼感をもっていないので、こんな薬がきくのかと思っていたが漢方薬の特徴である”じんわり”と効いているのかもしれない。もう少し続けるために本日藤田外科へ薬を処方してもらいに行く。

2025.05.25
喉の詰まり感について
食後の喉つまりの不快感を忘れている時がある。ということは症状が改善されているということだ。痰が出るのは変わらないがその頻度は半分位になっていると思う。
食間の喉つまり感は残っているが、一時期の絞り出すようなモワモワ感とは大きく異なる。
ゆっくりと良化しているのだと感じている。

2025.05.30
食後すぐの喉の詰まり感はかなり良くなった。三分の一程度になった。
異物が喉頭蓋に付着している感はあったとしてもあまり強くなく、よく言えば”ごくんとのみ込めた感“がある時が多い。錠剤薬の飲み込みも辛くは無くなって来ている。
禁酒日が今月は45%である。薬を飲むタイミングを守り、食後横になるまでの時間もなるべく3時間を守っているために、逆流が減り食道が正常にもどりつつあるのではないか?そして胃が元気になりつつあるのではないか?
体重は67kg台になり、維持している。
食道がんではなかったのに、絶望期でこころが削られ、命、寿命、人生、などに敏感になりすぎて精神的にかなり参っている。

2025.06.07
症状の緩和を見落としていた。食後の喉の詰まり感があまり無くなっていてそれに気づいていなかった。人間は現金なものだ。
5/30の記載から1週間経つわけだが三分の一からさらに良くなって七分の一位だろうか。
食道がんで死んでしまうと思っていたところから現在までのふり幅の大きさに対して、評価不足ではないだろうか。

2025.06.08
昨日と同じ緩和状況だ。
ゴクンとすると飲み下した感覚が確かにある。喉ぼとけ下の違和感はもう無い。錠剤も1錠づつだがゴクリと飲める。逆流性食道炎は良化している。7割方回復したのでは無いだろうか。

2025.06.15
1週間記録が無い。つまり症状を感じていないのだ。食後の喉の詰まり感が無いということだ。
逆流性食道炎はその症状を感じない程度にまで回復しているということだ。
食後、喉の詰まり感はどうだろうと考える事さえ忘れているということは回復したということだ。今一つ解放されていないと感じていた理由が無くなったということは本当に解放されたんだ。がんの恐怖から心身ともに解放されたのだ。

2025.06.16
今回の騒動で俺は何かを得たはずだ。
「病気になって知る健康のありがたさ」と言われる。病気なら治ることも多い。しかし今回は病気を通り越して「死」だ。
「死を迎えて知る命の尊さ」とも言うべき状況に置かれたことは貴重すぎる経験になった。
命というものの尊さを改めて考えた。
本来なら失っていた命だ。今までの人生を抱えて死んでいったはずだ。
今までの人生を顧みつつ、これからの短い人生をいかに有意義に過ごすかが重要だ。
“生き直し”という言葉が浮かんだ。生き直してみよう。
今までの人生を否定はしない。ただ命の尊さにほとんど気づいていなかった。
命が終わるなどと思いもしなかった。
令和5年の平均寿命は男81.09歳 女87.14歳
令和5年の平均余命は男70歳は15.65年 80歳は8.98年
女70歳は19.96年 80歳は11.81年
令和3年簡易生命表 男70歳の生存率は80% 80歳で50%
女70歳の生存率は90%  80歳で76%
俺はあと15年で死ぬのだ。あくまでも平均値だが。
現在70歳の一歩手前なのだから命が終わることもあるだろう。

どのように生き直すか?
・誰にも遠慮せずやりたいことをやる
・子孫に残すことを考えず、蓄えたお金は全部使う
・生涯学習を貫く
・毎日ウォーキングを欠かさず、塩分を控え、たんぱく質を取る
・健康に気をつかい過ぎた食事にとらわれず、好きなものを食べる
・行きたいところへ出かけ思い出をたくさん作る
なんと面白くもない内容だろう。まともな大人なら皆すでに考えていることだろう。でもそれしかおもい浮かばない。

あれ以来ドラマを見ていて涙が出るようになった。今までは感情にグッとくる場面やストーリーでも涙を流したことはない。
TV番組の思い出の手紙を読む場面で「今は亡き父が…」などと聞こえてくるとそれにも泣けるようになった。そこはかとない喪失感がある。

義理の息子の父が60歳台でがんにより亡くなった
親友は40歳台で妻子を残しがんで亡くなった
もっと生きていればたのしいことがたくさんあったのに残念だと思う。

色々な生き直しがあるが生きていること自体が特別なのだ。
生かしていただいている。ありがたいことなのだ
いつか命の終わりは来るのだ。それは仕方ないことで、誰にもくるし、むしろ来なければ困る。永遠の命を得たとしてもきっと楽しくはないだろう。
今この一回きりの人生だけで十分なのだ。だからこそそれを充実させるべきなのだ。充実のさせ方はどんな形でもいい。己が良かったと思える人生が一番だし、そうなるようがんばるのだ。

健康で楽しい人生を送ることが幸せだと毎朝思うようにする。
たくさんのことは出来ないがいつもありがとうという気持ちで生きることが私の“生き直し”なのだ。
己の健康にありがとう
家族や周りの人にありがとう
豊かな自然にありがとう
ただただ、ありがとう、と言いながら生きていこう。

 

 

一瞬、「このコンテンツはクリックしても開きませんよ」の

右上のマークかと思った。

実映像の道路標識だった。