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萩往還を歩く

幕末維新の志士たちが駆け抜けた歴史の道「萩往還」は城下町萩と瀬戸内の港三田尻とを結ぶ街道であります。さあ、今から、萩往還とその周辺を歩いてみましょう。きっと新たな発見があるはずですよ。

不肖山笑、ひとり愛車に乗って、
岩国にやって来ました。
12.3年ぶりでしょうか。


清き流れの錦川、城山から吹き来る緑の風。
眼を遮る風光はあの頃のままであります。

この町は、僕が20代後半の数年間を過ごした、
思ひ出多き場所なのであります。

その町に数年間過ごしていながら、
今まで一度も訪れたことがなかった場所があります。

「竜護寺(現・清泰院)」であります。


石段を登り、


山門をくぐります。


そうです、ここは、福原越後公が、
「禁門の変」の責を負って切腹させられた場所であります。

嗚呼、福原越後公。
公のおかげで、
長州藩は第一次長州征伐の危機を救われました。

否応なしに歴史転換劇の舞台に押し上げられ、
悲劇の主人公となった越後公。


あれから今年で150年であります。

現在、この地は保育園になっています。


境内には遊具が置かれ、

今日も子供たちの元気な声がこだましていました。

辞世「くるしさは絶ゆるわが身の夕煙 
         空に立つ名は捨てがてにする」

嗚呼、越後公よ・・・。


かつて公も眺めたであろうこの風景を目にしながら、
僕はひとり、感慨に打たれるのでありました。