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ミシンの手仕事を副業に生かそういろんな、アイデア、萬斎

アパレル業界で40年以上暮らしてきた経験をいかし、いろんなものを制作、発表、はじめての方にも一緒にたのしめるような情報をお送りいたします。
また、副業社会での本業のたちあげかたもきいてください。
いろいろやってきました。

 

 

 

東日本大震災から、早11年

 

早いですねー〜〜

実はあの時は福島県に住んでいたんです。

 

実際3、11の当日は東京で娘の引越しの最中で急な揺れに驚いてテレビを押さえていました。

 

それから 大変だったのは、あの時は皆さん大変でしたが、帰宅難民とか

 

すぐ福島に帰りましたが、すでに一部高速は使えず、コンビニのトイレも使えず、長い時間をかけて福島へ戻りました。

 

その頃、娘家族が一緒に住んでいたので、地元の原発事故を受け、避難命令が出ていたので、避難したあとでした。

 

しかし犬や猫がいたので、私と主人は戻ることにしたのです

家に被害はありませんでしたが、原発の避難区域に認定され住めないことになりました

 

動物がいて避難所には行けずとりあえず、夫が私だけでも避難するように言われ

元いたと東京の主人の姉の家に娘家族と共にお世話になりました。 

 

あれから、11年

 

その間家族を含め引越しは10数回

私の実家が伊豆の下田ということもあり下田で物件を探し今のペンションに巡り合いペンションを営業することになり今に至ります。

 

私たちは運が良かったのか悪かったのか?

でもこうしてペンションで暮らせるようになっているということを感謝しないとと思います

 

その当時していた仕事からは全部その時点ででやめてしまいました。

毎日の生活と家族の面倒、例えば子供のランドセルがない、とか、運動着がないとか、とにかくなにもないので、

それをそろえるだけでも、大変で仕事どころではない状態でした。

 

そんなこんなで、今のペンションも物件探しから、はじまり、引っ越し、かたずけ、直しそして、営業と

短時間に再開していきました。

でもとりあえずこれで、食べていけることができるようになったのですから、幸わせな事です

 

しかし、福島にまだ家があるので、いつかそこで また以前からの仕事をやりたいという思いがあります。

その為、いろいろネットで売ったり、ブログを勉強したりしています。

ペンションも中古ですから手を入れるところも多くて忙しいときは大変ですし、やる事ばかりでも思うようには捗りません。

 

被災された方でも戻らない方も多いようです。

福島は若い人たちは戻りません。年寄りばかり

 

でも好きで土地を買って自分達で建てた家なのでなんとかもう一度

あそこで前の仕事を再開したいと思っています

 

私の夢はですね、あそこでターシャチューダーのように暮らそうとおもったんです。

絵本作家のアメリカの

 

で、花をいっぱい植えて、犬や猫動物に囲まれて

それで福島の広い見晴らしの良い場所をかったんです。

 

当初はうまくいったんです。原発までは、

 

 

まー死ぬまで気長にやります。

これが福島に残してきた家、自分で建ててきにいってるんです。

前にあるのは、山桜の木 いつも咲くのは。5月です。