まひろさんのブログで

応募したなぁって思って未来地図のサイトから過去作品見てみました

結構応募してまして
私、ヒマだったのね笑

応募作品とともに
不登校期を振り返ってみました


せっせせっせと毎朝欠席連絡

小学校は行く時だけ📞にしてもらえたのに中学は毎朝📞にまたなって…

心折れるできごともあったけど、結局📞し続けた

📞に出ることが多い先生決まってくるから、第一声はよそいきの声でも私とわかるとトーンが変わったなぁ

今はアプリになった地域もあるって聞いて欠席連絡しなくて良いってホントうらやましいって思っていたけど現在投稿されてる川柳読むとまだまだ欠席連絡しないといけないところもあるんですね


昼夜逆転していた時期の夜中のご飯

おうち生活期のお昼ご飯

冷凍パスタ様には大変お世話になりました

当時足向けて寝られなかったくらい滝汗

娘に

「昔思うと冷凍庫がスッキリしてるんだよね」

って言ったら

「冷凍パスタが入ってないもんニヤリ

ストック切らさないように気をつけていたなぁ


食べない給食費

やらないドリル・ワーク

作らない美術の材料

ホントもったいなかった〜

ストレスだったなぁ笑い泣き笑い泣き




ちょうど募集が年末年始だったので初日の出とからめた川柳

昼夜逆転も悩んでた時期もあったけど

今はAM3:00に起きて搾乳バイトに行くまでになりました

でもねいまだにセカオワの「銀河街の悪夢」を聞くと胸がキュッとなります




完全不登校期を抜けて短時間別室登校していた頃

送り迎えの大変さを嘆いた川柳

仕事に遅れそうになりながらイライラヒヤヒヤしながら送って行っていました

完全不登校とは違う別室登校期の大変さがありましたチーンチーン




これは七夕バージョンの時

中学3年教室復帰して体力なくてクタクタになりながらも登校していた頃

あの日の願いをブログで探してみたけど見つけられなかった

確か願っていたのは


息子がまた笑顔で学校に行けますように


私は学校が手放せない母でした

それで苦しんだけど…今となってはどっちが良かったのかわからないですあせるあせる





この頃息子が北海道の高校に行くか地元の高校に行くか悩んでいたのにね

進路の悩みを前に不登校の日々遠くになりにけりだったのかなぁ




そして

現在の気持ちを五七五に託して


不登校

どう転ぶかは

わからない


先日のカフェコンフェイトで、息子が不登校じゃなかったら北海道に行ってなかったかも…という話になりました

そもそも馬に出会ってなかったかもしれないウシシ



巣立ち後の

年月ヤミ期を

超えて行く


15歳で息子が家を出て北の大地に巣立った時

学校行けなくてずっと家にいたから

ひきこもっていたから

もう充分家にいたのだと

自分に言い聞かせました

あれからもうすぐ4年

ひきこもっていた年月と同じになって超えていきます



昔話にお付き合いくださり

ありがとうございます照れ照れ