sanpo365のブログ

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橋本の死をまだ乗り越えられない自分と

この悲しみに尊さを感じる自分と

尊さを共有し悦に浸りたい自分と

悲しみを感じる自分に喜びを感じる自分と

なんて愚かなんだと上から見下ろす自分と

どこに立てばいいのかわからない自分がいる

自分のステージで生きていくしかない

いや生きていけるだけ幸せだ

生活に苦労することもなく

わたしは苦労を旦那にすべて乗せて生きられている

わたしがいなければ彼はもう少し楽に生きられたかもしれない

もし彼が定年になってすぐ病気になって死んでしまったらと思うと本当に怖い

だけどわたしはなにもしない

快楽主義者といえば聞こえはいいか?

ただ逃げ続けているだけだ

言葉だけ立派に繕っているだけだ

わたしはわたしが生きるために優しい人たちを食い尽くしている

それに心が痛むふりをしている

本当は傷んでなどいない

わたしは哀れなふりをして同情を誘う捕食者だと思う

色んな人を傷つけてきたなぁと思う

でも他人事なんだ

わたしは今何度目の赤ん坊なんだろう

完全な忘却

歯もなく目もなく味もなく

何もなし

だけど幸せなんだ

あれが欲しいこれが欲しい

何もかもが欲しい

手に入れられなかったものを手に入れるかのように

貪欲でそのくせ無気力だ

母の命を彼の命を食い続けて生きている

いよいよ最後の幕切れのとき、わたしは必ず報いを受ける

これから先消化試合とまでは思わない

思いたくないのかもしれないけど

でもどこかでもう終わりなんだなぁと思う

私は必死に生きる目的もなくかといって努力もせず旦那の金でのうのうと生き

彼の命を削って存在している

彼女の命を食らって生きた私が今度は彼の命を食らってのうのうと生きている

なんの意味があるんだろうと思う

だけどそれを思いながらもなにもしないのだ

楽な方へと逃げ続け自己嫌悪と自己憐憫の混じった後悔を繰り返す

死んでしまえと思いながらも腹が減ったと飯を食う

私は転がり続けている

下り坂をずっと落ち続けている

彼の命をそれに付き合わせている


何もしたくないと言いながらパソコンに向かってくだらないものを眺めて暇つぶす

記憶に残りもしない情報を眺めて消費している

社会不適合者だ

適合したいと思う

出来ないなら死ななくては

死ぬこともできないこういうとこだ

36歳にもなって26歳の時と同じ病み方をする

下り坂のくそばばあお前なんて死んでしまえ

母が子宮を取るらしい

水が溜まっているんだとか

 

病院から連絡が来るから同意してくれとラインがくる

どうしたのか訪ねても答えない

なるほどなぁと思う

 

死ぬのかなと思ったときのざわつきと、死なないのかと思ったときのがっかり感

死んでほしいと思いながらどこかで生きてほしいと願っている

生きていてほしいとは思うでも私の目も手も届かないところで

親族も親戚も全員生きていてほしいとは思う

でも私の目も手も届かないところで生きていればいいと思う

 

だけど目も手も離せないのは私の方なんだ

私が思い切れてないほうなんだ

私は現在を生きているのにずっとむかしに戻りたがっている

 

出来なくなることばかりではなく、出来るようになったことに目を向ければいい

そういう言葉もあるけど、結局これから引き算だけの人生なんだよなとずっと思う

問題は私はすぐに底をついてしまうということだ

なにになりたいのだろう

なににもなれないのか?

それでも死ぬまで生きてしまうのに

出来ることができなくなっていく

それがこんなにつらいとは

わたしはいままでどれだけの人をきずつけたんだろうか

おばちゃんと言われて傷つくとは

そんな日が現実に来るとは思わなかった

20年前、自分は歳を取らないと思っていた

全盛のまま生き続けるのだと

おばちゃんとは違う生き物のことだとすら思っていた

わたしは

徹夜明け手元もおぼつかず目も焦点がゆらぐ

いまこの瞬間になら死んでもいいと思う

睡眠は大事だとも思う

しにたい